王との対面
「お待たせいたしました」
雄也に手を引かれて黒髪の娘が王の面前に再び姿を現す。
下は紺色で少し長めのプリーツスカート。
上は同じく紺色に独特の形状をした大きめの襟、そして、中央部には赤いスカーフのようなリボン。
さらには白いハイソックスに、靴は黒のローファー。
早い話が、人間界の日本の女子中高生スタイル。
ジャパニーズセーラー服というやつだった。
王はその出立ちに思わず息を呑む。
それに対して、着用している栞自身はかなり複雑な心境であることはその表情から窺い知れる。
まずこの制服の出処が気になった。
何故なら、栞が少し前に着ていた中学の制服とも違う。
だからと言って、入学予定だった高校の制服とも違ったのだ。
縫製から見れば、素人の手作り作品とは違うのくらいは分かるが、ここにいる雄也なら作りかねない気もしていた。
雄也の知り合いから譲り受けたと考えるのが妥当なところなのだが、それが何の目的のためかが分からない。
次に、何故自分がこんな姿で父親とされる人間の前でこんな姿をしなければいけないのかということだ。
この手の服は人間界ならある程度の人気があることは知っていたが、魔界で通用するとは思えなかった。
確かに学生服という装いは、冠婚葬祭全てに通用し、日本では天皇陛下の謁見時に着用を許される礼装として扱われているとはいうが、そもそも魔界の王の前……、いや、父親との対面にわざわざ着る必要性がわからない。
もしかしたら、単純に雄也の趣味ということも考えられたが、この状況でそれを披露する意味はないだろう。
TPOは弁えている人だと信じている。
しかし、この日のためにわざわざ用意していたというのだから、それなりに意味はあるのだろう。
だが、必要時以外の制服など、ただの仮装と大差がない気がする。
そんな風にいろいろと栞は思考を巡らしていた。
「ユーヤ……」
「先に言っておきますが、これについての発案は私ではありませんよ」
しれっとした顔で、雄也は王の言葉を遮るように言った。
「……そうだろうな。その姿を覚えているのは私を除けばただ一人のはずだ」
その言葉で栞はあることに思い当たる。
「この姿って……、まさか、これは母の?」
栞は母の昔の姿を知らない。
同じ15歳の時代の写真等が残っていないのだ。
いや、見たことがないと言ったほうが正しいのだが。
中学生の母は自分に似ていたが……、この制服ではなかった。
だが……、高校生の母は?
「そうです。今、貴女が着ているものは千歳さまが初めて王にあった時に着ていたとされる制服ですよ」
「な、なんと……。それでクリーニングの袋に入っていたんですね。わたしはてっきり、雄也先輩がどこからか入手してきたものを着せてくれたものだと……」
思わず本音が栞の口から転がり落ちる。
「そろそろ本格的に貴女の中にある誤解を解く必要がある気がしてきました」
流石に雄也も苦笑した。
「それで、何故、わたしがこれを着る必要性が?」
「千歳さま自身に着ていただきますか?」
笑顔で返す雄也に対し……。
「……いや、さすがに、色々と、無理が、ありすぎる気がします」
栞は何かを想像したらしく、途切れがちな返答となる。
いくら、自分の母親が若く見えるとはいっても、こんな制服を着てもらいたくはないだろう。
そんな2人のやり取りを見て、王はこう言った。
「そうか……。ユーヤから報告は受けていたのだが……。ラ……、いや、シオリは魔力と記憶を封印していたのだったな」
初めて王に自分の名前を呼ばれ、栞は雄也から視線を移す。
「随分と雰囲気が変わったものだ。だからこそ、確認したい。その顔やチトセの証言以外にチトセの娘だと証明できるものを持っているか?」
父親かもしれない人間から直接、言われるには少々きつい言葉かもしれない。
だが、相手は一国の王である。
不確かな情報だけで全てを容認できるほどの存在であるはずがない。
「ございます」
だが、栞は王からの言葉を気にもせず、あっさりと言った。
「わたしの身体に流れている血で、母との親子関係は証明できると伺っております」
それは、先ほど、雄也から聞いたばかりだった。
魔界ではDNA鑑定はできなくても、親子の関係だけなら血で証明する方法があると。
「そうか……、ならば……」
「ですが、それを国王陛下の御前で……、いえ、誰の前であっても行う気はございません」
王が何か言葉を続けようとしたのを遮るように、栞はにっこりと笑って言った。
その笑顔に、王は、誰かの姿を見た気がした。
「それでは、判断しかねる。お前たちにとって不利益になるとは思わないか?」
「血が繋がっていなくても当人たちが親子だと言えば、それで当事者間は納得できることでしょう。魔界にも養子縁組というものが存在すると伺いました。それに、利益が絡むのは相続に関してくらいでしょうか?」
王は黙って黒髪の娘の言葉を聞いている。
「仮にわたしが母の娘ではなかったとしても、あの人を騙してこの場所にいるのは難しいでしょう。魔法が使えない小娘が暗示をかけることができるとは思えませんし、それを含めた姑息な手を使えば、ここにいる雄也……さんが黙ってはいないでしょうね」
雄也も笑顔を崩さず、栞の言葉を聞いていた。
「何より王族の親子関係を調べるというのなら王位継承権とかいった問題の元になりそうですが、たかが記憶を持たない一国民の親子関係など……、国王陛下には関係のない話ではございませんか?」
「なるほど……」
そこまで聞いて、王はようやく口を開き、傍にいる黒髪の青年に尋ねる。
「ユーヤ、お前はこの娘に何か入れ知恵をしたか?」
「いいえ、何も。強いて言えば、血液で親子関係を証明する方法があるということをつい先ほど雑談ついでにお話したぐらいですね」
そう雄也が口にした途端、王が高らかに笑い出した。
「へ?」
突然のことで栞はどう反応していいか分からない。
彼女なりに畏まった顔を頑張っていたつもりだったのだが、思わず地が出てしまった。
「お前の助言も何もなしにこの結論を導き出したのなら、やはりこの娘はチトセの子で間違いはないな。誰の前でも隙があるように見えても、決定的な部分を見せない辺りがよく似ている」
笑いながら、王はそう栞に言った。
「母から父親については聞いているか?」
「いいえ。父親はいないものとして育てられましたから」
実を言うと、それは人間界のことで、しかも母自身も記憶を封印していた時の話ではあるのだが、栞はあえてそう口にする。
ある意味、彼女は王の反応を見たかったのだが、相手は満足そうに微笑むだけだった。
相手をよく知らない以上、試すのはお互い様である。
「それにしても……、ダルエスラームがあんなにも他人に執着する所があったとは……。正直意外というしかないな」
王は溜息を吐く。
「そうですね……。実は、私も驚いています。この件に関して、陛下のお考えをお聞かせ願えますか?」
「賛成しかねるな。ダルエスラーム自身にその気がなくでも、周囲がそうは思わないだろう」
「しかし、前例がある以上、殿下は必ずそれを持ち出してくることでしょう。以前は良くて、何故今は駄目なのかと。この国は先例を重視しますから」
前例……、栞はその言葉に反応する。
自分、いや、この王と自分の母とのことなのだということが分かるからだ。
尤も、それがなければ自分の存在もなかったのだから、いろいろと複雑なところもあるだろう。
「先代はあっさりと許可してくれたからな」
それは、この王がまだ「王子」と呼ばれる身分にあった頃の話だ。
彼はあまり物欲がなかったためか、初めての頼みということもあって、親でもある先代王は見知らぬ娘を城に住まわせることを喜んで賛成してくれたのだ。
まさか、それが後にいろいろと問題になるとは思わなかったのだろう。
それほど、彼は道を外れない、本当に真面目で自慢の息子だったのだから。
「一応、いくつかの案はあるのですが、どれもあまりおすすめはでき…………」
雄也が何かを口にしようとした時だった。
―――― ドンドンドンドンッ!!
執務室とはいえ、国王のいる場所としては不釣合いな荒っぽい音が聞こえたのだった。
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