ここまで似ている存在は
世の中には「天才」と呼ばれる人間がいる。
生まれつきの才能や資質を持った天賦の才の持ち主。
そして、私は、そんな恵まれたものを持っていない。
血統や立場こそ立派で、堂々と胸を張れるほどのものだが、今の自分があるのは、幼い頃からの積み重ねであり、血筋に胡坐を掻いて努力することを怠っていれば、魔法の種類だけしか取り柄のない凡才以下の女に成り下がっていたとは思っている。
尤も、我が魔法国家で自身の研鑽を怠る者は少ない。
努力が才能を凌駕することもあるという考え方が一般的だからだろう。
実際、女王こそ直系血族ではあるが、その配偶者である「王配」に選ばれるのは、我が国で一番の魔力の持ち主であり、その血統に左右されない。
そして、歴代の「王配」が他国の王族の血を引くことはあっても、魔法国家の王族であることはほとんどないらしい。
長い歴史の中には、「王配」に選ばれた者が貴族どころか素性不明の孤児から選ばれたこともあるそうだ。
血が劣っていると見なされるからこそ、王族以上の努力をする。
それが、魔法国家の在り方でもあった。
だが、稀にそれらの努力を嘲笑うかのような存在が現れる。
魔法国家の王族が血を吐くような努力しても届かない領域。
本物の天才しかたどり着けない次元。
神から才能を与えられた存在。
この世界の常識を笑いながら覆す規格外。
書物でしか見ることができないはずの人間を前にした時、私はどうするべきだったのだろうか?
その少女にしか見えない女は、短時間の呪文詠唱で、私が考えたこともないような効果の魔法を含めてその全てを成功させた。
それも、攻撃魔法を連発するかのような気楽さで。
補助魔法と呼ばれる魔法は、攻撃魔法や防御魔法に比べてかなり繊細なのだ。
攻撃魔法は何も考えずに魔法を放つだけで良い。
状況によっては威力を抑えるなどの遠慮も要らない。
防御魔法と呼ばれる魔法も、使い手の魔法力を気にしなければ、自身の身を護るために全力を出しても問題ないのだ。
だが、補助魔法と呼ばれる魔法は、それらとは異なる。
特に身体強化ともなれば、その肉体の許容範囲を見極める必要も出てくる。
肉体の限度を超える強化はその身体を破壊しかねないのだ。
ましてや、他者に対して施すなら、その肉体の限度だけではなく、その対象となる相手の魔力……、体内魔気との相性も考えなければならないために、かなりの調整が必要となる。
そのはずなのに……。
「つ、九十九……。少しだけお前の身体の確認をさせてもらっても良いか?」
「へ?」
規格外の人間から規格外のことをされた男が不思議そうな顔をする。
この反応を見て、この男も魔法の通説……、常識にとらわれていないのだなとなんとなく思った。
「腕だけで良い」
「分かりました」
私がそう口にすると、疑いもなく左腕を差し出す。
私はマオほど他人の体内魔気の状態は分からない。
だから、目の前で見て、触れて確認したかった。
見た目には正常……、いや、身体強化は間違いなくされている。
それは、アリッサム城でもしっかりと確認したことだった。
だが、今回はその魔法が発動し、効果を発揮する瞬間まで見たのだ。
あんなやり方で、あれだけの効果。
普通なら、詐欺を疑ってかかるような話。
自分とは違うがっしりした左腕に触れてみる。
差し出された腕の上から下まで、内側から外側まで、その全てを入念に確認した。
男の腕を触ることなんて、あの国ではよくある話だ。
自分に触れさせるようなことはしなかったが、相手の体内魔気の流れを確認するなら触れた方が間違いない。
清浄な空気が流れるような風属性の魔力に、清澄で力強い空気の渦のような風属性の魔力が見事に混ざり合い、溶け合っている。
集中すればその違いは分かるけれど、一見したぐらいでは判別しにくいほどに。
九十九の体内魔気を護るようにその全身を覆い尽くす高田の体内魔気。
二人の体内魔気を知らなければ、九十九の体内魔気と見紛ってしまうことだろう。
それぐらい、見事なまでに完成された強化魔法だった。
我が国自慢の補助魔法使いだったヤツらに見せてやりたい。
確実にその鼻っ柱は叩き折られ、自信を喪失してしまうはずだ。
「水尾さん? その……、あまり撫でられると擽ったいのですが……」
「へ?」
その意外な言葉に思わず、九十九の左腕を離す。
「わ、悪い!! つい……」
身体検査に慣れている聖騎士団や魔法騎士団の男どもならともかく、この男は他国の人間だった。
いきなり身体を撫で回されることに、慣れているはずがない。
あのトルクすら、幼い頃に触れて確認した時、「乳母や使用人以外の女にここまで触られたのは初めてだ」と言ったほどだったのだ。
「オレの体内魔気の確認でしょう? それならある程度は仕方ないですよ。単にオレが触られ慣れてないだけです」
触られ慣れてないのか……。
そんなどうでも良い部分だけ、脳に到達する。
「触られ慣れてないの?」
同じことを思ったのか、高田が不思議そうに問いかける。
「兄貴ぐらいだな。オレに触るの」
その言い方はどうかと思う。
「た、高田は?」
「ふえ?」
思わず、そう確認すると、高田が顔を赤くする。
なんか、すまん。
流れ弾を当てた気分だ。
「栞も、オレのことをこんな形では撫でまわしませんよ」
九十九の方はそこまで気にしたようでもなく返答する。
だが、こんな形では?
それ以外の形では撫で回されことがあるみたいな口ぶりだった。
「九十九の方が触るもんね」
「おまっ!?」
高田の言葉に対して、流石に九十九が反応した。
まあ、その点においては、主人の健康まで常に気にする護衛兼従者だからある程度は仕方ないとは思う。
高田の方もそれを思い出しながら、特に悪意も含まず口にしたのだろう。
だが、そんなに慌てた反応をすれば、その立場を利用したセクハラを、高田に気付かれないままやったことがあるんじゃないかと邪推したくなる。
……あるんだろうな、青少年。
仕方ないよな、その主人が惚れた相手なのだから。
触れることが許されれば、目いっぱい触りたいよな。
「でも、触れた方が、体内魔気の流れって分かるんですか?」
「「分かる」」
そんな高田の疑問に対して、私と九十九は同時に答えた。
「医師の触診と同じだな。体温も、肌の状態も、脈も、問診や視診では分からない部分だろ?」
「なるほど」
九十九のその分かりやすい説明に高田が納得する。
だが、その見事なまでの即答に、常に準備されている答えのような気がしてならない。
万一、高田から触れることを咎められたら、そう返答する準備をしていたんじゃないか? と、疑いたくなるほどに。
「九十九、わたしにも触らせて」
「おお」
なんでもないことのように返事しておきながら、頬の緩みを隠しきれていない。
高田はそれに気付かず、差し出された左腕を両手で掴む。
「なんか、ちょっとだけいつもと違う?」
九十九の腕を掴んだまま、高田が首を捻った。
「身体強化中だからな。お前の魔法効果が混ざっているはずだ」
「つまり、これが……、わたしの魔力なのか」
自分で魔力珠などを作り出さない限りは、自身の魔力を客観的に感じることは難しい。
だが、魔力を付与したり、魔法を他者に使った後、付着する気配で感じ取ることはできる。
それは補助魔法の身体強化だったり、攻撃魔法を使われた直後に残る残留魔気だったりといろいろあるわけだが。
「本当に、凄くよく似てるんだね」
ポツリと呟かれた言葉。
あえて、「誰に? 」とは尋ねるようなことはしない。
彼女の魔力の気配にここまで似ている存在は、私が知る限りこの世界でたった一人しかいないのだ。
ハルグブン=セクル=セントポーリア。
シルヴァーレン大陸の中心国である剣術国家セントポーリアの国王陛下。
そして、我が母親であるアリッサム女王陛下の数少ない友人だと聞いている。
だから、女王陛下から話は何度も聞いていたし、私自身も数回ほど対面し、お声掛けもいただいたことはある。
この前の中心国の会合では、輸送国家クリサンセマムの国王と論戦をし、情報国家の国王陛下とも対等に会話をするような方だった。
それと、前々から思っていたが、九十九に少し似ている気がする。
顔とか体内魔気が似ているわけではない。
髪や瞳の色合いはイースターカクタス国王陛下と似ているのに、セントポーリア国王陛下の切れ長なのに目じりだけが下がっている瞳とか、普段は固く結ばれているのにふとした時にその両端だけ柔らかな弧を描く口とか誠実さが滲み出ているような気がしてならない。
息子にそれが受け継がれなかったことを惜しいと思っていた時期もあるが、今では良かったと思うぐらいである。
セントポーリア国王陛下と九十九が似ている気がするのは、性格……、いや性質だ。
どちらも愚直なまでに同じことを繰り返して自分を鍛えるクソ真面目系。
規則を守る余り、自分の感情すら殺す。
でも、一度思い込んだら突き進み、邪魔はする者を無感情のまま叩き伏せる。
そして、想い人を自由にさせているように見えて、束縛している重すぎる愛情を持ち合わせていることに最近気づいた。
それを相手には悟らせない。
だが、自分がいなければ駄目になるように手の内で固く管理し、がっちりと握り込んでいる。
あ……ヤベ……。
この辺、本当にそっくりだ。
「高田って実はファザコン?」
だから、思わずそんなことを口にしてしまったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




