厄介な例外が存在する
「それで、その効果とともに、オレは何故、吹っ飛ばされた?」
彼女が親切丁寧に解説してくれたが、それらの思い込みだけではオレが吹っ飛ばされる要素は全くなかった気がする。
「そ、それが自分でもよく分からないんだよね……」
栞が目を逸らした。
つまり、この女は無意識にオレを吹っ飛ばしていたということか?
もしかして、これは神によって定められし「予定調和」というやつか?
「いっぱい祈ったから、どれか一つぐらい、九十九に効き目があれば良いなと思っていただけなんだよ。だから、その効果はちゃんとイメージはしながらも、ある意味では無心状態だった気はする」
その言葉に頬が緩みかけたが、なんとか我慢する。
この主人はどうあっても、オレを喜ばせたいらしい。
こんな言葉を聞いて、オレにニヤけるなというのが無理だろう。
「それに、ゲームみたいに見た目じゃ効果が分かりにくいからちょっと心配ではあったんだよね」
「逆に目立たなくて良い」
敵対する相手から警戒されない方が良いのだ。
あの紅い髪の男すら、オレに攻撃を仕掛けるまでそこまでの効果があることに気付いていなかったみたいだからな。
普通の感覚ならば、躊躇する。
魔法攻撃と物理耐性の無効化など、神ぐらいしかありえない。
尤も、ゲームのように完全無効化というわけではないだろう。
例えば、水尾さんが万全ならば、あるいは、中心国の国王陛下たちの魔法ならば、これらの補助効果そのものをかき消してしまう可能性が高い。
身体強化はそれを越える攻撃には弱いと言うのが通説なのだ。
ただ、魔法耐性の強化ではなく魔法攻撃の無効化というかなり珍しい補助効果がどれだけのものかは、試してみない限りは分からない。
だから、過信は禁物だ。
これはあくまで自分の補助や手助け。
そのぐらいの感覚でいた方が良いだろう。
「しかし、ゲームの再現とはな」
「魔法って本当に凄いよね」
この場合、凄いのはお前だと言った方が良いのだろうか?
想像したからと言って、全てが叶うわけではないのが魔法だ。
それを実現するためのはっきりとしたイメージと、それを可能とするだけの純粋な魔力。
無から形あるものはできないが、大気魔気を操り、体内魔気を的確に扱うことで、頭の中に思い浮かんだ想像を誰でも知覚できる現象に変えることができる。
具体的に言えば、火が一番分かりやすい。
本当の意味で何もない所において、「燃焼」という現象はありえない。
その現象……、燃焼反応を起こすためには、何らかの形で発火させる必要がある。
化学的な話で言えば、可燃性物質と酸素が化合するだけで火は起こる。
その発火の仕方は、マッチやライター、ガスコンロなど、発火装置を利用したものだけではなく、落雷や火山などの自然発火までと実に幅広い。
それらの方法に、魔法と呼ばれる手段が追加されただけの話だ。
魔法なら、大気中の火属性魔力や、自分の身体にある火属性魔力を扱うことで、火を起こすことができる。
そして、化学でも魔法でも、その過程と程度の違いが大きいだけで、燃焼という現象には変わりない。
その魔力というものが燃焼に限らず、あらゆる現象を引き起こすことができるために余計に混乱することになるのだが、結局のところ、魔法と言ってもどんな現象でも可能になるわけではないのだ。
だが、ここに厄介な例外が存在する。
普通は何でもできるはずのない魔法を、何でもできる現象に置き換えてしまった規格外の女が。
固定観念に囚われないと言えば、聞こえは良い。
実際、そうなのだろう。
だが、それは世間一般の常識から外れているということでもある。
何をしでかすか分からない。
そして、どんな事態を引き起こすか予測もつかない。
それは、護衛としてどれだけやりにくいことか想像ができるか?
「とりあえず、お前は吹っ飛ばし攻撃を無くせ」
その柔軟な発想を伸ばすなら、既定の枠に嵌めない方が良いことは分かっているが、それでも限度はある。
栞は魔法国家の人間たちとは違う。
魔法を磨くことにその生涯を懸ける必要はないし、新たな魔法の可能性を追求する必要もないのだ。
そして、情報国家の人間たちとも違う。
この魔法の原理を解き明かす必要もないし、伝え、教え、導く必要もない。
些細なことで嬉しそうに笑える普通の女だと知っているから、波乱万丈な人生より、平凡でありきたりな幸せを掴んで欲しいと思うのは、オレの我儘なのだろうか?
「高田」
どうやら、オレの願いは我儘らしい。
ずっと様子を伺っていた魔法に対する好奇心を押さえられない人間が、見守ることをやめて、とうとう声をかけてきた。
「水尾先輩、準備は終わりました?」
「私の準備なんてほとんどないから大丈夫だよ」
その言葉通り、水尾さんは身軽な格好だった。
流石にいつまでもオレの服を着ているわけにはいかないので、兄貴が持っていた未使用の服を着用することにはなったのだが、それが誂えたかのように水尾さんにピッタリだったのはどういうことだろうか?
だが、誰もが思うそんな疑問については、突っ込むことができるような勇者はいなかった。
栞ですら、なんとも言えない顔をしていたぐらいだ。
「じゃあ、もう行きますか?」
オレがそう声をかけるが、水尾さんは笑顔のまま、首を横に振る。
この時点で嫌な予感しかしない。
魔法に対する好奇心を押さえられない人が、栞のあの強化魔法を初めて見たのだ。
このままで終わってくれるとはオレも思っていない。
「高田……、さっき、九十九を吹っ飛ばした魔法は何?」
酷い尋ね方もあったものだ。
栞の眉毛が分かりやすく八の字となっている。
「多分、身体強化魔法だと思うのですが……」
当人も自信がなくなったらしい。
「高田は吹っ飛ばさないと、九十九に魔法を使えないってことか?」
「そ、そんなわけではない……と思います」
確かに治癒魔法でも吹っ飛ばされてるな。
そう考えると、「聖女の守護」としてされた強化の方がオレにとっては安全ではあるのか。
でも、それは栞にとって、危険な可能性もある。
やはり、あちらは使わせたくない。
「この前の九十九にかけたのもコレか? あの紅い髪の男が言った『聖女の守護』ってやつ」
「いえ、違います」
確かに違うな。
そして、栞の顔が赤い。
これ以上、深く追求されたくないのはよく分かる。
だが、水尾さんにそれは通じない。
「今回、そっちを使わなかったのはなんでだ?」
さらに追求してきた。
確かにあのやり取りを知らない水尾さんから見れば、効果が高い方を使わない理由は分からないだろう。
だが、栞は少し考えて……。
「同じようにやったとしても、多分、あの時ほどの効果は得られないと思います」
そんな予想外の言葉を口にした。
「それはどういうことだ?」
「えっと、わたしが最近使う魔法って、多分、『祈り』を込めたほどなんだと思います。心を込めたほど効果が高く、逆に大雑把だと、ほとんど効果はないでしょう」
「魔法ってのは基本的にそんなもんだからな」
想像力が魔法の根源となる。
水尾さんの感覚は間違っていない。
「だから、あの時ほどの祈りは込められません」
「同じようにしても?」
「はい」
栞は力強く頷く。
「あの時は、水尾先輩がどこに行ったかも分からなくて、本当に途方に暮れた状況でした。そして、藁をも掴むような思いで、わたしは九十九に縋ることにしたのです」
縋るっていうよりも、オレが先に行くって言った気がするんだけどな。
それでも、栞はどこかで納得していなかった。
自分の我儘でオレを死地へと送り出す思いだったのだろう。
「だから、目いっぱい! 全力を込めて! 九十九の無事を祈りました」
そんな言葉を、栞から拳を握って力説されてしまった。
それは、素直に嬉しい。
「でも、今回はあの時ほど、不安がないのです」
水尾さんも既に無事だと分かっているし、行先も判明している。
だから、栞が不安がることはほとんどない。
「なるほど……。その時ほど危機感がないから無理だってことか」
その理屈は分かりやすいものだった。
ただそこまで感情に左右される魔法は珍しいかもしれない。
だが……。
「それって、あの時と今回。お前にとっては、同じものだってことか?」
そこが自分でも気になった。
効果としては似たようなものだが、確かに別の物だと感じる。
だから、オレとしてはあの時の「聖女の守護」と、この身体強化の魔法は全く別物だとおもっていたのだが……。
「多分、差はないと思うよ」
栞はあっさりとそう言った。
「やり方は違ったけど、その出所は同じ人間だからね」
「そ、そうなると、魔法力の消費は?」
「やっぱり、あの時と同じで極端にごっそりと減ったような感覚はないね。あまり分からないけど、いつもの治癒魔法と同じぐらい?」
「「はあ!? 」」
オレと水尾さんの叫び声が重なる。
なんだ?
この規格外。
あれだけの効果を祈っておきながら、それに伴う魔法力の消費量が治癒魔法と変わらない……だと?
それを驚かずにいられるわけがない。
「ぬ?」
だが、その当人は首を傾げながらも、いつもと変わらぬ珍妙な呟きを漏らすだけなのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




