発想が違い過ぎる
「ご、ごめん!!」
吹っ飛ばされたオレが、地面に降り立つとともに、謝りながら慌てて駆け寄ってくる黒髪の女があった。
オレを吹っ飛ばした本人……、栞だ。
「九十九を吹っ飛ばす気なんかなかったのに……」
この様子だと、彼女はまだ自分がしでかしたことの大きさを理解していないようだ。
そして、周囲にこちらを伺うような気配がある。
あれだけド派手にオレが吹っ飛ばされたのだ。
オレがそれなりに風属性魔法に耐性があり、それも、栞の魔法に対しては、魔法国家の王女殿下すら目を見張るものだと言うのに。
あの瞬間、どれだけ、この場の大気魔気に変化があったかは分からないが、こちらの様子が気になるのは当然だろう。
だが、すぐに姿を現して、当事者たちに確認しようとしない辺り、オレにこの場を任せたことだけはよく分かった。
嫌な仕事を押し付けやがる。
せめて、着地点をどこにしたいのかを教えて欲しい。
例えば、無自覚で最強なこの女に、ある程度自覚を促した上で、最強部分を削り取らないようにするとか?
それとも、先ほどの強化魔法がただの補助魔法の延長なのか、それ以外の力なのかを相手に気付かれぬように探れと言いたいのか?
それによって、オレの対応は大きく異なるのだ。
だが、オレに無言で全て任されたということは、勝手にしろということでもあるだろう。
後で、「もっと頭を使え」とか、「知りたいのはそこじゃないんだよ!! 」と言われてもオレは何も知らなかったことにする。
「だ、大丈夫?」
オレの返事がなかったことに不安を覚えたのか、栞は再確認してきた。
「お前に吹っ飛ばされることぐらい、オレにとっては日常だ。アレぐらいで、どうかなるわけがない」
「最近は吹っ飛ばした覚えはないのだけど……」
無自覚で最強な主人はこれだから困る。
「オレと兄貴を壁に叩きつけたような女が何をぬかす」
それもつい昨日の話だ。
「アレは、わたしだけが悪いわけじゃないもん」
それでも気まずかったのか、栞はふいっと横を向く。
確かにアレはオレたち兄弟の方に非がある。
「それでも、無意識に吹っ飛ばす癖は直せ」
「ぐぬぅ」
その辺りは難しいものがあることは分かっている。
恐怖や嫌悪というものは、生理的な感情だ。
理屈抜きで身体に湧き起こる本能的なものを押さえろと言われたところで、簡単に押さえつけることはできないだろう。
ある程度、我慢はできるようになる。
だが、完全になくすことはできない。
生物が生まれつき持っている性質に逆らうことの難しさは、オレ自身が身を以て知っているようなことだった。
それに、栞の状況を考えれば、自分の身を護るために必要なのかもしれないが……。
「それで、今度はオレの身体に何をした?」
「ふへ?」
何故か、顔を赤くされた。
今の問いかけに赤くなる要素などなかったはずだが?
「え? へ? こ、今回は何もしてないよね?」
「この前ほどではないが、身体強化されたみたいだ」
キスされる前、後ろから栞に張り付かれた時も似たようなことを感じた。
もしかして、これは、単純に栞と接触することによって、オレの身体が興奮状態にあるからってことか?
だが、それなら間違いなく、「発情期」の方が断トツであるはずだ。
もしくは、同じ布団での共寝を許された時だろう。
それ以上に興奮するなんてことは、栞からキスされた時?
そこまで考えて、いちいち興奮しすぎじゃねえか? という部分に気付く。
どれだけ女に無縁だったんだ?
違うな。
栞以外の女にそこまでの情欲が湧かないだけだ。
だが、今のオレは、なんとも思っていない女の裸体を見ても、そこまで過剰な反応をしなくなっている気がした。
別に枯れたわけではない。
いくら何でも十代後半で全く性欲を持たなくなるのは早すぎるだろう。
既に最上を見た後だというのが最大の理由だと思っている。
今後の人生で、あれ以上のものを拝める気はもうしない。
尤も、人助けの時に欲情するような男は馬鹿なだけだが。
「なるほど……、やっぱり強く思えば、わたしでも、九十九の強化ができるってことだね?」
「あ?」
「でも、流石に今回はこの前ほど強く願えないってことか……。そうなるとこれは、危機感とか切迫感も関係あるのかな~」
オレのそんな思考に気付かず、その最上は何故か一人で納得していた。
「栞、その前にオレに説明しろ」
「説明?」
「何故、オレに身体強化ができた?」
「九十九が心配だったから?」
何故か、疑問形で返された。
オレも少し考える。
「あの言葉の羅列を……、今度はゆっくり言ってくれないか?」
「言葉の羅列?」
「最初に、『魔法攻撃無効』……から始まった言葉の数々だ」
普通に考えれば、他者の強化で「魔法攻撃無効」なんて考えない。
だが、この女は「高田栞」だ。
彼女は人間界で育っている魔法使い。
ある種、この世界の常識から大きく外れている存在。
「ああ、そう言うこと。まずは確かに『魔法攻撃無効』って言ったね」
「何故、その言葉を選んだ?」
「へ? だって、補助魔法や治癒魔法まで無効化したら、勿体ないよね?」
うん。
この時点でオレと発想が違いすぎることが分かった。
恐らく、この会話を盗み聞いているであろう魔法国家の王女殿下も頭を抱え込んでいることだろう。
普通の人間は、他者からの魔法に対して、防御魔法などによって無効化しようなんて考えない。
反射は可能だ。
そんな魔法もある。
だが、無効化……魔法の効力を消す……だと?
「続いて……、『物理攻撃無効』だったかな? 九十九に襲い掛かってくる人が、魔法攻撃だけとは限らないもんね」
物理攻撃無効……。
実際、あの「聖女の守護」をされた時にもソレがあったと思う。
あの「綾歌族」の男の奇襲攻撃を防いだのは、恐らくソレだった。
「あとは、『魔法攻撃力』『物理攻撃力』の上昇かな。補助系魔法の基本だよね」
確かに基本かもしれないが、それを他者にやるのは相当難しい。
オレは自分の物理攻撃に関しては筋力増加系で一時的に破壊力を上げることができる。
だが、魔法攻撃については少し自信がない。
「それと、『治癒効果上昇』は大事だよね? 怪我しないに越したことはないけど、九十九の自己治癒能力も上げた方が良いかなと思って」
簡単に言ってくれているが、上げた方が良いかなと思うだけで、治癒効果を上げられるやつはいないということに気付け。
「勢いで言ってるところもあるから、順番が違ったらごめんね?『状態異常無効化』も、毒攻撃とか、麻痺攻撃とか、睡眠攻撃も戦闘中にされると嫌だったから……。味方の混乱とか、レベルが上がると、全滅必至だしね」
その言葉で、疑問が一気に解消した気がする。
そして、同時にオレ自身も納得した。
「他には確か『魔法力回復上昇』とか、『疲労軽減』とか。ああ、確か『行動速度上昇』も言ったはず」
「行動速度が上がると、先手をとりやすくなるからな」
「うんうん」
オレの言葉に嬉しそうに栞が頷いた。
「それと、高い所に行くと、酸欠とか、低体温症とかも怖いから、ある程度体内魔気で自動調整できるとは思うけど、『環境最適化』もあると便利かなと思った」
あると便利かなと思っただけで、他者にそんな効果を付着させることができてしまうのが、オレの主人です。
「つまり、お前が参考にしたのは人間界のゲームか?」
「うん!! それぐらいしか、わたし、しっかりした魔法の知識ないからね。漫画や小説からよりは効果とかもはっきりとイメージしやすかったかな」
胸を張って、明るい声でそう答えられた。
人間界にいるファンタジー系のゲームを作った方々に心から感謝を。
魔法がない世界だからこその自由な発想の結果……、現実世界にそれを持ち込む規格外が生まれたぞ。
「それで、どれか一つぐらいは効果ありそう?」
「どれか一つも何も……、それぞれがしっかり効果を主張している」
栞から改めて説明されると実感する。
あの時も同じように願ったのなら、気付いていなかった効果もあるかもしれない。
「え? ホント? それって凄くない!?」
「ああ、凄い」
全世界の魔法研究家たちが目の色を変えるほどのことをやらかしたぐらいに。
この女は、どこまで新たな付加価値を自分に装着していくつもりなんだ?
そのとんでもない事態に兄貴も頭を抱えている気がした。
だが、同時に、その兄貴と魔法国家の王女の好奇心を激しく刺激している予感もあるのだ。
オレはこの先に起こることを想像すると、溜息を吐くしかなかったのだった。
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