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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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笑えない光景

 向かい合って、それぞれが記録を書き合う。


 兄弟でこの日記のようなものを書く習慣が、いつから始まったのかは覚えていないが、その日にあった出来事を記録するのは、オレの記憶違いでなければ、確か、父親が生きていた頃からだったと思う。


 記録に使う言語は必ず二種類以上。


 父親が生きていた頃は、概要版をシルヴァーレン大陸言語で、詳細版をグランフィルト大陸言語で書かされていた。


 そして、その父がいなくなった後、セントポーリア城に行くことが決まり、ミヤドリードから師事されるようになってからは、概要版をシルヴァーレン大陸言語で書くことは変わらなかったが、詳細版はライファス大陸言語で書くようになった。


 だから、なんとなく、ミヤドリードがライファス大陸出身なのは理解していた。

 まさか、王妹殿下だとは思いもしなかったが……。


 人間界へ行ってからは、概要版はシルヴァーレン大陸言語、詳細版は練習も兼ねて日本語で書くようになった。


 概要版は、万一、他者に見られても大丈夫な程度の情報を簡単にまとめたもの。

 そして、詳細版は、オレたち兄弟が互いに情報共有するための綿密な記録。


 勿論、兄貴からの報告にはオレに対して隠したい情報は記録されていないとは思っている。

 そして、最近ではオレもそれが少し増えた。


 具体的には最初の「発情期」発症以後だ。


 自分一人の判断だけでは危険なこともある。

 だから、ずっと、兄貴に隠し事をすることなく、全てを記録してきた。


 だが、「発情期」に際し、流石に伝えにくいことも増えた。

 いや、「ゆめの郷」以後は、伝えたくないことだな。


 あの時の栞を知るのはオレだけで良い。


 いずれは誰かが知ることでも、あの思い出があるだけでオレはこの先も頑張れる気がするのだから。


「ところで、栞ちゃんの『聖歌』でお前も寝てしまったということだが……」


 紙面に目を落としたまま、兄貴はオレに問いかける。


「いつ、お前は目が覚めた?」

「…………」


 その言葉で、オレは少し考える。


 素直にアレを伝えても良いものだろうか?


「オレが目を覚ましたのは、リヒトが戻ってくる前だ」

「なるほど。俺よりも早かったのだな」


 互いに手を止めずにそのまま言葉を続けていく。


「やはり、お前の絆の方が強いままか」


 それは「嘗血(しょうけつ)」のことを言っているのだろう。


 それでも、兄貴も、動揺や驚きに反応して、眠りの底から意識を回復する程度には栞と繋がったことは間違いない。


 この表現はどうかとも思うが。


「そのことで、兄貴に確認したいことがあるのだが……」

「なんだ?」


 目が覚めてから、どうしても気になっていたことがあったのだ。


「兄貴は、栞に『蹴り技』を教えたことがあるか?」

「蹴り技? そんな覚えはないが、どういうことだ?」


 どうやら、「アレ」は兄貴から教えられたわけではないらしい。


 オレが意識を取り戻したのは、栞が何やら動いていた時だったのだと思う。

 その気配や、声、息遣いから、始めは、いつものように栞が筋トレをしているのだと思った。


 それなら、手伝った方が良いかと思い、薄っすらと目を開けたのだが……。


「オレたちが意識を飛ばしている間、栞は、蹴りの練習をしていたみたいだ」


 それも空手の蹴り技とは違う型だった。


 だが、我流にして()()()()()()()()()()ことが酷く気になったのだ。


 それに……。


「なんと言うか、その標的? 狙いがどうも普通とは違う気がしたんだ」

「普通とは違う……、だと?」

「空手の型は対人を想定しているために全身を狙う形になるが、栞の狙いはどうも一点集中というか……」

「一点集中?」


 オレの言葉に兄貴は訝し気に聞き返す。


「位置的に()()()()というか……」

「…………」


 兄貴が押し黙った。


 流石に予想外だったらしい。


 そうだよな?

 その状態を見ていたオレ自身が信じられなかったぐらいだ。


「しかも、それなりの形だった」


 普通、素人の金的狙いはサッカーのロングシュートのように足全体をそのまま振り上げる方が多いイメージがある。


 だが、栞の蹴り技は明らかに違ったのだ。


 始めは、膝を横に高く上げ、自分の頭よりも高い位置に足を上げる上段回し蹴り。

 膝を上げてから動き出す、その時点で、ロングシュートとは違う。


 しかもそこから少しずつ膝の上げる位置を変え、さらに位置調整をして前蹴りに移行していく様はどう見ても、金的蹴りにしか見えなかった。


 兄貴から教わったのかと思ったが、この反応からは違うらしい。


 膝蹴りのような形から、スナップを利かせて背足で一気に跳ね上げるように蹴り上げるなんて普通の女が考えるだろうか?


 「ゆめの郷」でたまにオレの型を見ていたからか?

 だが、少し見たぐらいですぐに素人が実践できれば苦労はない。


「どれほどのものだった?」


 早さとか威力の話だろう。


 だが分かりやすい表現は……。


「その蹴りを見て、タマが縮み上がった」

「…………そうか」


 流石の兄貴も、「縮むほどのモノじゃないだろ」とか「元々の大きさだろ」などのいつもの品がない軽口を言う気にもなれなかったようだ。


 あの蹴り姿を見て、そこに寒気を覚えないのは男ではない。

 その高さ的に自分の股間が狙われているような錯覚を覚えたほどだ。


 いや、あの高さは絶対、参考資料はオレや兄貴だろうと思うぐらいに。


「まあ、身を護るために必要な技術ではあるな」


 兄貴がどこか遠い目をしている。


「お前は何をやらかした?」

「何もやってねえよ!!」


 何故、真っ先にオレを疑う?

 前科があるからか?


 しかもその生温い笑顔はなんだ!?


「人間界で野球の捕手経験がある人間の話となるが……」

「あ?」


 何故、いきなり野球の話になる?

 しかも、捕手経験って、兄貴のことじゃねえか?


「ファウルカップと呼ばれる防具を付けていても、打球が直撃したら魔界人でも行動不能になる場所だぞ」

「野球経験なぞ無くても、その痛みは知っとるわ!!」


 この男は真顔で何を言ってるんだ!?


 そして、十数年以上男をやっていれば、強弱の差はあっても、一度ぐらい内臓にまでめり込むようなあの痛さは経験してると思う。


「ファウルカップを頑丈にしたものを常に貼り付けておくか?」

「いらんわ!!」


 しかも、オレが狙われていると何故、決めつけているんだ?


「お前は、その攻撃が精霊族にも効果があると思うか?」

「お、おう?」


 どうだろう?


 魔獣戦ではソコ狙いはあまり使えないとは聞いているが、同じようなモノが付いている以上、精霊族にも効果がありそうな気はする。


「リヒトに聞いてみるか? アイツも、もう経験はあるだろう」

()めてやれ」


 男同士でも立派にセクハラと言われてもおかしくはない話だ。


「しかし、栞ちゃんにそんな面があるとはな。意外だ」

「おお。アレにはオレも驚いた」


 二人して、その話題の主の方向を見る。


 虫も殺さぬような顔をしておきながら、その実、この場にいる誰よりも激しい面を持つ女。


「俺たちは教えてないし、水尾さんもそのタイプではないな。そうなると、母親からの教えだろうか?」


 人間界では母一人、子一人の母子家庭だった。

 確かにその可能性は否定できない。


「その割に男に無防備、無警戒じゃねか?」


 千歳さんもあの蹴りを繰り出せるのか?

 でも、あの人なら笑顔でやりかねない気がするのはどういうことだ?


 ん?

 笑顔で蹴りを繰り出す女?


 栞が蹴り技を練習する姿とある女が不意に重なった。


 いつもは似ていると思えない二人だが、時折、信じられないぐらいに思考回路がぶっ飛ぶ辺りはよく似ている。


 類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。

 

 そして、そいつは蹴り技を多用する女だった。

 それも、素人とは思えない動きで……。


「兄貴、法力国家の王女殿下が原因かもしれん」

「法力……? ああ、その可能性はあるな」


 暫く会っていなかった級友だったあの女は、数カ月ぶりの再会で、オレの奇襲を避けた上、いきなり見事な上段回し蹴りで顔を狙ってきやがった。


 しかも、丈の長いスカートで。


 上段への蹴り以外にも、下から突き出される掌底からの連打は見事すぎて思わず本気で応戦しかけたほどだ。


 あの女なら、栞にそんな技を仕込んでいても驚かない。


 寧ろ、嬉々として、男の心を折る系統の技だけを選び出して的確に教え込んでいる気さえする。


 最初に見た上段回し蹴りだけでも、十分、意表を突けるはずだ。


 栞の身長でも、自分の背丈を越えるほどの位置に足を上げられるなら、多少、身体を傾けていても成人した男の顎を掠めるほどにはなる。


 まあ、実際、そんなに簡単に狙いの場所に当てさせてくれる男もいないだろうが。


 魔法しか使えないと侮って無防備に近付く男に対して、一度だけの奇襲攻撃としてなら可能かもしれない。


「その見事な蹴りを正面からしっかりと見てみたい気もするが、その結果、男として萎縮する事態はあまり望ましくないな」


 最悪、精神的な障害(ショック)のために暫く機能しなくなる可能性もある。

 使う予定はともかくとして、一時的でも機能障害になるのは男としてかなり辛い。


「ああ、その流れで言い出すのもアレだが、栞ちゃんが寝ているなら丁度良い。今からやってもらいたいことと、アリッサム城に着いたらすぐにやってもらいたいことがある」

「あ?」


 なんだ?

 兄貴の顔から笑みが消えた。


「お前にも相応の覚悟が必要となる話だ」

「相応の覚悟だと?」

「そうだ。俺は大切な主人を傷つけようとする輩も、傷付ける可能性がある存在も、許し難いほど心の狭い男だからな」


 その言葉で気付く。


「制裁……、の話か?」

「無論だ」


 ああ、そうだった。


 今回の話で一番怒り狂っているのは、オレでも、連れ去られた水尾さんでも、ましてや栞でもなかったのだ。


 精霊族の商品化、人を狂わせる植物の生産、女性に対する暴力、神官の名と立場を利用した行為、何より栞の心と身体に傷を負わせたこと。


 それら全てを許せない所業として見ている。

 だから、どんな手を使ってでも、制裁に乗り出したいのだろう。


 そして、そのために使う一番の非人道的な手段を「女性である栞には耐え難いほどの行為」だと言っていた。


 それをわざわざ口にしたのは、それが一番、効果的だということでもあるのだ。


 だが、それを栞が起きている間に話すはずがない。

 彼女がこれ以上、傷付くことを望まないのは、兄貴も同じなのだから。


 そのためにも……。


「さて、我が弟よ。今から最も非人道的な手段の話をしようか」


 血の繋がった弟を道具として使うことも迷わないのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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