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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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命を削る魔法なら

「ほう。効いたか」


 さり気なく、事の成り行きを見守っていた兄貴が、感心したように手を止め、こちらに目を向ける。


「おお」


 オレは眠りに落ちた栞を抱きかかえながら返答した。


 割とギリギリのタイミングではあったが、この状態を見れば、備えていた甲斐はあったというものだろう。


 呪文詠唱……、いや、栞の一言詠唱は無詠唱魔法に近い。

 つまりは魔法が発動するタイミングが早いのだ。


 その割に、契約詠唱並みの強力な効果が出るから本当にタチも悪い。


 言葉を聞いて対策を取っていては間に合わない可能性の方が高かった。

 だから、オレはあらかじめ事前に使う魔法の準備をしておいたのだ。


 今は夜も遅く、少し前までの栞は眠っているような時間帯だった。


 これまでしっかりと根付いていた生活のリズムが、たった数日かそこらで完全に狂うはずがない。


 緊張のために神経が張り詰めているから当人も気付いていなかっただけで、栞はかなり眠かったはずだ。


 度重なる出来事で疲労感も増していただろう。

 そして、睡眠不足と疲労は判断力も著しく低下する。


 徹夜が存外、非効率と言われるのはそのためだ。


 その上で、オレは少しばかり栞を煽った。

 感情制御は多少できるようになったものの、それでもまだまだ甘い栞だ。


 特に、それは気を許している身内の前では顕著となる。

 だから、カッとなった時の攻撃手段は呆れるほど単純化されてしまうのだ。


 そんな状況でも、彼女自身は人を傷つける魔法を選ぶことはないから、「昏倒魔法」などは使わないと信じている。


 どこかの魔法国家の第三王女殿下とは違うのだ。

 そして、当人自身も眠いという意識がどこかにあったことだろう。


 だから、これまでの経験から、咄嗟の時に使われる魔法はかなりの確率で「誘眠魔法」だと思っていた。


 オレを何度か眠らせているので、実績もある。

 栞にとっては、安定と信頼の魔法となっていることだろう。


 だから、オレがとった対策は実に単純なものだった。


「だが、これではっきりしたか」

「ああ」


 オレが使った魔法……「反射魔法(Reflection)」は、魔法を一度だけ反射する魔法だった。


 水尾さんのように、次々と魔法を連発できる相手には全く意味のない魔法でもある。


 さらにタイミングを合わせて発動させないと、オレが使うこの魔法は、現状、5秒ぐらいの効果しかない。


 だから、実戦ではあまり使うことができないのだ。

 だが、今回はあえてそれを選んだ。


 そして、その魔法は効果を発揮する。

 栞の一言に合わせて、オレの眼前で何かが反射したような音が聞こえたのだ。


 それはつまり……。


「どうやら、栞ちゃんの使っている言葉は『魔法』らしいな」


 兄貴が口にした言葉が全てだろう。


 オレの「反射魔法(Reflection)」は、法力、精霊術、そして恐らく神力にも効果のないものだ。


 完全なる魔法のみの反射。


 それがちゃんと効果が出たのだから、栞の使っている一言詠唱は間違いなく魔法だったということになる。


 だが、残念ながら「現代魔法」、「古代魔法」なのかは分からない。


 現代魔法は大気魔気と体内魔気を融合させるもので、古代魔法はほとんどが体内魔気のみで形成される魔法だ。


 そして、オレが使う「反射魔法(Reflection)」はその現代魔法、古代魔法のどちらも跳ね返すものらしい。


 つまり、相手の体内魔気に反応している魔法……ということになる。


「だが、『聖女の守護』の方は分からんな」


 アレは凄まじく効果の高い身体強化だった。


 奇襲にも反応できる有能性。


 まるで、本人が意識していない時の方が、より強力な効果が発動する栞の「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」のようだった。


 しかも、かなりの長時間。


 日を跨いでも持続する身体強化魔法など、相当の意思の強さがあってもできるかどうか分からない。


 今のオレの魔法では全く届く気がしないものだった。


 だが……。


「生命力を削る系のものだったら、もう二度と使わせねえ」

「同感だ」


 それと引き替えに栞の生命力を犠牲にするものならば、そんなものは必要ない。


 全然、釣り合いが取れるもではないだろう。


「残念か?」


 兄貴が不敵な笑いを浮かべながら問いかける。


 その笑みの理由が分かっているためにかなり腹立たしい。


「……別に」

「俺は残念だがな」

「ふざけるな、腐れ兄貴」


 アレは二度とあんな形では使わせねえ。


「小さいな」

「……分かってるよ」


 矮小だよ、狭量だよ、偏狭だよ!!


「兄貴の弟だからな」


 そう言って鼻で笑ってやった。


「そうか。ならば、仕方がない。諦めろ」


 オレの皮肉もそんな冷笑で返す。


 ああ、クソ!!

 本当にイライラさせる身内だ!!


 オレのことを理解した上で、腹の立つ言葉を適切に選びやがる。


「とりあえず、主人をとっとと休ませてやれ。武骨な男の腕の中では気も休まらんだろう」

「兄貴の腕よりはずっとマシだ」


 確かに自分が女に対しての扱いが不慣れなことは認める。


 だが、女に慣れ過ぎている兄貴に任せるのは不安しかない。


「……確かにそうだな。俺よりはマシか」


 ああ、クソ!!

 本当に的確に抉りにきやがる。


 オレだって、ちゃんと分かっているんだ。

 この兄貴が女に慣れるしかない状況にあったことぐらい。


 週末、城から人間界に戻ってくるたびに、様々な気配を周囲に漂わせていたことだって、必要だったことだって理解している。


 それが、この母娘(おやこ)を護ることに繋がっているのだ。


 護るべき母娘(おやこ)から離れて、兄貴が定期的に城に顔を出すことで、安心するヤツだっていたはずだ。


 兄貴を手の(うち)に収めたことで、優越感に浸ったヤツも。

 そして、それはあの頃のオレにはできないことだった。


 オレはそこまで自分を殺せない。


 様々なモノを奪っていた奴らに尻尾を振って、笑顔で仕えた振りをできるほどの人間にはなれなかったのだ。


 今のオレにはできるだろうか?

 ああ、今ならできるかもしれない。


 この温かさを知った今なら、栞のためならできるかも……。


「だから、お前は染まるなよ」

「あ?」

「お前が俺の役目を担う必要などない。主人に触れたければ、そのまま、女性に無作法なむくつけき男のままでいろ」

「むくつけ……?」


 聞いたことのない言葉が出てきたぞ?

 だが、その響きはどこか……、男臭さというか妙な汗臭さを感じる気がする。


「武骨で、無作法、無風流な野蛮人を差す」

「武骨、無作法、無風流はともかく、野蛮人とはなんだ!? 野蛮人って!!」


 もっと他の言葉はなかったのか?

 こう野性的で男らしいとか!!


「深く考えない原始的な男に相応しい表現だろ?」

「人を原始人扱いするな!!」

「性別、身分に関係なく、寝ている人間の耳元で何度も叫ぶような非常識な男のことを文明的であると思うか? 魔法の影響下にあっても大きな音で起きることはあるのだぞ?」

「ぐっ!!」


 まさにぐうの音も出ないとはこのことだ。

 オレに反論の余地がなかった。


 栞を抱きかかえたまま、寝具の準備をする。

 寝台をもう一つ出して、その上に栞を寝かせた。


「そのまま一緒の布団になだれ込むなよ」

「そんなことしねえよ」


 なんだ、その具体的な言葉は?

 オレにはそんな発想すらなかったよ。


「そんな行動が自然にできていれば、お前は童貞を拗らせることもなかったか」

「拗らせていたわけじゃねえ」


 縁がなかっただけだ。

 そういうことにしておけ。


 ただ、あのまま、人間界で生活していたら、やはり「発情期」になる前に誰かとする必要はあったわけだ。


 さらに言うなれば、栞と偽装交際を続けている状況だったら、その相手は、やはり仮の彼女である栞に頼むしかなかっただろう。


 人間は異性に欲情することはあっても、本能的に抗えないほど激しい「発情期」という生理現象はない。


 そのため、未成年の男が行くことを許される「ゆめの郷」のような場所などないのだ。


 そこで、頼むと言う辺り、かなりかっこ悪いけど、全く、関係のない人間の女を襲うわけにもいかない。


 そして、そんな状況なら栞は迷いながらも引き受けてくれた気がする……、多分。


 彼女への想いを自覚している今。

 そう考えるとかなり惜しかったと思う気持ちがないわけではない。


 オレも男だから、好きな女を抱きたいって思う。

 だが、それをオレ自身は許せなかっただろう。


 結局、一時的にこの世界へ来て「ゆめの郷」を利用することになっていた気がする。


 そして、栞はオレの苦悩を知らないまま、オレは深織ではない見知らぬ女を抱いていたはずだ。


 その方が、記憶には残ったか?

 少なくとも今みたいに、全く覚えていないと言うことはなかったと思う。


 だが、その場合、別の罪悪感を抱え込んだ気がする。


 栞という護るべき主人であり、仮とはいえ、付き合っている相手でもある女を放っておいて、遠く離れた場所で見知らぬ女を抱くとか、間違いなく恥知らずな男だろう。


「兄貴は本当にすげぇよな」


 素直にそう思う。


「前後の繋がりはよく分からんが、その言葉に賞賛の意は皆無だと言うことだけはよく理解できた」


 勘のいい兄貴は、長耳族でもないのに心を読んだようにそう言うのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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