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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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少女の秘めた決意

 ―――― 想像していたよりずっと若い。


 それが自分の父親とされる国王を見た時に栞が最初に抱いた感想だった。


 だが、それも無理もないことだろう。


 栞が、今までに見たことがある父親という存在は、ほぼ同級生の親ばかりだった。

 彼女の目の前にいる人物は、そんな一般的な父親像とはかなりかけ離れている。


 だからと言って、物語やゲームに出てくるような威厳ある王さまとも違う。

 これは、彼女にとってかなり予想外のことだった。


 息子である王子と同じような金色の髪に、澄み渡る青い空を思わせるような碧眼をしたその人は、その王子と少し年の離れた兄弟と言われても信じてしまいそうだった。


 見た限りの判断となるが、自分の母は思っていた以上に面食いだとも思う。

 そして、自分は確実に母親に似たのだろう、とも。


 先ほど会った王子が今、16歳だという話だから少なくとも三十代以上であることは間違いないはずなのだが、見た限り、二十代前半でも充分通じると思う。


 人間と魔界人では老化の速度が違うということは知識としてはあったとしても、実際に見せられると、やはり不思議な印象を受けるのは仕方のないことなのだが。


 栞は自分の母を思い出そうとして……、やめた。

 栞の母も人間界ではかなり若く見られたものだ。


 三十代も半ばだと言うのに、十代半ばの栞と少しばかり歳の離れた姉妹と思っていた人もいたぐらいに。


「陛下、失礼ながら、別室をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 雄也がこの国の王の前に進み出る。


「構わないが……、何を企んでいる?」


 その少し不機嫌さが混ざったような言葉で栞はドキンと心臓が大きな音を立てたのが分かった。


 会話の内容に、ではない。


 扉越しに聞こえた時はくぐもっていたが、遮る障害が何もなくクリアな音として耳に届いたその声に、だ。


 外見だけではなく、国王は声も若かった。

 その声自体は雄也の方が低く感じる。


「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。こちらの……、シオリさまを本来の姿に戻して差し上げたいだけです」

「そうか。ならば、周囲の人払いはダルエスラーム自身がしていたから、問題はない。好きな部屋を使うと良いだろう」

「ありがとうございます」


 雄也は深々と礼をする。


「では、行きましょうか」

「え……? あ……?」


 栞に声をかけたが、当の本人は、心ここにあらずの状態だったようで、話を聞いていなかった。


 雄也は肩を竦める。


「隣の部屋をお借りいたします」


 雄也はそう言って、まだぼんやりした面持ちの栞の手を引いて行った。


 その様子を見て王は一言だけ呟く。


「帰ってきたか……」


 その言葉を王がどのような気持ちで口にしたのか、本人すら自覚はなかっただろう。

 そして、それを耳にしたものは残念ながら誰もいなかった。


****


 隣室に入るなり、雄也は先ほど同じように、次々とどこからか道具を取り出した。


「とりあえずその変装を解いて、人間界にいた時の姿になろうか。そのまま、別人の姿では無粋だろ?」

「はぁ……」


 未だに状況が把握できていない栞をよそに、彼は手早く彼女のカツラを外し、顔に施された化粧を丁寧に落としていく。


 仕上げに自分で顔を洗って、ようやく栞も落ち着いた。


「あ~、なんかスッキリしました。皮膚呼吸できているって感じがします」


 顔から、スーッと何かが抜けるような感覚に、栞は思わず目を閉じる。


「人間界のものよりは成分が良いはずなのだけれどね」


 雄也からそう言われても、栞は人間界にいた時から化粧などしたことがなかった。


 だから、比較のしようがないのだ。


 魔界では人間界ほど化学薬品は発達していない。

 つまり、ほとんどの物が天然素材ということだ。


 だからといって、魔界に存在する動植物とその成分が人間界のものよりも無害ということではない。


 パッチテスト等を含めた臨床試験は人間界で言う「人体実験」と称されるものに限りなく近いこともある。


「服……、このドレスはこのままですか?」


 化粧を落としてすっきりした顔の栞は渡されたタオルで顔を拭いつつ、恐る恐る雄也に尋ねた。


 彼女にとってこのような衣装は着慣れないので落ち着かない。

 普段着ている服よりも裾が長いし、油断をすれば踏みそうだった。


 走る時は、裾を軽く持ち上げて……など、今までにしたことがない行動もとっている。


 履物も2センチ程度だがいつもよりも(かかと)があるものなので、歩くだけでも緊張してしまった。


 ごてごてと身に付けられた自分の防御力を上げそうな装飾品の数々もできれば外したいぐらいだ。


 とにかく、自分を包んでいる全てが落ち着かなかった、


「いや、ちゃんと()()()()()()()()()()()()()()()()よ」


 そう言いながら、雄也はどこからか袋に入った服を取り出す。


「え……?」


 突然、雄也が取り出したソレを見て、栞は戸惑いを隠すことができなかった。


 それも無理はない。


「これなら、先ほどよりも着用方法は説明いらないよね?」


 にっこりと笑う雄也。


 だが、栞の視線は差し出されたものに固定されて動かない。


「いりませんけど……、これって……」


 それを見ながら……、栞は雄也に確認しようとするが……。


「ああ、でも、この装いなら、髪は今のショートよりセミロングの方が良いかな」


 言葉を遮るように雄也が笑顔で栞の髪に触れる。


 その様子で一つの確信を得た。


「気のせいかもしれませんが、雄也先輩、先ほど以上に楽しんでいませんか?」

「うん。かなり楽しんでいるよ。この姿を見た陛下の反応を見ることができるのは、ある意味、王子殿下の意に沿っているからね」


 その心底楽しんでいるといった彼の笑顔を見て、栞はため息をつくしかなかった。


 そして、同時に……先ほど、国王が雄也の様子を見て、「企み」を疑ったのは間違いではなかったと。


「栞ちゃんは、こんな格好、苦手? キミが嫌がるなら無理強いはしないつもりだよ?」


 そこで下手(したて)に出る辺り、彼は栞の性格をよく分かっていると思う。


 かえって断りにくくなってしまう。


「苦手じゃないですよ」


 普通にスカートを履くよりは、雄也が用意した衣装の方が抵抗もない。


 その姿について思うところはあるけれど、心底、嫌というわけでもなかった。


「これなら、化粧もいらないですね」

「そうだね。もともと栞ちゃんは肌が綺麗だから、まだ化粧はしない方が良いくらいだよ」


 そう持ち上げられて悪い気はしないのが女心。


 この兄弟は自然に人を褒めるので、それに慣れていない栞にとっては、妙に居心地が悪くなる時がある。


「……これなら、髪型は三つ編みでしょうか?」

「いや、セミロングのままで良いかな。下ろすのが邪魔ならハーフアップにしても良いけど」

「は、ハーフアップ!?」

「サイド……、この辺りの髪を分けとって、後頭部の上の方でまとめるやり方かな。こんな感じ」


 そう言いながら、雄也は栞の耳の上にある少し髪の毛をすくいとり、軽く後ろでまとめ上げる。


「これだけでも印象が変わるけど、さらに編み込んだり、ねじったり、巻いたりしても、栞ちゃんなら可愛いと思うよ」

「……へ、ヘアアレンジはなしの方向で」


 せっかくの雄也の提案だったが、慌てて拒否する栞。


 髪の毛に触れられ、後ろから囁くような甘い声を好みの美形にされるという行為は、あまり異性への耐性がない人間にとって、かなり心臓に悪いものだった。


 栞は思わず叫ぶのを必死にこらえたのである。


 しかも、これは特別口説かれているわけではなく、雄也からすればごく自然な行動だと分かっているから、余計、扱いに困る。


「そうだね。栞ちゃんはそのままでも十分だ」

 それでも気を悪くせずに微笑む雄也。

 それを見て、羞恥のあまり栞は顔を真っ赤にしてしまった。


 そして彼女の中に出された結論。


 これは、心臓を鍛えるしか無い! と栞は一人、固く心に誓った。

 彼の対応に慣れたら、異性に対して動揺することはなくなる! 頑張らねば! と。


 それが、明後日の方向に突き進むという努力であることは言うまでもない。


 そして、人知れず栞が固めたこの決意が、数年後にとある人間を大変悩ませることに繋がるのだが、それは現時点で誰も(あずか)り知らぬことであった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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