表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1456/2802

一番危険な場所

 法力国家の王族も、大神官も、「聖女の卵」を囲おうとはしない。

 それが、オレと栞の見解だった。


 だが、この男はそれを否定する。


『それらの国々よりも、この世界で一番、「聖女」という存在を手に入れたがっているのは「大聖堂」なのではないのか?』

「大聖堂……だと?」


 それはこれまでに何度も保護された場所であり、栞が「聖女の卵」としての教養を学んだ場所でもあった。


「でも、大神官さまは、それを望んでいないって言ったよ?」


 栞の言う通り、寧ろ、大神官は反対派だ。


 あの方は、栞を「聖女の卵」にしてしまったことですら、後悔しているぐらいだった。


『大神官の意思はな。だが、「大聖堂」は大神官のみではあるまい?』


 確かに大神官は大聖堂……、神官職としては、最高位ではあるが、大神官の意思が「大聖堂」の意思というわけではない。


 だから、今回のようなことが起こるし、栞も、「聖女の卵」の時は変装をする必要があるのだ。


「ああ、『赤羽の神官』さまと、現『青羽の神官』さま、『紫羽の神官』さまはそうでもないけど、それ以外の高神官は、しつこくいろいろ聞いてくるな~」


 栞は肩を竦める。


「特に、『橙羽の神官』さまは、わたしを『聖女』にしたい派の先鋒だね」


 そして、笑いながらそんなことを口にした。


 大聖堂を思い出す。


 栞はストレリチア城や大聖堂に滞在している時に限り、「聖女の卵」として、大神官からの要請があれば、儀式に顔を出していた。


 断っても良いらしいのだが、栞自身の意思で、無理のない範囲ならと引き受けていたのだ。


 曰く、割と長い時間、お世話になっておきながら、「ただ飯食らい」なのはどうかと思ってしまうらしい。


 だが、その時に姿を現す「聖女の卵」に接触を図ろうとする阿呆な神官は多い。


 それだけあの国には「聖女」が望まれているということだが、それらは、大神官や王族たちが事前に排除しているそうだ。


 ……主に物理で。


 数の多すぎる見習神官だが、そいつらは大聖堂でできることが限られているために使われることはない。


 見習神官は雑務のために通路は歩けるが、大聖堂の部屋に立ち入ることは許されていないのだ。


 数で押されれば、流石に相応に対処しなければいけなくなるため、使える人手が足りていないオレたちにとっては、その点が数少ない幸運な部分だった。


 つまり、大抵の場合、遣いと称して無茶な役回りを任されるのは準神官や下神官となる。


 彼らは立場がかなり弱い。


 すぐ上に立つ神官が、手の施しようのないほどの阿呆なら、港町での騒ぎのように、その失態に巻き込まれることになってしまうのだが、他の神官に報告もしない以上、同罪だろう。


 そこには神官たちの昇進システムに問題がある気もするが、こればかりは外部から口は出せない話だ。


 そして、たまに栞の前に正神官や上神官が現れることもある。


 正神官以上となれば、事前の物理的な排除は難しくなるが、「聖女の卵」には移動中も含めて常に大神官が付き従うため、簡単には手を出せないようになっている。


 大神官が「聖女の卵」から離れるのは、大神官自身の神務がある時や、「聖女の卵」が控えの間にて、肖像画を描いてもらう時など、所用で外させるときである。


 そうなると、控えに準備された部屋に突撃を計るようだが、そこは大聖堂の管理者が、しっかりダミーの部屋をいくつも準備して、懲罰の部屋に送り込んでいると兄貴が言っていた。


 「聖女」である前に「淑女」に対して、事前手続きのない面会要請など許されないと、その国の王女殿下も言っておられる。


 因みに控えの間には当然ながら、オレたち兄弟もそこにいる。

 流石に着替えの時は外すが、その時に突撃した阿呆はいない。


 その時間帯に別のところで大規模な爆発音が轟き、兄貴と大神官が何やら不穏な話をしていた気がするが、オレは何も知らない。


 知る必要もないだろう。


『それは、十分、危険な領域ではないのか?』


 オレの思考か、栞の思考のどちらを読んだか分からないが、リヒトは呆れたようにそう言った。


「でも、きょ……、大神官さまにも王女殿下にもお世話になっているからね。ある程度は恩返ししないと」


 栞はオレの腕を掴んだ。


「それに『聖女の卵』の姿をしていない時は、わたしはあまり目立たないみたいだからね」


 違う。

 オレが堂々と彼女の護衛として物理的に排除できるだけだ。


 大聖堂内で神女(みこ)たちに手を出そうとする人間たちに対して、一般人であるオレは攻撃的な手段は使えない。


 害意を持つ人間の力を奪うかの国の結界によって阻まれることだろう。


 だが、ただの信者である主人に対して、邪な神官たちが手を出すというのなら、オレは主人を護る務めを果たせるのだ。


 法力はないが、神への信仰心がある信者に手を出すことはストレリチア城内でも、大聖堂内でも許されていない。


 そして、誰かの身を護るための攻撃ならば、結界は大目に見てくれるのだ。


『だが、世の流れが、『聖女信仰』へと移ろえば、分かるまい?』

「「聖女信仰? 」」


 オレと栞の声が重なる。


『世の中が閉塞的になり、絶望的な状況が続くと、心の弱い人間たちは神や聖人に縋りたくなるそうだ』

「ああ、宗教に救いを求めるってやつだね」


 他人任せとも言うがな。


『スヴィエートが言うには、六千年前もそうだったらしい』

「それはまた昔の話だな」


 いくら何でも、あの「綾歌族」の女がそんな年とは思えない。


 見た目の話ではなく、六千年を超えるほど生きているなら、どんなに閉鎖的な場所で育てられていたとしても、あんなに幼い言動ではないだろう。


 つまりは、誰かから聞いたのだとは思う。

 そして、精霊族なら、千年単位の寿命であっても驚かない。


『これから、先、世の中が荒れた時、本物の聖女を望む声が各国で高まれば、大聖堂としては無視できまい』


 それはまるで不吉な予言のように思えた。


『そして、シオリ自身も』

「わたしはそんな御大層な志は持ち合わせてないよ? 世界が荒れたからと言って、じゃあ、聖女になるかと言われても、正直、断りたい」


 オレとしてもそう願う。

 それも心から!


『今、法力国家ストレリチアには2人の「聖女の卵」がいると言われている』


 リヒトはいきなりそんなことを言った。


『万一、もう一人の「聖女の卵」が担ぎ上げられた時、シオリは無視できると思うか?』

「それは……」


 その考えはオレにもなかった。


 だが、万一、そんな事態になってしまえば、あの「聖女の卵」はしっかりと拒絶するだろう。


 その強さを持っている。


『仮にあの「聖女の卵」自身はその意思はなくても、愛する婚約者である王子殿下の立場を思えばどうなる?』

「愛……」


 勿論、あの2人の間に愛がないとは思わない。


 あの王子殿下の婚約者殿は、これまで、自分の生きてきた世界を捨ててまで選んだ相手なのだ。


 だが、それでもむず痒さを覚えるのは何故だろうか?


『そして、神官たちは、王子殿下の立場を使って、「聖女の卵」を脅す可能性は高い。王位継承権を持つ人間は他にもいるのだからな。それは同時に王女殿下を脅すことにも繋がる』

「うわぁ……」


 栞がげんなりとした声を上げる。


 そこにあるのは「命知らずな」というような顔だ。

 オレもそう思う。


 敵に回したくない奴らしかいないのだ。

 だが、世の中、そんな命知らずによって状況がひっくり返されてきた歴史もある。


 そして、国や世界を荒らしたくなければ穏便な手段を選ぶ為政者も。


『国を荒れさせたくなければ、愛する者のために我が身を差し出す女だっているだろう。そして、シオリの友人はその見極めができてしまう女だとも思っている。自身の立場と、国の平穏なら、どちらが重いのかも分かっているだろう』

「――っ!!」


 その言葉で、栞の顔色が変わる。


 確かにあの王子殿下の婚約者は聡い。


『そして、自分の意に添わぬ選択をしそうな友人を見捨てられるほど、シオリが薄情な娘でないことも俺は知っている』


 それはオレが一番知っている。


 万一の時、深く考えるよりも先に、自分から名乗りを上げてしまいそうな激しい衝動を持った女だということも。


『改めて問おうか』


 だが、オレの動揺も、栞の困惑も意に介さない男は無情にも言葉の続きを口にする。


『どんな状況でも、シオリは「聖女」になる道を選ぶことはないか?』


 いつか起こり得る未来の可能性を示唆して。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ