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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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歌による変化

「それでは、また歌わせていただきます」


 栞はそう言って、玻璃(ガラス)棒を構える。


『我らが神よ』


 透き通るような栞の声が部屋を支配する。


 周囲の暑さなんて、もう感じられない。


 ―――― 我が祈りを お聞き届けください


 ―――― 人は誰もが何かを捜し 誰もが行き場を見失う


 ―――― だが どんな時も決して忘れてはいけない


 ―――― どんなに迷い悩んでも 自分だけは見失わないように


 ―――― 自分を知る者こそ 神はその尊き御手(みて)を差し伸べる


 ―――― 確たる自分を持つ者こそ その魂は導かれる


 ―――― ああ 我らが神よ 


 ―――― 我が祈りを 我が心を 我が声を お聞き届け下さい


 ―――― 我らが願うのは ただ一つ


『この魂に導きを』


 ああ、やはり栞が歌うこの「聖歌」が一番、オレは好きだ。


 ストレリチアの大聖堂で、昼を告げる歌に選ばれている「聖歌」。


 大聖堂から聞こえてくる大合唱のような歌は綺麗で迫力もあるが、それでも栞の歌には敵わない。


 いつもは可愛らしく魅力的な声が、不思議と透明感のある女声へと変化する。

 この声を聞いて、いつもの栞を想像できる人間はほとんどいない。


 栞をよく知るあの若宮や、王子殿下の婚約者すら息を呑むような歌声。


『これは、凄いな』


 薬を混ぜているというのに、その動きに違和感がない。


 まるで、何かの儀式のようだ。


 そして、栞が混ぜている小瓶の光は橙色に輝き、そして、最後に真っ白な光を放った。


 胸が爆ぜる。

 視界が光に包まれ、眩しさのあまり、眼を閉じた。


 このままではいけない。

 彼女は隠し通さなければ、いつか、オレとは別のモノになる。


 そして、オレの手が届かない場所に行くことになる。


 導きの女神を祖に持つ栞は、運命の女神に導かれ、やがて、「導きの聖女」に至ってしまう!!


『お前はそれを止めるのだろう?』


 誰かに肩を掴まれ、オレの耳元で耳慣れた声がして目を開ける。


 視界が急速に回復し、先ほどまでの眩しい光はもう感じない。


「おお」


 その声にオレは力強く答えた。


『ならば、護れ』

「おお」


 その言葉に迷いなどあるはずがない。


『恐らく、俺や神官たちには無理だ。人間の王に近すぎても、止められん』

「あ?」


 その言葉に思わず、オレは声の主、リヒトを見る。


『精霊や神官は神に逆らえん。王族も王に近いほど、神に抗えなくなるのは同じだ』


 それは確信に満ちた言葉だった。


「どういうことだ?」

『単純な話だ。精霊は神の遣い。神官の法力の基は自らの祖神と契りを交わした主神のものだ。そして、王族の力の源は大陸神との約定。だから、神の意思には従わされる。あの大神官すらな』

「その神の意思というのは?」

『神々が、今代に「聖女」の誕生を望めば、それら全てが意思に従うために動くということだ』

「なっ!?」


 それは、精霊や神官だけでなく、王族全てが敵に回ると言うことか?


『俺も詳しくは分からん。俺は精霊族の輪から外れた存在だからな。だが、ここで育ったスヴィエートがそんなことを言っていた。シオリが神に望まれれば、本人の意思とは無関係にその流れに載せられると』

「待てよ。それって……」

『落ち着け、ツクモ。まず、護衛であるお前がしなければならないことは、俺への詰問か?』


 リヒトに言われて、気付く。


「栞!!」


 栞の反応がなかった。


 あれだけの光を放った後、何の言葉も……。


「はい」


 言葉はあった。


 そこに立っているのは、黒髪、黒い瞳の愛らしい主人の姿しかない。


「栞……だよな?」


 それでも、確認したかった。


「化け物にでも見える?」

「見えない」


 この上なく、存在感を放っているが、化け物なんかどこにもいない。


「ここにいるのは、いつもの『高田栞』だ」

「そか」


 オレの言葉に嬉しそうに笑った。


「では、リヒト。今度はあなたから説明願いしましょうか」


 だが、すぐにその表情を切り替える。


『承知した。場所はここで良いか?』

「うん。あまり、場所は変えない方が良さそうだから。でも、そっちの椅子にちょっと座りたいかな」


 リヒトの言葉に栞はそう返答した。


「そう言えば、兄貴も水尾さんも、『綾歌族』の女も起きねえな」


 あれだけの変化があったのに。


『先ほどまでの現象は、お前たちが言う大気魔気の移動とは少し違うようだからな』

「あ?」

『それを含めて、俺の考えを話そう』

「九十九、悪いけど、お茶を頼める?」

「おお」


 確かにこのまま立ち話もおかしい。

 それに、この部屋は暑いから、それなりに汗もかく。


 栞の言葉は当然のことだった。

 寧ろ、言われる前にオレが気付くべきだったのだ。


「何のお茶が良い? 希望はあるか?」

「ん~? 眠れなくなるのも困るけど、今、寝ちゃうのも困るな~。頭がすっきりする系のお茶を頼める?」

「分かった」


 手持ちの茶葉と環境を考える。

 熱いのはあれだが、夜も遅い。


 冷たいものじゃない方が良いだろう。

 手早く準備をする。


「待たせたな」

『いや、待ってない』

「うん。ほとんど待ってないね」


 リヒトと栞の前にそれぞれ茶を置いて、オレは栞の横に座った。


 リヒトから話を聞くのなら、こちらの方が良いだろう。


『何から聞きたい?』


 その問いかけに兄貴の影を見た気がした。


「リヒトがさっき九十九に話していたことも気になるけど、『聖歌』の反応も気になるかな。九十九はどう?」


 栞がオレに問いかける。


 ふわりと、甘い香りがした。

 いやいや、今は、それに魅了されている場合ではない。


「『聖歌』の反応については、後で良いだろう。それよりも、オレはリヒトが口にしていたことの方が気になる」


 緊急性を持つのはそちらだ。


 今すぐどうこうというわけでもなさそうだが、それでも栞の未来にかかることはよく分かった。


 しかも、知り合いのほとんどが敵に回りそうなことも。


「神々が今代に『聖女』の誕生を望んだら、全てが従うしかないってどういうことだ?」

『先ほども言ったが、俺は精霊族から外れたものだ。だから、一般的な精霊族の視点からでは語れない』


 リヒトは同族から数十年もの間、疎外され続けていた。

 長耳族の血は入っているが、その半分は人間の可能性が高いという。


 だから、普通の精霊族たちが持つ知識を持たないことは知っていた。


『そして、俺にその話をしてくれたスヴィエートの知識も、知っての通り、かなり偏っている。だから、全てが正しいものとは限らないが、それで構わないか?』


 その言葉にオレは頷く。


「でも、その前にリヒト。その話をスヴィエートさんから聞いたのはどうして?」


 だが、栞はテーブルの上で祈るように両手を組んで、リヒトに顔を向けた。


 心なしか、その口調も視線も鋭い気がする。


『シオリが考えているような理由ではない』


 その心を読んだのか、リヒトは淡々と答えた。


『俺はユーヤほど自分の心を殺せないみたいだからな』

「それなら……」

『俺は自分が長耳族として欠けている自覚がある』


 栞の言葉に被せるかのようにリヒトはそう言った。


 そこには有無を言わせない迫力を感じる。


『ならば、欠けているものを埋めたくなるのは自然なことだろう?』


 そうどこか寂し気に笑った。


「それが本心なら良いんだよ」


 話が見えない。


「リヒトが誰も傷つけず、あなた自身が傷付かないのならそれで良いんだ」


 だが、オレの主人が、なかなか難しいことをおっしゃっているのはよく分かった。


 この世界で生きていくなら、周囲を傷つけず、自身も傷つかないなどと器用なことができるはずもない。


 実際、そう言う栞だって十分、自分が傷付きながらも生きている。

 そして、存分に周囲に傷付けて生きているのだ。


 特にオレは満身創痍と言っても過言ではないだろう。

 まあ、オレも傷つけまくっているのでお互いさまというやつではあるのだが。


『シオリはなかなか難しいことを言う』


 リヒトは苦笑する。


『だが、その考えは嫌いではない。善処しよう』


 それは、一応、考えるけど守らないってことだよな?


 尤も、オレが同じことを言われても、守れる気はしない。

 それでも、その答えに栞は満足したのか笑う気配がした。


 正面にいた方が、顔がよく見えたかもしれん。


 オレは今更ながらそんなことを思ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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