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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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思い出の歌

「『聖歌』は何を歌えば良いの?」


 栞が疲れたような顔をしながら、リヒトを見た。


『シオリが歌うのはどの歌でも好きだが、その中でも一つだけというのなら、やはり、大聖堂でいつも流れるアレだな』


 オレもたった一曲だけ選べと言われるなら、恐らくは同じ歌を選ぶだろう。

 それだけ、印象強い「聖歌」。


『「この魂に導きを」』


 リヒトはそう告げた。


 それはオレの頭にあったものと同じ歌だ。


 何故、数多くの「聖歌」の中からその歌を選ぶかと問われたら、栞が「聖女の卵」となったきっかけである「聖歌」だからだろう。


 それだけ印象深いのだ。

 まあ、オレが栞ほど「聖歌」を知らないと言うこともあるだろう。


 すぐに出てくるのは、大聖堂で昼に流れる3曲ぐらいだ。


「分かった」


 栞の方も抵抗なく受け入れる。


 彼女もどこかであの歌だと思っていたのかもしれない。


「でも、その前に別の『聖歌』を歌わせて。一曲だけじゃなくても良いでしょう?」

『分かった』


 別の?

 なんだろう?


 栞がリクエスト以外の歌を歌いたがる……、ってなんだか珍しい気がする。


「ちょっとだけ反撃もしたいので」

「……へ?」


 なんとなく物騒な単語が聞こえた気がする。


 反撃?

 誰に?


『存分にやれ』

「勿論!!」


 リヒトの言葉に栞が気合を入れて応じる。


 文字通り、心が通じ合っているような二人だけの会話に対して、なんとなく腹立たしさを覚えた。


 それ、いつものオレの役目じゃねえか?

 居場所を取られたようで落ち着かない。


 しかも、兄貴を見るとなんとなく苦笑いをしている。

 これはどういう心境だ?


「そんなわけで、九十九。樹液の準備をお願いできる?」


 そう言いながら、栞は自分で玻璃(ガラス)棒の準備をする。


「何の『聖歌』を歌う気だ?」


 オレは栞にルピエムの樹液が入った小瓶を渡しながら確認する。


 心を読めるリヒトは分かっている。

 多分、兄貴も。


 だが、オレだけは、栞が何を歌って、誰に反撃をしたがっているのかが分からない。


「本物の『聖歌』」

「あ?」


 「聖歌」に本物も偽物もあるのか?


「ああ、もしかしたら九十九は、初めて聴くかもしれないね」


 そう言って、栞は玻璃(ガラス)棒を両腕で握り締める。


 目の前には、ルピエムの樹液が入った小瓶。

 その図は、昼にやった栞の独唱会と変わらない。


 だが、その表情と雰囲気は明らかに違うものだ。

 あの時はもっと、気の抜けた顔だった。


 今の栞は明らかに、水尾さんとの模擬戦に臨む時のように、気合の入った表情をしている。


「行っきま~す!」


 朗らかだが力強い声での宣言。


 だが、次の瞬間にはその顔から笑みが消えた。


 そして、いつものように紡がれていく柔らかく魅力的な声の詠唱が始まる。


 ―――― 長く暗き夜


 ―――― 闇を灯す明るき光はここにあり


 ―――― この腕にある我が愛し子よ


 ―――― 罪なき無垢な魂はそのままに


 ―――― いずれかの御許に導かれるその日まで


 ―――― 今は安らかに眠り給え


 その歌に鳥肌が立った。

 間違いなく栞が言った通り、オレは初めて聴くはずの歌だ。


 だが、オレの中にいる何かを刺激する。


 ―――― ほの暗き()(とき)


 ―――― 闇を照らす静けき光はここにあり


 ―――― この腕にある我が愛し子よ


 ―――― 穢れなき心をそのままに


 ―――― いずれかの御許に導かれるその日まで


 ―――― 今は穏やかに眠り給え


「二番……だと?」


 兄貴の戸惑うような声が意識のどこかで聞こえた気がした。


『まだだ!』


 同時に、叫ぶようなリヒトの声も。


 ―――― 暗き時は終わりを迎え


 ―――― 遥けき空も


 ―――― 豊かなる大地も


 ―――― 新たな始まりを告げる


 ―――― 輝きに満つる朝


 ―――― 闇を払う眩しき光はここにあり


 ―――― この腕から離れし愛し子よ


 ―――― 強きその魂はそのままに


 ―――― いずれかの御許に導かれるその前に


 ―――― 今、ここに立ち上がれ!


 栞の力強い最後の一声とともに、ドクンと、全身が心臓になった気がした。

 そして、同時に熱い何かが凄い勢いで、自分の全身を巡っていく。


 耳から脳を撃ち抜かれたかのようだ。

 オレの脳を横から激しく揺さぶり、意識が遠のきそうになる。


 そんなオレの変調を気にせず、栞はさらに同じ歌をもう一度、歌い始めた。


 そうだな。

 同じ歌を繰り返し、5分。


 それが、栞が薬を混ぜる時に作ったルールだった。

 栞は律儀にそれを守るつもりなのだ。


 だが、今のオレに栞が混ぜている薬の状態を見る余裕なんか既になかった。


 自分の中を巡るナニかと戦うことで、手いっぱいだ。

 気を抜くとそのナニかに食い破られるような恐怖。


 オレの身に、いや、この肉体の中に何があった?


 ―――― 心を落ち着けろ!


 困惑の最中、どこかで聞いたことのある声が、撃ち抜かれて使い物にならなくなった耳の奥で低く響く。


 兄貴に似た誰かの声。

 それはどこか焦りを含んでいた。


 ―――― 自分をしっかり持て


 自分?

 自分ってなんだ?

 よく思い出せない。


 ―――― 自分の名を……、いや、愛しい者の名を口にしろ!!


 愛しい者の名?

 そんなの決まっている。


 ずっと昔から、その名前にしか興味がない。


「栞……」


 言われた通り、その名前を口にする。


「はい」


 何故か、答える声があった。


「栞?」

「うん」


 その声を頼りに、意識を繋ぐ。


「大丈夫?」


 ふわりと額に何か乗せられた。


 柔らかくて温かい光に包まれた気がする。


「オレは……?」

「わたしの選曲が悪かったみたいで、雄也さんと九十九が倒れちゃったんだよ」

「倒れ……?」


 よく思い出せない。

 ただ、栞の歌声で、意識が遠のいて……?


 ゆっくりと目を開くと、そこには心配そうに覗き込む栞の顔があった。

 なんて顔をしてやがる。


 いや、そんな顔をさせたのは……、オレか。


「ごめんね」

「お前が謝るな」


 ゆっくりと身体を起こすと、腹が立つような黒い外套が掛けられていた。


「これは、燃やせってことか?」

「違う!! わたし、これしか召喚できないからこうなったんだよ」


 栞はまだ物質収納も召喚もできない。


 魔法の種類は増えたが、空間系の魔法は苦手なままである。


「リヒトが使っていた布団は雄也さんに使っちゃったし、スヴィエートさんと水尾先輩もまだ起きないし……」


 周囲を見ると、兄貴と思われる布団の塊はあった。


 離れた所に水尾さん。

 そして、部屋の寝台にはあの「綾歌族」の女がまだ眠っている。


「何が……あった……?」


 寝起きのためか、頭がまだうまく動いていない。


「えっと、わたしにもよく分からないのだけど……」

『シオリの『聖歌』による『神力』に当てられたようだ』

「『神力』に……、当てられた?」


 これまで、シオリの「聖歌」を何度も聴いたことがあるが、そんなことは一度もなかったのに。


『理由は分からん。だが、シオリが歌い出すと同時に、ツクモの身体の音が変化して、その後、ユーヤの身体の音も変化した』

「身体の……?」

「音……?」


 リヒトの言葉は時々、分からない。

 だが、なんとなく、体内魔気のことだろうなとは思った。


 しかし、体内魔気が変化した?

 法力が使えないオレたちが、栞の「聖歌」を聞いただけで?


『お前たちの思考の音は千々切れとなり、あまり聞こえにくかったが、いつもは聞こえない身体の音は逆に聞こえた』

「どんな音だ?」

『変われ、変われと』

「「変われ? 」」


 栞とオレの声が重なった。


 何が何に変われと言うんだ?


「その『変われ』という言葉以外には聞こえなかったの?」

『他には「止まれ」、「混ざれ」、「戻れ」だったな。』


 栞の問いかけにリヒトは答える。

 しかし、意味が分からない。


「その音が体内魔気の声なら、『聖歌』というより、『嘗血(しょうけつ)』の影響……かなあ?」

「あ?」


 栞が妙なことを言う。


「あなたたち兄弟は、先ほど、わたしの血を通して、わたしの体内魔気を摂取したようなものでしょう?」

「ああ、そうか……。でも、『変われ』や『混ざれ』はともかく、それ以外はおかしくないか?」


 それでも、「戻れ」はなんとなく分かるが、「止まれ」だけが分からない。


「九十九の体内魔気はかなり激しく変化してたよ。わたしが歌っていても分かるぐらいだった。雄也さんも変化していたけど、九十九ほどじゃなかったな……」

「だが、兄貴の方が倒れたままだぞ?」


 すぐ近くの床にはまだ兄貴がピクリとも動かない状態だった。

 まあ、殺気を放てば飛び起きる気がするが、なんとなく寝かせておきたい。


 どうせ、兄貴も寝てないだろうし。

 別に栞との時間を邪魔されたくないから、そのままにしておこうなんて思ってないぞ。


『俺もいるのだが……』

「分かってるよ!!」


 心を読まれたらしい。


「何の話?」

「この状況を改めて把握しただけだ」

「ああ、なるほど」


 嘘は言ってない。

 ちょっと誤魔化しているだけだ。


「セコいな」

「うっせえ!!」


 俗な言葉ばかり覚えてるんじゃねえ。


「それにしても、どういうことなんだろうね?」


 栞は兄貴を見ながら、そう溜息を吐いたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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