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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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思い出の中の友情

「人間界に逃げようかと考えたことはありました」


 その言葉を聞いて、オレは鳥肌が立った。


 人間界……。

 それは彼女が10年もの時を過ごした場所で、その言葉が意味するものは……。


「それは、一人で?」


 オレが混乱している間にも、兄貴は問いかける。


「いえ」

「へ?」

「わたしが願えば、水尾先輩はともかく、二人は付いてきてくれるかなと期待して」


 頭が真っ白になった。


 小悪魔だ。

 小悪魔がここにいる。

 間違いなくここにいるのは、オレを惑わす小悪魔だ。


 そりゃ、付いていくさ。

 どこにだって付いていくつもりだ。


 その道を決めたのが栞への気持ちを自覚する前でも、オレは迷わずそれを選んだだろう。

 栞がオレの手を振り払っても。


「それは光栄だ」


 兄貴もそう言った。


「でも、それを選ばなかったのは何故かを聞いても良いかい?」


 そうだ。

 それは大事なことだ。


 「聖女の卵」にならないのなら、その道が最良だと思える。

 いや、今のように「聖女の卵」になるよりも、そちらの方が良かったんじゃないか?


「理由としてはいろいろあるんですけど、まず、『転移門』の使用許可が下りなかったでしょうね」

「なるほどね」


 人間界へ行くためには、王城にある「転移門」しかない。

 聖堂にある「聖運門」は、聖堂同士を繋ぐためのものだから全く別の場所にはいけないのだ。


 そして、基本的に城内にある「転移門」を使用するためには、王族の許可がいる。


 だが、あの時、オレたちはストレリチアにいたのだから、あの国の王女である若宮から許可を分捕れば使うこと自体は可能だったんじゃないか?


「『ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチア』さまは、誇り高き法力国家ストレリチアの王女です。だから、わたしとの友情よりも優先させるべきものがありますよね?」

「そうだね」


 どんなに国に居場所を感じなくても、国王に反発心を持っていたとしても、それでも、「ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチア」はあの国の王女だった。


 だから、国益となる「聖女」を手放す理由はない、と栞は言っている。


「神の意識を降臨させてしまうような『聖女』を私情から大神官が見逃せば、大神官の立場も揺らがないとは言い切れません。だから、味方が少ない自覚がある王女殿下なら彼を守るために、『聖女』を囲い込む選択をすると思うんですよね」

「「それはない」」

「ふえ?」


 続いた栞の言葉に対して、奇しくも、兄貴と声が重なった。


「お前から言え」

「おお。若宮は大神官の能力に絶対的な自信を持っている。だから、その立場を守るだけのためにお前を売ることは絶対にしない」

「ぬ?」


 兄貴から促されて、オレは栞に伝える。


 あの女は大神官のことを自分自身以上に信じていた。

 だから、多少の醜聞ぐらいでは揺らがないことに自信を持っている。


 「聖女」を捕まえ損ねた、逃がしたことぐらいで多少、経歴に傷が入ったぐらいで大神官を脅かすようなヤツなど高笑いしながら罠に嵌める程度の小賢しさと強かさも持ち合わせている。


 それに大神官自体はその地位に固執をしていない。

 それを知っている若宮が、その立場を守るために立ち回る図はどうしても想像できなかった。


「で、でも、わたし、ワカから『聖女の卵を選んでくれて良かった。これで、高田を追わなくて済む』って言われたよ? それって、そういう意味もあったんじゃなかったの?」


 ああ、栞は、「聖女の卵」ならと承諾した時に言われた若宮からの言葉をそういった意味に解釈したのか。


 だが、それは違うと確信を持って言える。


「ケルナスミーヤ王女殿下が、法力国家を離れようとする栞ちゃんを追いかけるのは、別の理由からだよ」

「はい?」

「どう聞いても、『聖女の卵』じゃなくて、『高田栞』を逃がしたくないって言ってるじゃねえか」

「ほげえ?」


 あの時、若宮が安堵したのは、「聖女の卵」となったことで、栞が法力国家に縁付いたことだ。


 その縛りがある限り、聖堂……、いや、大神官を通じて栞のことを知る機会が増えるし、栞自身も「聖女の卵」として、聖堂や法力国家を意識することになるだろう。


 実際、カルセオラリア城が崩壊した時だって、その栞が避難先にと咄嗟に選んだ場所がストレリチア城だったことからもそれがよく分かる。


 それに若宮は、大神官よりも栞のことを気にしているような女なのだ。

 だから、もうストレリチア城から離れようとしなくなっている。


「ケルナスミーヤ王女殿下の言動を見ていれば分かりそうなものなのに……」


 兄貴すらやや呆れ気味だった。


「ああ、これは若宮が知ったらぶち切れるレベルの悪行だな」

「そ、そんなに!?」


 自分の気持ちをここまで明後日の方向に解釈されていたら、あの女は間違いなく切れるだろう。


「お前、見習神官を唆してまで、お前を城に引き立てようとした所業を忘れたか?」

「でも、あれは、ワカの退屈しのぎでしょう?」


 始めはそうだっただろう。

 だが、それからの付き合いを見ていれば、その本気度が分かるというものだ。


 もう一人の「聖女の卵」が現れる前も後も、栞は重苦しいほど、若宮から大事に護られている。


 そのことについては、いろいろ複雑ではあるが。


「栞ちゃん、キミが知る『若宮恵奈』さんは、好きな男性のために迷いなく友人を売るような人間だったかい?」

「いいえ」


 兄貴の言葉には素直に即答しやがった。


「でも、わたしが知る『若宮恵奈』という友人と『ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチア』王女殿下は別の人間です」

「それは立場が違うから仕方ないね。それではもう一つ。ケルナスミーヤ王女殿下は、キミに『聖女の卵』となれと強要したかい?」

「いいえ」


 またも栞は即答した。


 若宮の性格上、それはしないだろう。

 大神官もしなかった。


 どちらかと言えば、断る選択肢もあるとは言ってくれたほどだ。

 断っても、あの二人から全力で護られることにはなっただろう。


「選ばなくても、ケルナスミーヤ王女殿下はキミを全力で逃がしてくれたとは思うよ。そして、望めば、『転移門』の許可もくれたはずだ」


 栞が選べば、自分の父親や兄王子殿下の意向に逆らってでも、あの国にある転移門を使わせたことだろう。


 あの王女殿下はそんな女だ。


「それらを踏まえた上で、結論付けるなら、『聖女の卵』にならず、人間界行きを選ばなかったことは正解だったと俺は思う」

「……そう、ですか」


 栞は戸惑いながらも兄貴の言葉を受け入れる。


 友人の手を借りて人間界に逃げ込めば、確かに「聖女の卵」にならないという選択肢を選ぶことはできただろう。


 だが、オレもその選択肢はないと思っている。

 栞がオレの手を離す選択肢がなかったことは素直に喜べた。


 兄貴とセットではあるものの、前のようにオレたち兄弟の足止めをしてでも一人で勝手にいなくなろうとしていなかったことは本当に嬉しかったのだ。


「今の栞ちゃんは簡単に魔力を暴走させないことだろう。だが、あの頃の栞ちゃんはそれも危うかった」

「いえ、今のわたしも、まだまだ危うい自覚はあるので大丈夫です」


 兄貴が言いたいことと栞の言っていることは少しずれているだろう。


 兄貴は精神的な制御力の話をしており、栞は、「祖神変化」を気にしている。

 精神的なものは、我慢しすぎるほど我慢してしまうような女にまでなってしまった。


 だから、始めに心配された魔力の暴走について、今はそこまでの心配はないが……、確かに「聖女の卵」となったばかりの栞ならまだ不安はあった気がする。


「そして、『神のご執心』については、俺たちにもどうすることもできない」

「……ですよね」

 それだけは大神官の手を借りるしかない。


 大神官の手によって「神隠し」というもので隠されてはいるが、それも人間の手によるものだ。


 今も結ばれている縁があるからこそ、定期的に大神官に様子を見てもらえるだけで、人間界やそれ以外の場所に行くことを選べば、それもできなくなる。


「さらには今回のことだ」

「ふへ?」

「栞ちゃんが普通の歌でも『神力』を行使できることが分かってしまった以上、人間界に行かなくて大正解だと思った」

「おお?」


 栞が奇妙な返答をしているが、兄貴が言っていることが理解できていないわけではないだろう。


 人間界はこの世界ほど大気中に魔力あるわけではないが、全くないわけでもない。

 そして、人間界でも感覚の鋭い人間はいるのだ。


 あの時点で魔力の封印を解除していた栞が、それらを全て隠し通して生きていくことなどできなかっただろう。


「まあ、これについては結果論だけどね」


 確かに結果論だ。


 あるいは、「聖女」としての知識を詰め込まれなければ、そんなことも起きなかった可能性もある。


「大丈夫ですよ、雄也さん」


 栞は軽く息を吐いて、真っすぐ兄貴を見上げる。


「先ほど言ったでしょう? 『聖女の卵』となる道を選んだのはわたし自身だって」


 そして、改めてそう言いながら……。


「だから、雄也さんがいつまでもそんなに思い悩まなくても良いんですよ」


 何でもないことのように笑ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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