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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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思い出によって気付かされる

「信じられる? 魔力の封印が解放されたわたしが、何度もただの『風魔法』だけで意識を奪われたって……」


 栞が笑いながらそう口にした直後。


「栞ちゃん」

「ほへ?」


 兄貴がすかさず声をかけてきた。


「後で、その話の詳細を書いてもらえる?」

「ほげ?」


 兄貴の笑みに対して、何故か、不思議な言語を発する栞。


 いや、お前は本当に場の雰囲気を読むことに定評のある日本人か?

 たまに本気でそう思う時がある。


 せめて、もう少し、マシな反応はないのかと。


「セントポーリア国王陛下が栞ちゃんに対して魔法を使った話は聞いていたけれど、まさか、意識を奪うほどのものを使っていたとは思わなかったんだよ」


 兄貴はそう呟いた。


 なるほど、そこまでのものだとは兄貴も知らなかったらしい。


 オレは栞を迎えに行った時、魔法をいっぱい見ることができたと言っていたから、そんな気がしていた。


 栞が多くの魔法を見るというのは、それだけ、目の前で魔法を繰り出されていると言うことだ。


 そして、オレもストレリチアで再会するまでは知らなかったが、セントポーリア国王陛下は意外と好戦的な方だった。


 いや、王族というものがそうなのかもしれない。


 だから、国王陛下の魔法によって、栞の意識が何度か飛ばされていたとしても、そのこと自体はあまり意外とは思わなかった。


 寧ろ、そんな人間ならば、相手の力量を見極めるために魔法耐性を計らないはずがないだろう。


 それも殺したくないような相手ならば、死なない程度の魔法を使うために少しずつ魔法の威力を上げて、どれだけの魔法に耐えられるかを確認していると思う。


 それに、栞がセントポーリアに行くことになったのは、オレの「発情期」から離すためでもあったけれど、彼女の魔力を強めるための「感応症」狙いだった部分もある。


 だから、それを承知だった栞は、彼女自身が限界まで耐えられる魔法を願った可能性が高い。


 変な所で、体育会系のノリを発揮してしまうところがある女だから。


 そんな一生懸命さも可愛いんだけどな。


「まったく、セントポーリア国王陛下も栞ちゃんも無茶が過ぎる」

「でも、わたしが願ったんですよ?」

「それでも、普通の王族ならばともかく、中心国の国王陛下ともあろう御方が、自国の、それも自分の城で相手の意識を奪うほどの魔法など、普通は使わないものだよ」


 兄貴が言いたいことも分かる。


 国王の居城。

 それはその王の魔法が最大限に発揮される場所でもあるのだ。


 どの国も、城はその国で一番大気魔気が濃密な場所に建てると言われている。


 その方が、そこで生活する人間たちの魔法の威力も上がるし、神の加護や精霊の祝福を受けやすくもなるためである。


 つまり、この上なくセントポーリア国王陛下の魔法の威力が上がる場所でもあるのだ。


 その娘である栞も同じ条件ではあるのだが、それでも、半分は人間であるためもともとの地力が違い過ぎると言えるだろう。


 確かに兄貴が言うように普通なら無茶……、いや、無謀が過ぎるというものだ。


 だけど、同時にオレは栞が考えたことも分かってしまう。

 今の殻を破りたければ、自分を追い込む必要がある、と。


 あの頃の栞はまだ自分の意思であまり魔法が使えなくて、酷く焦っていた時期でもあった。


 その時点で、かなり大きな魔法に耐えることはできていたし、普通の人間ぐらいなら吹っ飛ばせてもいたのに。


 彼女の気持ちが分かる気がするのも、その焦りに似た何かを何度もオレが感じたことがあるためだろう。


「でも、意識を奪われたのは初日だけで、二日目以降は耐えましたよ。セントポーリア国王陛下が手加減を覚えてくださったと思いますが……」


 それはまるで、セントポーリア国王陛下を庇うような口調だった。


 あの方のことを悪く思われたくはないらしい。


「では、それを含めて思い出せるだけ先ほどの報告書のように書いてもらうことはできるかい?」

「もうだいぶ忘れていますが、それで良ければ」


 栞がセントポーリアに行ったのは数カ月前だ。

 それだけ月日が流れていれば、細部までは思い出せないだろう。


 その後にも、本当にいろいろあったからな。


「勿論、それで十分だよ」


 どうやら、印象強いものだけで良いらしい。


 だが、兄貴の意図が分からない。


 わざわざ紙に書き記して欲しいと言うからには、それなりに理由があるとは思うのだが。


『シオリ』

「ん?」


 兄貴と栞の会話が終わるのを待って、リヒトは口を開いた。


『先ほど、シオリは「聖女の卵」であることは嫌ではないと言ったが、「聖女の卵」となったことに後悔は?』

「ないよ」

『全く?』

「うん」


 リヒトの問いかけに迷いもなく答えていく栞。


『それは何故だ?』

「何故って、いろいろ考えて最終的には自分で決めたことだから……、かな?」

『その決定も、選択肢を奪われ、誘導された結果だとは思わないのか?』


 嫌な聞き方をする。


 だが、これは、リヒトだけの考えじゃないな?

 兄貴か?


「確かに選択肢は少なかったけど、ちゃんと選べたと思っている。あの時、わたしは『聖女の卵』にならない道も選べたから」


 そんなことはない。

 多くの神官たちの前で「聖歌」を歌い、神の意思を降臨させた。


 その時点で、栞は認定を受けて素直に「聖女」となるか。認定を拒み、「聖女の卵」になるかしか選べなかったはずだ。


 どちらかを選ばなければ、世界中の神官が追っ手となる。


 それまでの手配書とは比べ物にならないほどの大規模捜索となり、二度と人目に付く場所に現れることができなくなったかもしれない。


 その上、確実に法力国家だけではなく情報国家にも目を付けられる。


 「聖女の卵」は、「聖女」候補であり、神女(みこ)の中でも神力を使える可能性のある女から選ばれることもあるらしい。


 だから、神女が多く集う法力国家には今、その「聖女の卵」が二人も存在していてもおかしくはないのだ。


 だが、その「聖女の卵」が法力国家から自分の意思で逃げ出したとなれば、情報国家や他の国々が囲える可能性も出てくるのだ。


 その可能性のためならば、情報国家は本気で追跡をすることだろう。


 そして、国を挙げての行動ならば、あの情報国家の国王陛下だけでなく、その一人息子……、銀髪の王子も動き出すことになる。


 さらに厄介なことに情報国家の王子はかなりの女好きだという。


 そんな男が百年以上も現れなかった「聖女」という珍しい存在に興味を惹かれないとは思えない。


 それが、「聖女」に至る可能性がある「聖女の卵」であったとしても。


『「聖女の卵」にならない道とは?』

「一番、手っ取り早いのは、すぐにセントポーリアに戻って、王子殿下のモノになる道」

「は!?」


 思わず声が出てしまった。


 兄貴も声に出さないまでも、驚いた顔をして、栞を見ている。

 つまり、これは栞が自分で考えたことなのか。


「そんなに驚くことかな? でも、それが一番、分かりやすく『聖女の卵』にならなくて済む方法じゃない?」

「だが、それは……」


 確かにあのクソ王子の前に行けば、栞はセントポーリアに囲い込まれるため、法力国家ストレリチアも情報国家イースターカクタスも手出しができなくなる。


「あのク……、王子にお前の出自が完全にバレたら、恐らくは、真っ当な生活をさせてもらえなくなる」


 もしかしたら、普通の側女としての扱いすらされないだろう。


「それでも、表面上だけは手厚く扱われると思うよ。あの王子殿下に魔力が少ないというのなら、昔と違って魔力がそれなりにあるわたしを邪険にはできない」

「表面上だけだ。裏ではどんな目に遭わされるか分かるかよ」

「うん、分かってる。だから、それはわたしが嫌だな」


 栞はそう言って肩を竦める。


「それにそれを選べば、これまでのことが全て無駄になる。九十九や雄也さんが懸命に作り出して護ってくれたこの生活をわたしは捨てたくはない」

「そんなもの……」


 何度だって創り出してやる。

 お前がオレたちの手を離さない限り。


「栞ちゃんは、それ以外の道も考えた?」


 確かに「一番」と言ったからにはそれ以外の道も頭にはあったということだ。


「一番、手間がかかって面倒なのは、『聖女の卵』にもならないまま、今のように根無し草になる道かなと、あの時は思いました」


 確かにそれは分かりやすく単純な話でもある。


 そして、栞がそれを願えば、オレも兄貴もその道を進ませたことだろう。


 それが、多くの人間たちを敵に回すことになったとしても。


「ただ、それを選ぶと、多くの人たちに迷惑がかかることも理解していました。雄也さんや九十九のことだから、それでもわたしに『気にするな』、『大丈夫だ』と言ってくれるでしょうけれど、わたしにはそれを選ぶことはできなかった」


 そう言って栞は目を伏せた。

 その手が微かに震えている。


 確かにいろいろ考えてはいたようだが、結局のところ、選択肢はほとんどないに等しかったことに変わりはないのだ。


「もしかして、他にも考えた?」


 だが、兄貴はそんなことを言った。


 他の手段?

 あの時点でそんなものがあっただろうか?


「可能かは分からなかったですけれど……」


 栞は少し視線を彷徨わせて……。


「人間界に逃げようかと考えたことはありました」


 兄貴に笑顔でそう答えたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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