思い出の中の宝
「だから、見習神官やっていた雄也さんの行動に関して、思うところはないかな」
オレも気付いていなかった見習神官に扮した兄貴を見破った栞はそう結論付ける。
『怖い思いをしたのにか?』
「必要な怖さだったと思うよ」
確かに警戒心を抱かせるには必要だったかもしれないが、オレにとっては、悔しい思いばかりしかない。
『……だそうだ』
「余計な世話だ」
リヒトの皮肉気な笑いに、兄貴が不機嫌そうに答える。
「いや~、こうして思い出すといっぱい思い出があるね~」
そして、栞はそんな呑気なことを言っている。
今、思い出しているのは決して、良い思い出ではないはずなのに、彼女はそれを笑うのだ。
『シオリは人が好すぎる』
「そうかな?」
『そうだ。普通はもっと怒って良い』
悔しいが、リヒトの言葉に同意する。
栞は周りだけでなく、オレたちに対しても、もっと怒るべきなんだ。
これまでのことを思い出しただけでも本当にそう思う。
栞はずっと大きな争いはほとんどない平和な世界にいたのに、オレたちが、彼女を無理矢理こんな世界に囲い込んだのだ。
オレたちが彼女から選択肢を奪った。
そのことだって栞は承知のはずなのに、それなのに、なんで、笑えるんだ?
「ん~?」
栞は唇を突き出して考え込む。
「怒る理由、なくない?」
お前のその考えの方がなくないか?
その思考はあまりにも呑気で平和すぎるように思えた。
少なくとも、命や身の危険を感じる回数が格段に上がっているのに。
「確かにいろいろな目に遭ってきた自覚はあるよ。囮としてもよく使われる。でも、それと引き替えに簡単には得難いものも貰っている。それが、一番の理由じゃないかな?」
そう結論付けた。
得難いもの?
それは一体……。
「栞ちゃん。その得難いものについて俺たちが聞いても?」
オレより先に、兄貴が問いかけた。
「……」
だが、珍しく、栞の目が泳ぐ。
隠し事をしようとする時や何かを誤魔化す時の顔だ。
「内緒です」
少し照れくさそうに、唇の前に人差し指を立てる。
「リヒトも、わたしが今、思ったことは内緒ね?」
さらに心を読める男に対してしっかりと口止めをした。
リヒトは一瞬、目を丸くしたが……。
『承知した。シオリの宝は誰にも渡さない』
嬉しそうに笑いながら、そんな意味深な言葉を吐く。
ちょっと待て?
気になるじゃねえか。
兄貴も難しい顔をした。
これはアレだ。
気に食わない時の顔だ。
『悪いが、ユーヤ。ツクモ。俺はお前たちに脅されても話さないからな』
さらにお前は、人聞きの悪いこと、言ってんじゃねえ!!
いや、これは兄貴の思考に対する返事か?
だが、このタイミングで言われるのは、オレまで疑われるじゃねえか!!
せめて、どちらから脅されかけたかをちゃんと言え!!
「九十九、雄也さん? まさか、リヒトを脅すのですか?」
栞が微笑む。
それも冷気付きで。
その笑顔に千歳さんが重なった。
ああ、二人はやはり親子だ。
間違いない。
オレが保障する。
「オレがそんなヤツに見えるか?」
リヒトに対して、交渉はする。
だが、脅す気はない。
「九十九はそんなことをしないと信じてるよ」
つまり、兄貴は信じてないんだな?
いや、ある意味、兄貴ならそんなことをやりかねないと信じているのか。
「だから、雄也さんも、信じさせてくださいね?」
「なかなか酷いな、栞ちゃんは」
そんなあまりにも分かりやすい言葉に、兄貴が苦笑いをする。
だけど、なんだろう?
この世界に来たことで、栞が受け取った得難いもの?
大神官の特製法珠がいくつもついた「お守り」か?
それは確かに簡単にはもらえないものだな。
王族である水尾さんや若宮だって欲しがるようなものだった。
だが、あまり物欲のないこの女が、それをそこまで喜ぶだろうか?
「さあ、次、行ってみよう!!」
栞はどこかのコントグループを思い出すような明るい声でそう言った。
どうやら、話題を変えたいらしい。
『俺が気になるのは、「裁きの雷」だな。ストレリチア城の城門にて天を引き裂いたかのような激しい雷が落ちたそうだな』
「ああ、あれは結構、離れていたのに、耳がおかしくなりそうなほどの音だったよ」
アレはオレにとっても衝撃的だった。
あの日以来、オレは雷撃系の魔法を磨くようになったが、それでも、まだあの域には届かない。
大気を動かす風属性魔法と光属性魔法が得意なオレにとっては、どちらの要素も含む雷撃系魔法は相性が良い。
それでも威力を重視すれば、命中精度が落ちるし、命中精度を意識すれば、速さが足りなくなる。
そして、風属性魔法が得意な栞には足止めするのがやっとという無様だ。
確実に狙った相手を屠れるようにはなりたい。
栞が止める間もないように。
『その後で、シオリが「聖女の卵」とされたと聞く』
「それだけはちょっと納得できないことなんだよね」
栞は頬に手を当てて溜息を吐いた。
「わたしは覚えていないけど、『導きの女神』ディアグツォープさまが降臨したのは、わたしだけの力じゃない。どちらかと言えば、周囲にいた神官たちや大神官さまのお力添えによるものなのに」
実際、あの時、あの場所には多くの神官たちがいて、さらに最高位の大神官までいた。
そのために、あの場にいた誰もが、あの奇跡は、栞だけの力だけではないと思ったことだろう。
だが、その後、次々に引き起こされる「非常識」を見せつけられて、この女に「聖女」の資質がないなんて、当人を除いて誰も信じない気がする。
『シオリは、「聖女の卵」であることが嫌なのか?』
その場に居合わせなかった男は不思議そうな顔で尋ねる。
だが、その尋ねた内容については無視できない。
オレは彼女に尋ねようともしなかったから。
「別に」
思ったよりもあっさりと即答する。
「実際、わたしに『神力』がちょびっとだけあるのは事実だし、それによってわたしにも何かができることは分かっている。だから、『聖女の卵』であることは嫌じゃない。分不相応な呼び名だとは思うけどね」
栞は困ったように笑った。
だが、この場にいる誰もが彼女が「聖女の卵」であることを、「分不相応」だとは思わないはずだ。
寧ろ、「お前のどこが卵だよ? 」と突っ込みたい人間しかいない気がする。
『「分不相応」とは?』
リヒトもどこか複雑そうに笑いながら、栞に尋ねる。
「わたしのどこが聖なる女性に見える?」
栞は両手を広げながら、これでどうだと言わんばかりに胸を張った。
その行動に思わず納得しかける。
確かに外見はごく普通の女にしか見えない。
小柄で童顔なことも相まって、実際の年齢よりも幼く見られることが多い女。
城門周囲にあった結界を破った時、そして「聖歌」を歌った時、この女は髪色や瞳の色、そして化粧や服装によってかなり雰囲気を変えていた。
それはまだ15歳時点の話だったのに、今の栞よりも大人びて見えたため、姉妹や親類には見られても、同一人物と見破るには相当の眼力と愛情がいるはずだと、一発で彼女を看破した法力国家の王女殿下の言だ。
眼力はともかく、愛情ってなんだ?
それはともかく、それなりの装いによって、「聖女」としての説得力を持つことができたのも事実だ。
『それだけ様々な光や音に囲まれている人間はそう多くない』
「ほ?」
『俺が知る限り……、と言っても、俺はそんなに多くの人間を知るわけではないが、シオリを囲む「光」や「音」は、あの大神官を凌駕している』
「そうなの?」
比較対象に出てきたその名に驚き、目を丸くした栞の問いかけに対して、リヒトは無言で頷く。
リヒトは嘘を吐いていない。
オレは兄貴を見た。
―――― 兄貴はそれを知っていたのか?
だが、その険しい表情はムカつくほどに読みにくい。
まるで、オレに心の内を悟られまいとしているかのように。
『ミオやトルクスタン、ケルナスミーヤ王女殿下、クレスノダール王子殿下など様々な王族を見た。あの中心国の会合? とやらでは国王と呼ばれる頂点たちも見た。だが、シオリを越えるほどの光と音を纏う人間は、マオとオーディーナーシャ様ぐらいだった』
その言葉にゾッとする。
真央さんは魔法国家の王女殿下であり、体内魔気の強さだけならあの水尾さんより上回っている。
そして、オーディーナーシャ様……。
あの女は、上位精霊も同時に複数行使できるほど規格外の精霊使いとして法力国家に認められ、「聖女の卵」となり、グラナディーン王子殿下の婚約者におさまることになった。
その共通点は「規格外」。
リヒトが言う「光」と「音」が、源精霊や微精霊と呼ばれる存在を差しているのなら、間違いなく、栞もその「規格外」に該当するということだ。
いや、それって、今更の話じゃねえか?
下手すると、非常識っぷりではその二人を超越する女だぞ?
「わたしは、中心国の国王陛下たちよりもその『光』と『音』を纏っているの?」
『少なくとも平常時ではそうだな』
「なるほど……。戦闘モードになると皆、確実に大気魔気を大きく動かすだろうからね」
栞もリヒトが視聞きしているモノは源精霊や微精霊だと判断したらしい。
『それに、国王たちの魔力は、自身の大陸では大きく変わると聞いている。あの会合の場では、一番、「光」と「音」を纏っていたのが、ストレリチア国王だった。そのことからも場所によって変わるかもしれん』
「ああ……。セントポーリア国王陛下も自国ではもっと激しかったね」
栞がどこか遠い目をした。
オレたちはストレリチアの大聖堂の地下で、セントポーリア国王陛下と模擬戦闘をやって、一方的な目に遭ったのだ。
「信じられる?」
栞がオレに向かって笑う。
「魔力の封印が解放されたわたしが、何度もただの『風魔法』だけで意識を奪われたって……」
そんな信じがたい言葉を口にしながら。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




