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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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思い出を語ろう

 リヒトにしては珍しい種類の我儘……、自分の願望を口にしていると思った。


 栞の血を舐めたい、いや、「嘗血(しょうけつ)」行為をして、彼女との関係を強化したいらしい。


 オレだけでなく、兄貴ですらそれを望んだのだ。

 それを知って、栞に多大な好意を持っているこの男が反応しないわけがない。


 だが、リヒトには精霊族の血が流れていて、その辺りだけでも様々な問題がありそうなのだが、何よりもどうしようもないことがあった。


「この場にいる誰が、この栞ちゃんを傷つけられるだろうか?」


 それが兄貴の口にしたこの台詞である。


 兄貴もオレも、栞の血を舐めるため、つまりは、彼女に出血させるためにいろいろと工夫を凝らしたが、その共通点は彼女の隙を突くことだった。


 だが、これ以上、彼女が油断してくれるとは思わない。

 オレや兄貴の言葉や行動も、どこか疑ってかかるだろう。


 日頃、無警戒、無防備と言われる主人ではあるが、一度警戒すれば、なかなかその堅い鎧は脱がなくなるのだ。


 警戒心が強まれば、目を逸らした状態でも物理耐性が強化された肉体には簡単に傷を付けられないことは既に分かっている。


 人間の身体を切りつけて、あんな手応えは初めてだ。

 身体強化した兄貴よりもさらに堅い感触だった。


 しかも、誰かが切りつける姿を見てしまえば、先ほどのように、本能的に恐怖を感じ、いつもと同じように、吹っ飛ばし攻撃が発動する。


 なんて、防御に特化した主人なのだろうか?


『お前たちは、俺が寝ている間に、なんてことをやってるんだ?』


 オレたちの心を読める長耳族のリヒトは、呆れたようにそう言った。


 誰の、どんな心を読んでいるのかは分からない。

 だが、その言葉に少しだけ険があるような気がした。


『シオリ、怖かったことだろう?』

「まあ、怖かったけれど……」


 労わるようなリヒトの言葉に栞は少し考えて……。


「まあ、仕方のないことだから」


 そう困ったように息を吐き、垂れた眉毛をさらに下げて答えた。


『お前の護衛たちは、主人に対して、「仕方ない」と言わせた上、いろいろ諦めさせるのだな』


 心を読める男は、先ほどまでの穏やかな表情を消し、オレたちに顔を向ける。


「わたしは、『仕方ない』はよく言うけど、諦めたことはあまりないと思うよ」


 嘘を吐け。


 状況的に「仕方がない」からと言って、いろいろと我慢している主人の姿をオレも兄貴もよく知っている。


 それを知っていても、彼女にそれを強要するしかないことも……。

 そして、困ったことに、栞は「我慢」を「諦め」とは本気で思っていない。


『育った場所から離れることは「諦め」ではなかったか?』


 心を読めることにより、ある程度の事情を知っているはずの男は、さらにオレたちが踏み込みにくい問いかけを口にした。


「育った場所? ああ、人間界から離れることは確かに抵抗があったよ。でも、あのまま、残っていた方が、多分、ずっともっと辛くなっていたと思う」


 その言葉に嘘はない。


 嘘はないけど、あの日。

 真夜中に自分の肩で、一声も上げず、大粒の涙を零し続けた女を知っている。


 その身に降りかかった理不尽を呪うこともなく、それを強いたオレたち兄弟を何一つ責めることもなく、親しかった友人たちに別れを告げることを選択しなかった女を。


『ようやく生活基盤を整え始めた場所を追われることは?』

「セントポーリア城下のことかな? それなら、始めから長居ができないって覚悟もしていたからね。どちらかと言えば、自分の迂闊な行動のために、準備が不十分になってしまったことと、水尾先輩を巻き込んでしまったことは申し訳ないかな」


 そんなことはない。


 確かにその行動自体は褒められたことではなかったが、あのタイミングでなければ、水尾さんを城下の森で見つけることができなかったはずだ。


 しかも、あの森にセントポーリアの王子が足を運んでいたとすれば、水尾さんを見つけていたのは王子だった可能性もある。


 オレが水尾さんを見つけた場所は、王子と栞が出会ったと言う人工池からそこまで離れていないような距離だったのだ。


 そして、倒れていた水尾さんを発見したのが王子だったら、幼かったシオリにすらあからさまな敵意、いや、殺意を放つような男だ。


 自分の魔力に劣等感を覚えているような王子のままであれば、魔法国家の王族相手でも何をしでかしたか分からない。


『いきなり魔法国家の人間たちに絡まれたこともあっただろう?』

「おや、懐かしい。でも、あれは水尾先輩のことを思っての行動だからね~。まあ、水尾先輩が魔法国家の王女さまだったことはビックリしたけど、だからこそ、国に仕える人たちの判断としては間違ってないと思うよ」


 栞は笑いながら、オレと兄貴を見る。


「わたしの護衛たちもあんな感じだからね」


 いや、オレも兄貴もあそこまで短絡的じゃねえぞ。

 少なくとも、どちらかが必ず下調べはする。


 どこで、知り合ったのか?

 何故、そこまで親しいのか?


 事前調査は大事だ。

 そうでなければ、水尾さんと一緒に行くことはできなかっただろう。


『さらに自分の父親を貶められた上、崖から突き落とされた』

「ああ、そんなこともあったね」


 何故か、栞はさらに笑って何故かオレを見た。


「今なら、分かるよ。九十九が真っ先に反論した理由。あの方は確かにそんな人には見えないね」


 そして、俯きながら……。


「今、言われていたら、少しだけ悩んで落ち込んじゃったかもね。でも、あの頃はあの方のことを良く知らなかったんだ」


 少しだけ淋しそうにそう呟いた。


 あの頃の栞はまだセントポーリア国王陛下とも接点がほとんどなかった。

 だが、今は、同じ時を過ごした実績があるのだ。


『その話を餌に、崖から突き落とされたことについては?』

「びっくりしたけど、改めて九十九の有能さを理解できたから良いんじゃないかな?」


 その言葉は不意打ち過ぎる。

 さらに、そこに嘘や偽りがないのは困る。


 しかも、「改めて」とか。

 オレはまだこの女の信頼に応えられるほどではないと言うのに。


 それに、あの行動はそれだけで帳消しにして良い話ではない。

 兄貴に「報復するな」と言われなければ、あの頃のオレならば行動していた可能性はある。


「それに、雄也さんの方も何かしてくれたでしょう? ありがとうございます」


 栞はさらに兄貴に顔を向けてペコリと頭を下げた。


「そうでなければ、あの後のバルディア隊長さんの態度の変化もちょっとだけ不思議なんですよね。それに、別れる時、『取引』とか言っていたから、いつの間にかどこかで雄也さんと話していたってことですよね?」


 なんとなくなのですが、そう呟きながらも、栞は確信に満ちた顔をしていることにオレは驚いた。


 オレは兄貴からの報告で知っていたが、栞は自力でその答えに辿り着いていたらしい。


「三年前のことだから、もう時効だよ」


 兄貴も気付かれていたとは思っていなかったのだろう。


 どこか気まずさを誤魔化すかのように苦笑いをしている。


『ジギタリスでは、第二王子殿下の事情に巻き込まれた』

 リヒトはさらに続ける。


「リヒトは確か、雄也さんが動けない時に会ってるんだっけ? クレスノダール王子殿下には昔、本当にお世話になったから、あの人の事情に巻き込まれたことは、別に苦じゃなかったよ」


 クレスノダール王子殿下は、今もたまにストレリチア城に来ている。


 そのついでに、カルセオラリア城の崩壊に巻き込まれ、暫くの間、動けなかった兄貴を揶揄いに何度か大聖堂に来たことは知っていた。


 その時にリヒトとも会っている。


 因みにそのクレスノダール王子殿下は、リヒト曰く、大神官と同じように「心が読みにくい男」らしい。


「他には? まだまだリヒトが確認したいことはいっぱいあるでしょう?」

『ああ、ある』

「では、せっかくの良い機会だから、もっと話そうか」


 そのことを知らないはずの男と、自分の過去を語ることに違和感も忌避感もないところが、実に栞らしい。


 どれだけ、この女は大物なのだ?

 オレは少し、寒気がしているというのに。


 ここまでリヒトが栞に問いかけた話は、リヒトと関わる前の話だ。


 つまり、栞だけではなく、オレや兄貴、あるいは水尾さんの心の声から判断し、繋いだ上で、栞に確認している。


 だが、これらの話を、いつ、オレはこの男の前で考えたのかを思い出せない。


 兄貴だけでは知りえない事実。

 水尾さんだって知らない話。

 オレと栞しか見ていない光景。


 どこまで自分たちの奥底を覗かれているのだろうか?


 それでも、この女は笑うのだ。


「さあ、思い出をもっと語ろうか」


 いつになく、愛らしい笑顔で。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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