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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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望みが過ぎる

 目を閉じて、集中するだけでそこにいるような錯覚を起こす。


 なるほど、「血の絆を結ぶ行為」とはよく言ったものだ。


 血を舐めると言う普通の感覚では信じられないような行動の果てに得られる感覚は、なるほど、恋を覚える前の身なら、恋慕の幻覚を引き起こしてもおかしくはないものではあった。


 そして、残念ながら、この「血の絆」は、同じ血が流れる人間の気配までは察することができないらしい。


 その相手との距離があることも一因だろうが、そのことが頭にあったために、俺にとっては、少しだけ期待外れに終わったと言えるだろう。


『それは望み過ぎだ』


 俺の思考を読んだ言葉が耳に届く。


 いつの間にか、すぐ近くには男が立っていた。


 褐色肌、長い耳を持ち、独特の音が聞こえるこの長耳族の男に思考を読まれていたことに気付く。


「分かっている」


 それでも、人間というのは過剰に期待してしまう生き物なのだ。


 感覚としては、血の繋がった兄弟よりは弱い気がする。


 半ば無理矢理に「血の絆」を結ばせてもらった主人に対してよりは、そのすぐ近くにいる喧しい血縁の方が身近に感じる。


 それでも、それ以前よりはずっと分かりやすい気配となった。

 いろいろなもので押さえつけ、その気配を誤魔化しているような状態でこれだ。


 何も妨げるものがなくなれば、どれほどの感覚になることだろうか。


『シオリは既に、それを望める環境にない』


 それも分かっていることだ。


 ただの人間であることを望むことが、親しい者たちの中で生きることが、そんな些細な夢を抱くことすら難しいほどあの主人は大きくなってしまった。


 導きの女神を祖神に持ち、中心国の王族の血を引き、聖女としての才も力も身に付けた身命を賭して護るべき我らが主人。


 俺はあの弟ほど純粋な気持ちで彼女を護ることはできない。


 あの黒い髪が俺の前で揺れるたびに、黒い瞳が俺を映し出すたびに、どうしても思い出される別の感情がある。


 それは年々、傍にいる機会が長くなるほど、嫌でも向き合うことになるのだ。


『お前も九十九も難儀だな』


 目の前にいる褐色肌の男は他人事のようにそう口にする。


「俺は九十九ほどではないよ」


 叶うことのない想いを後生大事に抱え込むことは同じでも、既に結果が出ている自分と、先の見えない弟では立っている舞台が違う。


 弟は僅かながらも期待してしまう場所にいて、俺はその弟が生まれる前から無理だと約束されていた。


 その違いは大きい。


『不毛なのは同じだと思うが……』

「不毛と言うな。これまで何も育たなかったわけではない」


 何の進歩も成果も得られないような感情ではない。


 少なくとも、それを抱くことで、俺も弟も成長しているという事実がある。


「尤も、自分でも面倒なものだとは思っているがな」


 本当に儘ならない。


 それに振り回されている自覚はあるのに、それでも良いと思えてしまうほど狂おしくも甘い感情は、ある意味無駄以外の何物でもないのだ。


 その花が開くこともなく、実を付けることもないのだから。


『それを知った上で、お前たちを見事な枷を嵌めこんだ相手の手際を称えるべきだな』


 心を読むことで必要以上に俺たちの事情を知ってしまっている男は、溜息交じりに皮肉を言う。


「その枷を理由に逃げることもできるのだから、そう捨てたものではない」


 踏み込むことは許されない。

 だが、尻尾を巻いて逃げることは許されている。


 敵わない相手を前に、始めから戦わなくても済むと言う免罪符が与えられているのだ。


 同じ土俵に立って、相手の前で無様な屍を晒すよりは、少しだけ情けがあると思っている方がマシだろう。


「だからその点においては、俺たちはお前とは全く違う」


 俺がそう笑うと、男はぐっと言葉を呑んだ。


「俺たちの枷に比べれば、お前が考える種族の違いなど、些細な話だ」


 別に当たって砕け散ったところで、絶対的な死が約束されるわけではない。


 精神的に殺される可能性はあるが、生きている限り、また立ち直れる。


『他人事だと思って簡単に言うな』


 褐色肌の男は不満を隠さずにそう言った。


「こればかりは友人であっても、家族であっても、血縁にあっても他人事だからな。俺にはどうしてやることもできん。精々、無責任な言葉を吐いて、煽って、砕け散った後に慰めることぐらいか」

『本当に無責任だな』

「俺は自分の人生にしか責任がとれん。いちいち他人の人生まで背負う酔狂な趣味は持ち合わせていない」


 自分以外の人間の人生に手や口を出すことはできても、それ以上のことができるはずもない。


 他人を見捨てることが罪過だというのなら、俺はいくらでもそれを背負う方を選ぶ。


『お前は十分シオリの人生を背負っているように見えるが?』

「それこそ錯覚だな。彼女たちはそんなに重いモノを背負わせてくれない。自分の足で立つことを望むからな」


 呆れるほど意地っ張りで強がる女性たち。

 どんなに望んでも、この手は振り払われることだろう。


 だから、俺は手や口を貸すだけに留める。

 多くを求めなければ、傷も浅くて済むことを知っているから。


 諦めの悪すぎるあの弟のように無駄に踏み込むことはしない。


 どれだけ精神的に致命傷を負っても前に進む阿呆で向こう見ずな無謀さなど、俺は欠片も持ち合わせていないのだ。


『その割には最近、シオリに背負わせ過ぎではないか?』

「そうした方が、彼女から踏み込んでくれるだろう?」


 伸ばされた手を振り払おうとすればするほど、無理にでも、その手を掴もうとする。

 そのひた向きさに心惹かれない人間はいない。


 後ろ暗いものが多い人間ほど、その掴みかかる相手をもっと試したくなる。


 どこまで、追いかけてくれるのかと。


『…………厄介だな』

「わざわざ溜めて言うな」


 自分が厄介な自覚はある。

 ある意味、弟以上に。


 だが、これは恋慕ではない。

 それも分かっている。


 俺の中にあるのは、男としての欲望ではなく、人間としての渇望だ。


 その証拠に、あの主人に自分の欲心をぶつける気がまったく湧き起こらない。

 もっと分かりやすく言えば、弟のように彼女を「抱きたい」という欲望がないのだ。


 そんな感情が自分の中にあれば、わざわざ試すような行いもせず、もっと分かりやすい行動にも出ることもできるのだが、ないものはないのだからどうすることもできない。


『…………』


 心の読める男は無言で俺を見つめてくる。


「言いたいことがあれば言え。俺はお前のように心を読むことなどできないのだからな」


 そう水を向けたところで、何かを言うとは思っていない。


 本当に言いたいことがあるのならば、わざわざ目で伝えるなどと回りくどいことなどせず、言葉にするだろう。


『お前たちの心の声のように、分かりやすく考えることができれば楽なのだろうな』


 長耳族の男は溜息を吐いた。


「いや、誰もが複雑怪奇な心を持て余している。お前に聞こえているのは表面上の、強く分かりやすい思いなのだろう」


 大半の人間は分割して、同時に思考能力の平行使用とまではいかないまでも、いろいろな思いや考えがごちゃごちゃと入り乱れているものだ。


 秒単位で考えることが変わることもある。


 その時の気分で感情が変化することもある。


 何かをしている時にも目に入ったものに対して思いを馳せたり、考え事をしている中でも本能に忠実な思考に支配されたりもする。


 本当にたった一つのことしか考えられないような単純な頭なら何も問題はなかったのだろう。


「それで、お前は何を悩んでいる?」


 この島に来てから、この男がいろいろと思い悩んでいることは知っている。


 それでも、自分から口にするまでは聞き出すつもりなどない。


 悩むのも「成長」だ。

 せいぜい好きなだけ悩んで、面白い結論を導き出せ。


 俺がそう思うと、男はムッとした顔を見せる。


「お前は九十九の兄弟弟子なのだろう? ならば、兄弟子が乗り越えてきたことぐらい余裕の顔で乗り越えて見せろ」

『俺はツクモやお前のように全てを賭けられるほど大事なものがない』


 自嘲気味にそう呟く。


「それなら今から見つけろ。お前の人生はまだまだ長い。それをゆっくり探してからでも余りある」


 俺がそう言うと……。


『皮肉にしか聞こえないな』


 俺よりもずっと長い時を生きてきた長耳族の男は淋し気に笑うのだった。

この話で81章が終わりです。

次話から82章「今昔之感」。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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