確認の仕方
一通り話を聞いてみて、雄也先輩はこの国が嫌いなんじゃないかって思った。
先ほどから彼の口から語られる言葉の端々からはこの国の未来がどうなろうと知ったこっちゃないという印象があるけれど、実際、彼の気持ちとしてはその辺りはどう考えているのだろう?
聞いたところで、彼が本心を答えてくれるとは思っていない。
隠すのが上手な人だから、わたしの言葉など、さらりと流してしまうだろう。
それでも、わたしはしっかりと確認しておきたかったのだ。
「好きだよ。生まれ育った場所だからね」
迷いなく、用意されていた言葉をそのまま口にするような気楽さで、彼はそう答える。
そこに彼の本心は……、やっぱり見えない。
「雄也先輩はずっとここにいたんですか?」
「人間界と往復はしていたけどね。人間界での使命は果たさなければいけないものだったから。でも、だからと言ってこちらの情勢に全くの無知でいるわけにはいかない。情報収集なら九十九より俺の方が適任だったしね」
「確かに、王さまだけでなくあの王子さまの信用を得ているというのは凄いことですよね」
だから、余計に彼が影の参謀イメージが付いて回るのだと思う。
いや、考えようによっては二重スパイどころの話ではない。
わたしたち親子、王子、さらに王。
それぞれの陣営を行き来しているのだ。
「そうだね。あの方にこれだけ気に入られたのは嬉しい誤算だった。それに、王子殿下だけではなく王妃殿下にも名前を覚えていただけたしね。人間界と往復して過ごしたこの10年。無駄にはならなくてよかったよ」
あっけらかんと言う雄也先輩。
だから、錯覚してしまう。
普通、それがそんなに簡単なことじゃないはずなのに。
「でも、その分、危険だったんじゃないんですか?」
九十九は昔、城住まいだったと言っていた。
それはつまり雄也先輩もそうだったのだと思う。
しかもその当時、母やわたしがいたのだ。
先ほどまでの話から、王妃や王子も確信は持っていなくても、その状況に対してあまり良い感情は持っていなかったようだ。
母やわたしが憎いならば、その側にいたはずの彼らにだって良い感情は持っていなかったと思う。
実際、あの王子さまも言ってたではないか。
―――― 始めは、俺はこいつが大嫌いだった
それだけの悪感情を抱かれていたのは間違いない。
そして、弟である九十九はそれを察していたのか、一度も帰らなかったらしいから、雄也先輩はここにたった一人で残って……、味方がほとんどいない場所で孤軍奮闘していたということになる。
それって口で言うより、かなり大変だったのではないだろうか。
「多少の冒険をしないと得られない宝物はある。だから少しだけ頑張ってみたかっただけだよ。俺がここにいた意味をちゃんと見つけたかったし、残したかった。それは難しいことじゃない。理由としては、ただそれだけのことだったんだよ」
そう優しい顔で微笑む雄也先輩を見ると、少しだけ不安がよぎった。
絶対、この人は目的のためなら手段を選ばないだろう。
それは人を出し抜くというだけではない。
九十九みたいに分かりやすく犠牲になりはせず、人知れず、こっそりと傷付いてもその笑顔で覆い隠す気がしたのだ。
「その原因の一端でもあるわたしが言うのもおかしな気がしますが、無茶だけはしないでくださいね」
こんなことぐらいしか言えないことが少し哀しい。
でも、これはわたしの本心だった。
だから、ちゃんと口にして彼に伝えなければならない。
「栞ちゃんたちを悲しませることだけは避ける努力をするよ。やっぱり笑ってくれた方が嬉しいからね。でも、栞ちゃんこそ今回みたいな無茶はしないように」
うぐ……。
そこを言われてしまうとわたしから返せる言葉は多くない。
「以後、気をつけます」
そう返事する以外にわたしにできることはなかった。
とりあえず風向きを変えよう。
このまま無言となってしまうのは、あまりにもいたたまれないから。
「前から気になっていたんですけど、魔界って人間界と違って医療とか科学的なものは発達していないんですよね?」
「医療に関してはそうだね。ある意味必要のない分野とされているのは否定しない。怪我は魔法で治すことが可能だし、病気に関しては自然なことだと言われる。科学は……、分野によるかな」
分野によるのか……。
それなら……。
「では、わたしはどうやって母の子どもだと証明するのですか? 人間界みたいにDNA鑑定ってできませんよね? 魔界では基本的に魔力……、魔気というもので相手を判断すると聞いています。でも……、わたしにはそれが……」
魔気というのは、その人の魔力の強さだけではなく、その人が持つ性質とかそういったものまで分かるらしい。
でも、わたしは現在その魔力というのを根本から封印されている。
つまり、一般的な判断基準がないのだ。
しかも、魔界人としての記憶自体まで一緒に封印されてしまっている。
過去に起きたことに対する質問とかも、魔界では常識と呼ばれることさえもほとんど答えることができない。
母の方は、それらの封印が解けているからその部分において、問題はないのだ。
それに対してわたしは、外見上、母に似ているけれど、そんなものが決定打になるとは思えない。
それなら彼らだって10年もの間、迷うことはなかっただろう。
恐らく、わたしが考えている以上に、魔気というものは大事なのではなかろうか?
人間界でなら親子関係の有無は、科学的にDNAという遺伝子の検査をして鑑定することができるって知っている。
そういった方法がない魔界では、人間界にない魔力というもので判断するしかないのだろう。
でも、魔力を封印されている今のわたしは、親子関係の証明だけではなく、半分だけとは言え魔界人であるという証明すらできないのだ。
「ああ、そのことか……。その辺は心配しなくても大丈夫だよ」
「……ということは、魔法で鑑定が可能ってことですか?」
「それができたら国王陛下も王妃殿下も、キミをこの国の陛下の娘だってすぐ確信できているね。幸か不幸か、魔法で親子関係の確定的な証明は難しいんだ」
確かにそう簡単にできていたら、もっと話は単純だったかもしれない。
わたしはすぐ王の娘と分かり、先ほどの話がとっくの昔に現実化していただろう。
そして、まるで神輿を担ぐかのようにあっという間に派閥争いに巻き込まれていたと思う。
「では、どうやって証明するんですか?」
客観的に具体的な証拠となるものがなくて、信じることなんてできるのだろうか?
「細かな血縁関係は無理だけど、単純に親子であるということは、血で証明できるかな」
「血? この流れる血が何よりの証明ってことですか?」
そんな漫画的な……。
しかも、それではなんの説得力もないし。
まさか、当事者の証言だけで、全てを鵜呑みにされてしまうということだろうか?
それって、危険だよね?
「まあ、そういうことだね。ただ、それが魔界ではちゃんと物的証拠にする方法があるんだよ」
「DNA鑑定みたいなことができるんですか?」
「DNA検査ほど詳細なことは調べられない。あの方法はすごいよね。血だけではなく、爪や髪の毛、皮膚からでも個人の特定ができてしまうのは本当に凄い」
妙に詳しい。
調べたことがあるのかな?
「単純な血液検査ってことですか?」
血液型を調べるようなもの?
「そういうことだね。ある薬品に血液を落とすと、親子とそれ以外で反応が違うって単純な検査方法だけど……。ああ、それ以外なら占術師に視てもらう……占いに頼るって方法もあるにはあるかな」
「そ、それは非科学的な」
「魔界だからね」
あ、そういえばそうだった。
人間界とは常識が違うのも無理はないけど……、それでもなんか違う気がしませんか?
でも、あの王子さまもやたらと占い師の話をしていた。
もしかして、魔界の占い師は、嘘を見抜くとかそう言った能力があるかもしれない。
しかし……、親子関係の証明については、簡単にはできないことはないってことはよく分かった。
そして、魔界の血縁関係の確認方法全般が、人間界とは全然違いすぎて目眩を起こしそうだけど、その点については、医学が発展していないのだから仕方がないのだろうね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




