表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1439/2807

護衛弟の真意

「酷過ぎる」


 栞は不満を隠さずにオレを睨んだ。


 だが、それすらも可愛いから意味がない。


「仕方がねえだろ。今のお前、それだけガードが堅いんだから」

「酷過ぎる」


 さらに重ねて言う。


「悪かったって……。でも、お前が痛みを感じないように細心の注意は払ったぞ」

「それでも酷過ぎる」


 しつこいぐらいに言う。


「だから、悪かったって」


 それでも、その表情からは「発情期」の時のような冷たさを感じなかった。


 そのことに本気で安堵する。


 夢中になっている時には深く考えなかったが、普通に考えれば、オレがやったことはちょっと猟奇的な趣味が入った痴漢行為だ。


 今更になって、その行為にゾッとしている。


 無意識にそんなことをしてしまう自分にも。


「九十九は、か弱い女の子を一体、何だと思っている?」

「か(よわ)……? 女の……、子……?」


 思わず、言葉を飲み込んだ。


 それは、タイミング的に良くないと分かっていても突っ込みたくなる。


 お前のどこがか弱い女の子だと。

 こんなに逞しくて可愛い女なんてこの世界のどこにもいないのに。


「少なくとも、主人に対して、背後から襲い掛かる護衛があるか~~~~~~っ!!」


 その点においては、完全に同意する。


 アレはちょっとやり過ぎ、いや、行き過ぎた行為だ。

 恐らく、兄貴に対する対抗心みたいなものもあったのだと思う。


 だが、オレにだって言い分はある。


 完全に警戒心を解いた状態にしなければ、この女に髪の毛ほどの細い傷を付けることすらできなかった。


 オレでも、彼女の「魔気の護り(まほうたいせい)」の方はともかく、「魔気の守り(ぶつりたいせい)」については、それを上回る攻撃はできるだろう。


 もともと、オレは物理攻撃型であり、魔法攻撃型ではないのだ。

 だが、そうなると手加減はできなくなる。


 それだけは避けたかった。


「主人のためを思った護衛の正しい行動だと思うが?」

「正しくない!!」


 当然ながら、栞は反論する。


「お前は痛みを感じる間もなかったし、オレも目的を達成できた。それのどこが不満だ?」

「方法! 手段! 流れ!!」


 どうやら、不満しかないようだ。


「兄貴のアレが許されて、オレが許されん理由が分からん」


 確かにオレの行動は褒められたものではないが、兄貴のやったことだって同じようなものだ。


 そちらは全く気にしていなかったのに、オレだけ怒られる点は少し納得できない。


「雄也さんは正面から向き合ってくれた。九十九は背後から。その違いは絶対に大きい!!」

「ほう? つまり、お前は、オレも正面からした方が良かった……と?」


 確かに背後から切りかかったのはどうかと思うが、正面からは確実に反撃も食らったことだろう。


 それでもやれと?

 オレにそんな自殺願望なんかないぞ。


「大体、後ろからの方が痛みも感じないだろ?」


 本当なら気付かれることなく、さくっと終わらせたかったが、「嘗血(しょうけつ)」という行為のために、全く気付かれないのはやはり無理だった。


「そこじゃない」


 その声からはまだ鋭さが抜けない。


「じゃあ、どこだよ?」

「痛みは仕方ない。そういうものだと納得しているから」


 栞は、オレが切りつけたことに対して怒っているわけではないと言う。


「でもね……? その後がどうかと思うんだよ?」

「その後って、それこそ、アレ以外の方法はないと思うが?」


 傷口を舐める……、いや、流れる血を舐めるためには、それ以外にどうすれば良かったと言うんだ?


 一度、指などに付けて舐めるのもどうかと思う。


 それに、血液に魔力が籠っているなら、なんとなく、空気に触れる前の、新鮮な状態の方が良い気がするのはオレだけか?


 だが、そんなオレの考えを吹き飛ばすようなことを栞は口にする。


「あんなに、わたしを、辱めること、ないじゃないか……」


 顔を真っ赤にしながら、途切れがちに告げられた言葉。


 台詞の口調やその内容だけではなく、その表情だけで、オレの意識が目に見えない何かに奪われそうになった。


「お前……」


 だが、すんでのところで、踏みとどまる。


 この女の言動は、本当に自覚がないままに、青少年の心臓と理性を直撃しやがるからタチが悪い。


「それなら、他にどうしたら良かった? 兄貴のようにしても、恐らく、お前はオレに対して激しい抵抗を見せたと思うぞ?」


 兄貴だからアレはできたことだ。

 しかも、前例ができた直後に警戒しないはずがない。


 だから、オレが兄貴のように隙を誘うために栞の手の甲に口付けしようとしても、その前に激しく手を振り払われる気がする。


 無事に口付けることができたとしても、その直後に、やはりいつものように空気砲をぶっ放されるだろう。


 何より、そんな分かりやすい二番煎じが通じる相手とも思っていない。


「ぐぬぬぬぅ……」


 オレの言葉に納得できないのか、栞は奇妙な呻き声をあげる。


 だけど、その声に反して、顔は可愛らしいままだから、何も問題はない。


「お前が警戒や抵抗をしないように、できるだけ痛みを与えないように、かつ、その状態を見せないように配慮した。それ以上に何を求める? か弱い女の子の高田栞さん?」

「そ、それでも首を切って、そこを舐める必要はないじゃないか」


 そこまで言っても、まだ納得できないらしい。


「お前な~。あの状態で、お前が見なくて済む場所と言ったら、頭、首、背中、腰、尻、足だ。頭は出血量が増える。背中は範囲が広いし、何より服を切り裂くことになる。腰や尻は論外。足は角度的に難しい。それならどこを切れと言うんだ?」


 オレとしては頭以外ならどこでも良い。

 ただ、栞の背中とか足とかそれ以外の場所を直接舐めて、理性が持つ保証はなかった。


 首だって、割とギリギリだったのだ。

 あれは、自分でも本当によく耐えたと思う。


「九十九が正論で苛める……」


 栞は自分の両頬を押さえて俯く。


「正論だと分かっていて、受け入れないお前が悪い」

「それだけ、恥ずかしかったんだよ!!」

「は……?」


 一瞬、何を言われているか、分からなかった。


 恥ずかしい?


 何が?


 あ?


 どういうことだ?


「背後からいきなり抱き締められて、動けなくされた上で、首を舐められるとか……。普通、恋人ぐらいしかしない行動でしょう!?」


 顔を真っ赤にしてそう叫ばれた。


「……え? ああ、そう……かも、な?」


 思わぬ反論を食らって、思考が上手く働かない。


 つまり、なんだ?

 こいつ、オレのあの行動をそう言った方向で、意識してたってことか?


 あ?

 マジか?


 常日頃から栞を意識しまくりのオレの方ならともかく、オレのことを寝具扱いするような女が?


 オレと同じ布団に収まっても、割とすぐにその状況に慣れて、熟睡できるようになるほど無神経なこの女が?


「それとも、九十九は誰にでもあんなことができるの!?」

「馬鹿言うな! 誰にでもそんなことできていたら、オレは『発情期』になんかなっちゃいねえ!!」

「ふあ?」


 栞の間の抜けたような返答に、反射的に自分がなんと返答したのかを少し遅れて理解する。


 ―――― うっかり、要らんこと言った!!


「あ~、えっと……。正直、本当にソッチ方向の意識はなかった。効率と結果を考えて、行動していた。悪い」


 少なくとも、首を切りつけて舐めた直後はそこまで考えていなかったのだ。


 栞が可愛らしい反応を見せるまでは、本当に意識しないほど集中して切りつけた。


 だから、反応があったことには本当に驚いて、まあ、思考がそちらに移動してしまったことは間違いないだろう。


 そして、同時に、栞が口にした「辱め」の意味も理解した。


 彼女は本当にそう受け止めていたのだ。

 確かに、そういった方向性だけしか見えていなければ、オレがしたことは完全にセクハラ……、いや、痴漢行為でしかない。


 栞が、首から出血させられたことも意識していなかったのなら、オレがいきなり襲い掛かったとしか思えなかっただろう。


「本当に、邪な心はなかったのね?」

「そんな意識で切っていたら、絶対に手元が狂う。そんな危険なことができるかよ」


 首という下手すれば命に係わるほど繊細な場所を切る時に、そんな阿呆なことを考えられるはずがない。


 本当なら、切りたくもなかったのだ。

 だから、本当に意識をくることだけに集中した。


 そして、切った直後までは、白い首筋からじわりと出てきた血しか見えていなかった。


 尤も、それを舐めた直後から、邪な気分は生まれていたことそのものを否定する気はないが、流石にこの状況でそれを馬鹿正直に口にする気もない。


 もう「発情期」の二の舞を踏むのはごめんだ。


 ようやく、オレの言葉が届いたのか。


「それなら、まあ、仕方ないか……」


 オレの言葉を疑うことを知らない栞は、困った顔をしながらも、そう言って笑うのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ