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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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対抗する護衛弟

 それは、本当に何が起きたか分からないぐらいの早業だった。


「栞ちゃん」


 雄也さんにそう笑いかけられながら、左手の甲にキスをされてしまったことで、自分の中からいろいろなものが全て吹っ飛んでしまったのだと思う。


「ほひぃっ?!」


 具体的には女性としての恥じらいとかそういったものが。


 それほど、年頃の女性としてはいかがなものかと自分でも思うほどの叫び声が口から飛び出てしまったのだ。


 しかも、そのまま、キスされていた左手を上に跳ね上げられ、さらにその手首を左手で強く掴まれ、動かないように固定される。


 その行動に対して驚く間もなく、雄也さんはいつの間にか右手に握っていた新たなナイフを使って、わたしの腕を綺麗に横薙ぎしたのだ。


 それは、目にも止まらぬような素早すぎる動きで、わたしは痛いと思う暇すら与えられなかった。


 だけど、雄也さんの行動はそこで終わってくれなかった。


 さらに、雄也さんの整った顔が近付き、わたしの左腕の内側に、これまでにないほど生温かくて柔らかく、さらに水気の多い独特の感覚が加えられる。


「はれっ!?」


 血を舐める行為……、これはそう言うことだ。


 だけど、頭で理解していても、目に映った視覚情報と、肌から伝わる触覚情報は別物だった。


 左腕から伝わってくる感覚は、刃物で切られたというのに、痛いとか痺れるとかとは全くなく、全然、関係のないはずの背中からゾクゾクと変なモノが湧き起こってくるのが分かる。


 それは、腕の内側という、もともと擽ったさを感じやすい場所であることも一因なのだろう。

 だが、それ以上に、自分の目に映っている光景が、あまりにも妖艶すぎて、目が逸らせない。


 あの雄也さんが、至近距離で自分の左腕をゆっくりと舐めているという非日常。


 しかも、妙に色気が駄々洩れている気がする。

 その妖しい魅力はもう少し押さえて欲しい。


 こんな状況では心臓に悪すぎる。


 目の毒?

 目に毒?


 そんな疑問すら考えられない。


 自分と違う他人の舌の熱さは、九十九の時に十分すぎるほど知った気でいた。


 だけど、あの時とは齎されている感覚が違い過ぎて、このまま脳みそが沸騰してしまうかと思った。


 これはいけない!!

 なんとなくだけど、強くそう思った。


 そして、今の雄也さんは、止めなければ止めてくれないだろう……とも。


「ゆ、雄也さん!?」


 思わず制止しようとした声が、変な感じに上ずった。


 裏返るでもなく、ただ、どもっただけとも違う、少し掠れたような奇妙な声。


「おっと……」


 だけど、雄也さんはわたしの呼びかけで、ようやく、「嘗血(しょうけつ)」行為を止めて、固定していた手首を離してくれる。


「不快な思いをさせてごめんね」


 そして、謝りながらも自分の手や指で、口元を拭いつつ、舌を少しだけ出すその様は、どことなく妖しい色気を放っているように見えた。


 これは吸血鬼の魅了行為というやつだろうか?

 こんな吸血鬼なら惑わされてしまってもおかしくない。


 今の雄也さんは、それほどまでに妖艶な仕草をしながら、どこか危険な笑みを浮かべている。


「い、いえ! 別に……」


 不快……というよりも、ご馳走さまでした……という気分になるのは何故だろうか?

 筆記具と紙をすぐ用意して欲しい。


 今なら、これまでにない絵が描けそうだった。


「九十九……。悪いが、後を頼む」

「あ、ああ」


 その言葉で、わたしは九十九の方に目を向ける。


 この場合、雄也さんが口にした「後を頼む」というのは……、多分、「治癒魔法」のことだよね?


 雄也さんは「治癒魔法」を使えないから。


「ごめん。よろしく」


 そのまま、先ほどまで雄也さんに舐められていた左腕を差し出す。


 やはり、魔界人の唾液には魔力が含まれているためか、わたしの腕からはそんなに血は出ていないけれど、雄也さんの手によって切られた紅い筋だけはくっきりと残っていた。


 このまま放っておいても自然に治りそうだけど、九十九は嫌がるかな?

 だけど、九十九は何も言わずにその腕をじっと見ていた。


「九十九……?」


 無言の圧力を感じた気がして、思わず、彼の名を口にすると……。


「まず、洗うか」


 九十九はそう言って、わたしの左腕を引いた。


 その方向にあるのはここ数日で何度もお世話になった洗面台だ。

 彼は、洗浄魔法ではなく、流水で一度、洗い流す方を選んだらしい。


 わたしよりも医療についても、治癒魔法についても詳しい彼の選択だ。

 その判断を信じるのは自然な流れだろう。


 そして、確かにこの時の九十九の判断に誤りはない。

 その結果だけを見れば、最良だったし、最善でもあった。


 大袈裟と言われるかもしれないけれど、正直、流石、九十九だとも思う。


 だけど、洗面台に行った後、背後から何も言わずに襲いかかられた側の人間としては、彼に一言、物申(ものもう)したい。


 せめて、一言、言ってくれと。


 いや、口にすれば、警戒心バリバリ状態のわたしの隙を突くことができないってことは分かっているけど、それでもいきなりっていうのは酷くないですか!?


「酷過ぎる」

「仕方がねえだろ。今のお前……、それだけガードが堅いんだから」

「酷過ぎる」

「悪かったって……。でも、お前が痛みを感じないように細心の注意は払ったぞ」

「それでも酷過ぎる」

「だから、悪かったって」


 どんなに九十九から謝られても、今のわたしの口からは「酷過ぎる」という言葉しか出てこない気がした。


 痛かったとか痛くなかったとかではない。


 その手段が悪いと言いたいのに彼には伝わらない。


 襲い掛かられたことは百歩譲って許そう。


 だが、その後が本当に酷過ぎたのだ。


「九十九は、か弱い女の子を一体、何だと思っている?」

「か(よわ)……? 女の……、子……?」


 うん。

 わたしに対して「か弱い」という表現はあまり当てはまらない。


 残念ながらその自覚はある。


 そして、18歳の女に対して、「女の子」という表現を九十九が許さないことも理解している。


 でも、もう少し、場の空気ってものを読んでいただきたい。


「少なくとも、主人に対して、背後から襲い掛かる護衛があるか~~~~~~っ!!」


 完全に油断していたわたしが悪いと言われたら、そうなのだろう。


 九十九に対してかなり大きな隙があったとことも認める。


 それでも、あれはない。

 本当にあれはない。

 絶対にない!!


「主人のためを思った護衛の正しい行動だと思うが?」

「正しくない!!」


 あんな騙し討ちのような行動を認めてはいけない。


 九十九は何一つ、嘘は言っていなかった。

 だけど、これ以上ないほどに、わたしの油断を誘ったのだ。


 自分の護衛としての立場と、世話役としての信用を十分すぎるほど利用して……。


「お前は痛みを感じる間もなかったし、オレも目的を達成できた。それのどこが不満だ?」

「方法! 手段! 流れ!!」


 全てにおいて許し難い。


「兄貴のアレが許されて、オレが許されん理由が分からん」


 わたしは、そこで不服そうな顔をする九十九の方が分からない。


「雄也さんは正面から向き合ってくれた。九十九は背後から。その違いは絶対に大きい!!」

「ほう? つまり、お前は、オレも正面からした方が良かった……と?」


 どこか挑発的に笑う九十九。


 なんて、男だ。

 わたしの護衛はいつから、こんなに酷い男になったのか?


 発情期の行為を咎めなかった時から……のような気がする。


 こういった形で揶揄われることが増えた。


 こんなことなら、ちゃんと責めた方が良かった?


 でも、あの時は、一方的に責め立てて、変なしこりを残したくもなかったのだ。


「大体、後ろからの方が痛みも感じないだろ?」

「そこじゃない」

「じゃあ、どこだよ?」


 察しが良い九十九のことだ。

 わたしの言いたいことなんて、本当は分かっていると思う。


 それなのに、彼は頑なにそれを否定しようとしている。

 わたしにはそうとしか思えなかった。


「痛みは仕方ない。そういうものだと納得しているから。でもね……? その後がどうかと思うんだよ?」

「その後って……、それこそ、アレ以外の方法はないと思うが?」


 確かにそうかもしれない。


 それでも……。


「あんなに、わたしを、辱めること、ないじゃないか……」


 それを思い出すと、言葉も途切れがちになってしまう。


「お前……」


 だが、そんなわたしに対して、九十九はいつものように呆れたような視線をわたしに向ける。


「それなら、他にどうしたら良かった? 兄貴のようにしても、恐らく、お前はオレに対して激しい抵抗を見せたと思うぞ?」


 そう言われては黙るしかない。


 既に、最大限に警戒した状態ならば、わたしの身体は金属すら弾くことが証明されてしまった。


 どこの勇者や戦士でしょうか?

 しかも、鎧のない状態だったのに。


「ぐぬぬぬぅ……」


 だけど、九十九に言い負かされてしまったわたしの口から出てきた言葉は、魔王とかラスボスのような呻き声しかないのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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