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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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護衛兄の企み

「平気じゃないよ。やっぱり、怖いよ?」


 オレの問いかけに対して、栞は素直に怖いと口にする。


「誘眠魔法や薬を使って眠るか?」


 人間界でいう麻酔のようなものがあれば、怖さも和らぐだろうと思って提案してみたが……、


「誘眠魔法は弾く可能性があるよ。薬は、今からあなたたちに血を与えるなら、これ以上、余計な成分が混ざらない方が良いと思う」


 栞は冷静にそう返してきた。


 確かにここまで警戒された状態では、「誘眠魔法」が弾かれる可能性が高い。


 そして、薬の効果が出ると言うことは、それが既に体内に何らかの形で吸収された時となる。

 さらに、この世界の薬が体内魔気にどの程度影響を与えるかなんて分からない。


 栞の言うことはよく分かった。

 同時に、震えながらもそう結論付けた彼女の覚悟も。


「そうか……」


 主人がここまで頑張ってくれている。


 それならば、オレにできることはできるだけ痛みがないように、そして、手早く済ませることだ。


「オレは右をやる。兄貴は左で良いか?」


 すぐに彼女を癒すためには、オレが利き腕である右を担当した方が良いだろう。


「分かった」


 兄貴も了承してくれる。


 オレの刃物の扱いは兄貴に及ばないが、それでも大差はないはずだ。


 まさか、彼女を守るために磨いた腕が、彼女の身体を傷つけることに使われるとは思ってもいなかったけれどな。


 オレがここで素直に退()けば、その傷も一筋だけで済む。

 それが分かっていても、兄貴だけに任せたくはなかった。


 これは一種の独占欲なのだろう。

 兄貴相手にも、こんな気分になるなんて予想外ではあるのだけどな。


「どちらにも両腕を差し出せ。一思いにやってやる」


 腕を後ろに引かれると、オレも兄貴も切りにくい。


 頼むから逃げるなよ。

 かえって危ないぞ。


「栞ちゃん。多分、見ない方が痛くないよ」


 兄貴も声をかける。


 栞が目を閉じて、顔を逸らしたことを確認して、それぞれが刃物を取り出す。


「いくぞ!!」


 自分自身を奮い立たせるために思わず、そう叫んでいた。


「いくよ」


 兄貴も珍しく合図する。


 だが――――、()()()()()()()()()


 ――――ガッ!!


 栞の柔らかい腕にミリ単位で差し込んで、スッと引くだけの話だったはずだ。

 だが、変な手応えがあった。


 ()()()()()()()()()()()()()()


 それはまるで、金属に当たったかのようで…………?


「『魔気の守り(ぶつりたいせい)』か」


 オレよりも先に、兄貴がその結論に達する。


「ふへ?」


 そして、栞がその声に反応してしまい、そらした顔を自分の両腕に向けると……。


 どふおっ!!


 久しぶりの空気砲を食らった。


「「ぐっ!?」」


 オレと兄貴の声が重なり、そのまま、壁に叩きつけられる。


 幸い、吹っ飛ばされただけで、それ以上の追撃もなく、飛ばされたのも別々の方向だったために、重なって壁に向かうことは避けられた。


 だが、男二人を同時に吹き飛ばした当の本人はというと……。


「ありゃ?」


 その状況に慌てることもなく、首を捻っている。


 いろいろと言いたいことはあるが、「ありゃ? 」じゃねえ。


 そして、声の主が落ち着いているように、壁に叩きつけられたぐらいで、どうにかなるようなら、オレたちはとっくに「聖霊界(あの世)」行きだ。


「兄貴、治癒魔法はいるか? あと、頭、大丈夫か?」

「治癒魔法は要らん。そして、台詞の選択に悪意を覚えるが、幸いにして頭は打ってない」


 兄貴は何事もなかったかのように答える。


 壁に叩きつけられてはいたが、お互い、背中を打ち付けただけで済んだようだ。

 オレは背中を強打したことで、一瞬、息が止まったけどな。


 それは良い。

 だが、問題が残ったままだ。


「あの状態でも水尾さんが目覚めなかったことは幸いだったな」


 兄貴が水尾さんの方向に目を向けながら、息を漏らした。


 先ほどの空気砲が、水尾さん自身に向けられた害意でもなく、そして、魔法でもない、栞の「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」だったからだろう。


 水尾さんが反応しやすいのは大気魔気の移動だ。


 栞の体内魔気を使った「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」に関しては、起きている時ならばともかく、眠っている時には反応しないのかもしれない。


「だ、大丈夫?」

「おお」

「大丈夫だよ」


 栞の問いかけに、オレも兄貴も答える。


 肉体的には無事だが、精神的には大打撃だ。

 これでは、目的が果たせない。


「『魔気の護り(まほうぼうぎょ)』にばかり目がいっていたが、『魔気の守り(ぶつりたいせい)』も相当なものだったのだな」


 兄貴も少し戸惑っているようだ。


 栞は転んだりすれば普通に怪我をするからあまり意識をしていなかったのだが、集中すれば、これだけの強度を持つ皮膚にかわるということだ。


 それだけ栞の身体が全力で警戒態勢だったということだろう。


 現に……。


「オレのは刃こぼれで済んだが、兄貴のはポッキリと折れたな」


 それぞれが握っていた得物では太刀打ちできなかったのだ。


 オレの使った刃物は薄っすらと栞の腕の形に欠け、兄貴の使った小刀は折れていた。


 兄貴の得物の方が損壊しているのは、オレと違って、栞の「魔気の守り(ぶつりたいせい)」まで計算した結果だったのかもしれない。


 だが、この現状が、彼女の恐ろしさの一端であることは間違いないだろう。


 幸い、今回使用したのが、鋭さを目的としていたものであったため、お互いによく使う愛剣、愛刀ではなかったが、それでも、得物が使えなくなるのはいろいろな意味で痛い。


「敗因は、警戒させすぎたということだな。目を逸らしたのも悪かったのかもしれん」

「おおぅ」


 そう言いながらも力なく、しゅんとなっている栞はいつも以上に小さく見えて凄く可愛いが、それよりももっと気に掛けなければいけないことがある。


「これって、『嘗血(しょうけつ)』が、無理ってことじゃねえか?」


 それなら、それでもオレは問題ないのだ。

 栞も傷つける必要もなくなる。


 だが、兄貴は納得しないだろう。


 その「嘗血(しょうけつ)」行為の果てにある結果も気になるだろうが、これまで気にしていなかった栞の「魔気の守り(ぶつりたいせい)」にも興味が湧き起こったような顔になっている。


 ヤバいな。

 好奇心が先行する兄貴は、そう簡単には落ち着いてくれない。


 得心の行くまで栞を調べようとしたらどうする?

 オレに止められるか?


「無理ではない」


 兄貴は笑みを浮かべながらそう答える。


「要は栞ちゃんを警戒させなければ良いだけの話だ」

「ここまで警戒している状態でか?」


 その笑みは何を企んでいる?

 我が兄ながら、その考えが読めない。


 だが、オレが迷っている間に兄貴は行動に移す。


「栞ちゃん」


 そう笑いかけながら、栞の左手を取り、そのまま、手の甲に口付けた。


「ほひぃっ?!」


 栞が奇怪(きっかい)な声を上げて叫ぶと同時に、兄貴が彼女の手の甲から口を離す。


 そして、その左手を軽く上に払い、手首を掴んで、スパッと、腕の内側に紅い一筋の線を横に引き、そのまま、流れるようにその場所に口を付け、舌を這わせていく。


「はれっ!?」


 栞の顔がみるみる紅くなっていくのがよく分かる。


 そして、その腕から流れるものを丁寧に舐める兄貴の姿が視界に入ったまま、消えることがない。


 そんな光景なんか決して見たくないはずなのに、オレの思考が止まり、そのまま顔が固まったかのように動かなかった。


 目を閉じることすら許されない。

 そんな地獄が、どれぐらい長く続いただろうか?


「ゆ、雄也さん!?」


 栞がようやく正気に返ったのか、声をかける。


「おっと……」


 その声でようやく気付いたかのように、兄貴がその舌を引っ込め、栞の腕から離す。


「不快な思いをさせてごめんね」


 自分の手や指で、口元を拭いつつ、兄貴が謝ると……。


「い、いえ! 別に……」


 顔を紅くしたまま、栞は兄貴の言葉に答えた。


「九十九……。悪いが、後を頼む」

「あ、ああ」


 その言葉で、ようやく、オレの世界も動き出す。


「ごめん。よろしく」


 栞がそう言って、オレに左腕を差し出した。


 その腕には、先ほどの光景の痕跡が残されていて、酷く不快な気分となる。


「九十九……?」

「まず、洗うか」


 オレはその気分のまま、栞の左腕を強く引き、洗面所の方に向かった。


 兄貴の涼し気でムカつく顔を横目で見ながら。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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