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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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主人の葛藤

「栞は……、どちらにして欲しい?」


 そんなどこか誤解を招きそうな九十九の言葉に対して……。


「それじゃあ、九十九にお願いする」


 あまり深く考えずに答えは出た。


 九十九も雄也さんもわたしを傷つけたくはない人たちだ。

 そんなことは分かっている。


 そして、今、わたしが血を流した方が後々のためになるってことも理解できているが、それでも、自分で刺すのも切るのも怖かった。


「九十九なら、料理が得意だから、この腕をスパスパと三枚におろすこともできるでしょう?」

「おろさねえよ!!」


 うん。

 おろされても困る。


「九十九で良いんだね?」

「はい」


 雄也さんから確認されたので、頷く。


「一応、理由を聞いても?」

「『治癒魔法』を使う人間だから、逆に切ったら駄目な筋や神経とかも理解しているんじゃないかって思って。いや、雄也さんも知っているとは思うんですけどね」


 尤も、切ったらダメなところを切っても九十九は治してくれるだろうし、雄也さんだって、人体の構造には詳しいだろう。


 でも、なんとなく、九十九を希望したかった。

 人間界でもできる範囲で医療を勉強していたようだし、この世界でも薬師志望の青年なのだ。


 わたしの言葉に、目の前にいる雄也さんと、その背後にいる九十九が同時に息を吐いた。


「兄貴、どれぐらいの出血量が良い?」


 九十九はわたしではなく、雄也さんに確認する。


「指定できるのか……」


 それは人体構造の理解なのか。

 それとも、別の要因なのか分からない。


「おお。薄皮一枚も可能だぞ」


 何故か、九十九は嬉しそうに答えた。


 まさか、わたしを切れるのが嬉しいわけじゃないよね?


 普段は傷つけたくないと言っていても、実は、日頃の恨みとかそういったものがあったとか?


 わたしがそんな風に自分の思考でぐるぐるしていると……。


「ちょっと触らせろ」

「ふへ?」


 いきなり、九十九に腕を掴まれた。


「つ、九十九……」


 その行動に驚いて抗議をしようとすると……。


「ひゃっ!?」


 さらに掴まれた腕をゆっくりと撫で回されて、くすぐったさのあまり、奇声が飛び出た。


 その感覚を与えている九十九の方は凄く真面目な顔をしているし、これは観察みたいなものなのだろうけど、擽られるように撫でられているこちらはたまったもんじゃない!!


 あの時よりはずっとマシだけど、それでも、これってなんかメチャクチャ恥ずかしいような!?

 

 ―――― ごんっ!!


 混乱していたわたしが止めるよりも先に、九十九の行動が、雄也さんによって強制終了させられた。


 なんとなく、人間界を思い出す。


「触り過ぎだ」


 雄也さんの簡潔な言葉に……。


「ああ、悪ぃ」


 九十九もわたしに頭を下げる。


 本当に観察以外の意図もなく触られていたことだけは理解できた。


 なんて、男だ。

 そして、わたしの扱いはいつもこんな感じで、女性扱いはされていない。


 これだけ恥ずかしい思いをしたのに……。


「そ、それで、ズバッといけそう?」


 腕には九十九が撫で回していた感覚がまだ抜けない。


 それを振り払うように、先ほどと同じように思いっきり腕を切り落とすような擬音語が口から飛び出てしまった。


「多分、大丈夫かな」


 先ほどは突っ込んだのに、そんなわたしの言葉を気にした風でもなく、自分の手のひらを見ながら九十九はそう答えた。


 その口調からは、彼が今、何を思っているのか読み取れないけれど、報告書を書いている時のような眼差しによく似ている気がした。


 そんな顔を見ていると、どうでも良いようなことで妙に苛立っている自分が酷く子供じみている気がしてしまう。


 そして、同時に、そのこと自体が、先ほど彼からされた行為よりも、もっと恥ずかしいことのように思えるのだ。


 すぐに頭と気分を切り替えることができる仕事人間の九十九と違って、その主人であるわたしは、なんて、幼いのだろうって。


 もっと頑張らなければ!!

 そんな気分は、いつも通り、すぐに吹き飛んでしまうのだけど。


「ただ……、オレもお前に頼みがある」

「ふ?」

「オレも舐めさせろ」

「ふわっ!?」


 そんな飾り気のない言葉に思わず、両手を引いてしまう。


 いや、分かっているんだ。


 恐らく、それは九十九も雄也さんと同じように「嘗血(しょうけつ)」行為をしたいということだろう。


 そうすれば、今より彼はもっと、わたしの気配を掴みやすくなるかもしれないのだ。

 そこには絶対、他意はない。


 他意はないのだろうけど、腕を撫で回されて恥ずかしい思いをした直後に、いろいろ省略しすぎたその台詞は絶対におかしい!!


「つ、九十九は必要なくない?」


 わたしはなんとかその反論を絞り出す。


「オレも記憶している限り、『嘗血(しょうけつ)』はしてない。それなら、もっと反応が鋭くなれば、今よりもお前の役に立てる」


 やはり、他意はなかった。

 しかも、わたしの役に立つためと言われては断ることもできないだろう。


「うおおおお……」


 だが、わたしとしては苦悩するしかない。


「分かったら、観念して、オレにその腕を差し出せ、栞」


 さらにそんな要望を出される。


 ちょっと待って!

 せめて、わたしに心の準備をさせてください!!


「えっと……? わたしの腕は二箇所切るの?」

「一箇所で十分だろ?」


 九十九が不思議そうな顔をする。


「つまり、雄也さんと九十九が()()()()()()()()()ってことで良い?」


 わたしがそう口にすると、雄也さんと九十九の表情が分かりやすく変化した。


 やはり、兄弟だけあって、嫌そうな顔はよく似ている。


 今回は、同じ鍋をつついたり、同じコップで回し飲みするのとはわけが違う。

 「嘗血(しょうけつ)」という、血を舐める行為だ。


 いや、実際に舐められるのは血だけではなく、わたしの腕も含まれることになるわけですが、そこは深く考えてはいけないだろう。


 これ以上、羞恥を極めても仕方ない。


「同じ傷口を舐めるのが嫌なら、どうしても、出血箇所が二ついるでしょう?」

「それは……」


 九十九が言葉を呑む。


「わたしはどちらでも良いよ。それぞれがこの両腕を傷付けてそれを舐める形でも良いし、同じ傷口を舐め合っても構わない」


 魔界人の唾液には魔力とか含まれているから多少の治癒効果があることは分かっているけど、人間界では唾液は細菌塗れだから、傷口は舐めない方が良いという考え方もある。


 一人分の細菌はともかく、二人分の細菌が同じ箇所に集まるって、多分、よくないよね?


 そして、まあ、兄弟が間接的なナニかをわたしの腕を通してするのもちょっとどうかなという感覚もある。


 それなら、傷口を二箇所にしてそれぞれに舐めてもらう方が、なんとなくマシな気がしたのだ。


 痛いのは良くないけど、彼らがわたしを護ってくれるためにもっと万全を期したいという気持ちは分かるし、九十九の「治癒魔法」が本当に傷一つない状態に戻してくれることも知っているから多分、大丈夫。


「栞ちゃんは本当に大丈夫?」


 雄也さんが確認してくる。


「はい。二人を信じます!」


 彼らがわたしを信じてくれるように。


 普通に考えれば、吸血鬼でもないのに他人の血を舐める行為なんて嫌だと思う。


 わたしがライトにやったのは、大怪我していたあの人が「治癒効果がある」と言ったからで、そんな状況でもない限り、やることなんてなかっただろう。


 それでも、彼らは「させてくれ」と願った。

 嫌な行為であっても、わたしを護るためにその行為をすると言ってくれているのだ。


 そこで嫌がることなんてできるはずがない。


「兄貴、オレはある程度のことは我慢できるが、同じ場所を舐めるのは少し嫌だ」

「俺はどちらでも構わない。実際に直接、唾液交換をするわけでもないからな。それに、一人目の『嘗血(しょうけつ)』後に洗い流せば衛生的にも問題ない」


 九十九は嫌がり、雄也さんは、なんか凄いことを言っている気がする。

 直接の唾液交換って、つまりはそう言うことですか?


 いや、違う。

 深く考えてはいけない。


「ただ、それでも順番で揉めるのは目に見えているし、先の『嘗血(しょうけつ)』後に洗い流すことで後の人間の効果が薄まらないとも限らない」


 おおう。

 確かに。


 それに先の人間の唾液にも魔力が含まれてしまうわけだから、少しわたしの傷口にその気配が入り込んで、普通とは違った効果になる可能性もあるだろう。


「それでは、傷口二箇所で。どちらが、どの腕を担当しますか? 別々の腕なら、それぞれが切って、そのまま舐めた方が早いですよね?」

「お前は……、平気そうだな?」

「平気じゃないよ。やっぱり、怖いよ?」


 九十九の腕も雄也さんの腕も信じている。

 それでも、自分の身体が傷つけられると分かっていて、怖くないはずがない。


「誘眠魔法や薬を使って眠るか?」


 優しい護衛は、いつだって、ここまで気を遣ってくれる。


 でも……。


「誘眠魔法は弾く可能性があるよ。薬は、今からあなたたちに血を与えるなら、これ以上、余計な成分が混ざらない方が良いと思う」

「そうか……」


 わたし以上に悲愴感漂う顔を九十九は向けていたが、不意に切り替える。


「オレは右をやる。兄貴は左で良いか?」

「分かった」


 左に九十九が立ち、右に雄也さんが立つ。


 あ、あれ?

 傷って少しだけだよね?


 なんか、ストンと腕を落とされそうな迫力が伝わってくるんですが……?

 ポタポタと落ちる流血じゃなく、ブシャーッと大量出血する自分の姿を見た気がした。


「どちらにも両腕を差し出せ。一思いにやってやる」


 その言葉には不穏な空気しか感じない。


「栞ちゃん。多分、見ない方が痛くないよ」


 雄也さんの言葉にも何か黒いものが混ざった気がした。


 ああ、でも、漫画でもそんな感じの話を聞いたことがある。


 鋭利な刃物による傷って、見えない状態だと痛みがあってもすぐには感じないこともあるそうだ。


 真っ暗闇の中で起きた刃物による傷害事件で、その傷口が見えない状態で悲鳴がすぐに上がることはおかしいとかなんとか、その漫画の探偵が言っていた気がする。


 それが本当かは分からないけれど、知らないうちにできた傷とかもあるから、そんなこともあるかもしれない。


 そんな風に、わたしの思考が明後日の方に向かいたがっている時だった。


「いくぞ!!」

「いくよ」


 そんな決戦に向かうような男たちの声を聞いて、わたしは言われた通り、目を逸らすのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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