安全確保を第一に
―――― 転移門
今から六千年ほど前、かの有名な「聖女」の時代にカルセオラリアの前身であるキルシュバオム国出身の一人の鬼才によって生み出された人類の最高傑作とも言われている。
移動魔法と呼ばれる空間移動の魔法を使える人間は、貴族などには珍しくもないが、個々の魔力や魔法力によって差があり、目に見える範囲しか移動できない者の方が多い。
しかも、それぞれの大陸神の加護や大気魔気の影響もあり、他大陸を移動することはできない。
それが古来の通説であった。
だが、その不可能を可能としたのが、キルシュバオム出身の鬼才による「空間移動装置」と呼ばれる魔法具の開発だとされている。
その「空間移動装置」は、使用者がその頭に思い描くだけで、それがどんなに遠く離れた場所であっても、短時間で直通できる穴を一時的に開けてしまうものであった。
それだけならば、長距離を移動できる魔法装置としか思われることもなかっただろう。
だが、瞬時に移動をし、その後に痕跡ぐらいしか残さない移動魔法からも分かるように、神ではない人の身で、空間を歪ませて繋ぎ、その通り道をこじ開けていられる時間は、本来、あまり長いものではない。
だが、キルシュバオム出身の鬼才はさらに、その「空間転移装置」によって切り開かれた穴を消えないように安定させる「空間固定具」と呼ばれる魔法具を開発し、特定の場所に設置することで長期間、空間を繋ぎ続けることにも成功する。
そして、それらの魔法具を各国に公表、譲渡し、どの国のどの城にも「空間転移装置」と「空間固定具」を設置することとなる。
それをさらに改良したのが、後の……いや、現在の「転移門」に繋がっている。
「――――の『転移門』は、アリッサム城にはなかったのですか!?」
「いつもどおり長い!!」
改めて言い直すと、九十九から突っ込みが入った。
「因みに、カルセオラリア城下で手に入れた『転移門解説書』の冒頭」
「そんな無駄知識は要らん!!」
そうかな?
歴史は大事だと思うのだけど……。
「『転移門』は、アリッサム城の地下にもあったよ。ただ、どの国からもアリッサム城に行くことができなかったとは聞いている」
まあ、確かに「転移門」でアリッサム城に直通できなかったからこそ、アリッサム城は今も行方不明扱いだったことは知っている。
「今のアリッサム城で『転移門』は残っていた?」
わたしが気になったのはそこだ。
カルセオラリア城の地下にあった「転移門」は、かなり頑丈な造りで、上から魔法を無効化するほどの素材で作られた天井が次々と落ちてくるような状況でもある程度まで耐えきったのだ。
だからこそ、わたしと雄也さんは、あちこち怪我を負っていたために無事とは言いきれない身体ではあったが、九死に一生を得ることはできた。
それならば、行方不明なだけで、建物そのものは無事だったアリッサム城の「転移門」はどうだっただろうか?
でも、建物が空中に浮いていたというからには、地下そのものがなかった可能性もあるのだけど……。
「『転移門』は、あったけど光っていなかった。触れても無反応だったよ」
九十九がそう答えてくれた。
やはりその存在と、動作確認はしていたらしい。
「うぬぅ。『転移門』さえ使えれば、救急搬送も楽になると思ったのに……」
わたしは歯噛みする。
それが使えるか使えないかでまったく違うだろう。
「ああ、なるほど。それなら、カルセオラリアから、『転移門』の技術者を派遣するかい?」
「ほ?」
「幸いにして俺たちはカルセオラリアという国そのものに大きな貸しがある。尤も、そんな手を使わなくても、トルクスタンに話せば、割とすんなり通ることとは思うけどね」
「おおっ!?」
雄也さんの提案に、思わず嬉しくなる。
確かに技術者が味方してくれるなら、「転移門」の再稼働が可能となるかもしれない。
カルセオラリアの技術者たちは、自国の地下で粉々となっていた「転移門」の復帰すらやってのけたのだ。
形が残っているアリッサム城の「転移門」の再稼働も可能かもしれない。
「それは良いが、そのトルクスタンはいつ頃戻る予定だ?」
「おおう?」
そう言えば、トルクスタン王子の戻りは不明だった。
他大陸管理の島で行われていた、あまり人体にはよろしくない薬草栽培や、精霊族の血を引く狭間族たちの人身売買の報告だ。
トルクスタン王子がウォルダンテ大陸とスカルウォーク大陸のどちらでその報告を行っているかは分からないけれど、すぐに結果が出るとは思えない。
「そこまで遅くはなるまい。ここには水尾さんがいる」
「おおぅ?」
何故に水尾先輩?
「先ほどから膃肭臍か、お前は……」
「オットセイの泣き声なんて、知らないよ」
九十九が酷いことを言う。
しかも、わたしに分かるように人間界の生き物を引き合いに出してきた辺りが分かりやすく酷さを強調されている気がする。
「ヤツからすれば、水尾さんがこちらにいるのは、気分的に人質をとられているようなものなんだよ」
「人質?」
何故、そうなるのだろうか?
「完全に気を許していないのはお互い様で、目の離せない幼馴染という存在はそれだけ大事だということかな」
雄也さんの言葉に理解できるような、できないような?
でも、相手に気を許していないというのは分からなくもないか。
わたしも、トルクスタン王子と二人っきりになることだけはまだ避けたいと思っている。
それなら、その逆に、九十九と雄也さんの傍に水尾先輩を置いていくのも心配にはなるか。
「それなら、真央さんだけでなく、水尾さんも一緒に連れて行ってくれれば、もっと話は早く済んだのにな」
「水尾さんがトルクスタンと行動を共にしていたら、あの時、栞ちゃんが真夜中に連れ去られ、もっと面倒なことになっていたと思うぞ」
「……確かに」
雄也さんの言葉に九十九が少し考えて返答する。
確かに、結果オーライではあるけど、それでもその会話はどうかとも思うのはわたしだけだろうか。
今の話では、わたしなら困るけれど、水尾先輩なら連れ去られても良いって意味に聞こえなくもない。
彼女の友人として、その言葉はちょっと聞き逃せなかった。
「護衛だからね。水尾さんがキミにとって大事だと知っているけれど、俺たちはキミの安全確保を第一に考えることだけは許して欲しい」
わたしのどこか恨みがましい目線に気付いたのか、雄也さんがそう苦笑する。
「仮にお前が連れ去られたとしても、オレがあの場所には行けたと思う。だが、先ほど言った通り、安全確保しつつ、飛翔魔法を使って、さらにあの『綾歌族』の相手だ。オレが撃ち落とされていた可能性もある」
九十九がさらにそう言った。
アリッサム城は人間界で言えば飛行機が飛ぶような高さで発見されたと聞いている。
それならば、その高さから落ちればどうなるか?
どんなに人間よりも頑丈な魔界人といっても、魔気の護りが働かない場所で高さ数十メートルの崖の上から、落ちれば死ぬのだ。
通常の体内魔気が護ってくれる肉体強度なんて分からないけれど、それでも、航空機が飛ぶ高さからなら、十分すぎるぐらい死ぬことができるだろう。
しかも、ビルなどの高い所から飛び降りた人間は、かなりの確率で気絶してしまうらしい。
九十九の言った「撃ち落とされる」という意味が比喩表現でもなければ、その時点で意識がない可能性もあるが、どちらにしても、無事な状態ではなかっただろう。
その事実に改めてゾッとする。
わたしではなく、水尾先輩が連れ去られたことは喜べない。
結果として、それが良い方向に進んだとしても、そのことは運が良かっただけで、やはり最悪な事態だってあったのだから。
それでも、現状、誰も身近な人間が大きな怪我もなかったことは素直に喜びたい。
「改めて、九十九も水尾先輩も、無事で良かったね」
だから、いろいろ思うところがあっても、わたしとしては、そこで納得するしかないのだ。
「ホントにな」
九十九も苦笑する。
「安全第一ついでに、栞ちゃん。今回の反省を踏まえた上で、俺からの頼みを聞いて欲しいのだけど良いかな?」
人間界の工事現場でよく見たような四字熟語を口にしながら、どこか気まずそうに雄也さんが声をかける。
「はい、なんでしょう?」
こうして、改まって言うからには、何かあるのだろう。
思わず、拳を握ってちょっと身構えてしまう。
だけど、いつだって、この人の言葉は、わたしの思考を容赦なく吹っ飛ばしてくれるのだ。
「俺に先ほど話題に出た『嘗血』行為をさせる気はあるかい?」
ほら、今回もまた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




