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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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それぞれの立場

「陛下が時間をとってくださるそうです」


 雄也先輩が王子さまの部屋に入るなりそう口にした。


 どうやら、有能な彼は、やはりなんとかしてしまったらしい。


「ただその間、当事者ではありますが、ラケシス様は席を外してくださるようお願いいたします」

「何故だ? 俺がこの娘を紹介したほうが話も早いだろう?」


 王子さまは不満を隠さずに雄也先輩にそう伝える。


「先に陛下は殿下に意思確認をされたいようです。そして、その際は、私も立ち会うなとのことでした」

「つまり、陛下は……、反対だということか?」


 睨むように王子さまがそう言うと雄也先輩は首を横に振った。


「いえ。殿下がどこまで本気かを測りかねているようでした。他人を城へ招待すること自体が今までにないことですからね」

「……分かった。お前の見立てでは、真っ向から反対しているわけではないのだな」


 雄也先輩の言葉に王子さまは少しだけその固い表情を和らげる。


「そう見えましたよ。余談ですが……、陛下が過去に友人を城へ招待した際も、誰の助けもなかったと伺っております」

「それは本当に余談だ。関係ない話だろ」


 少し不機嫌そうに王子さまはそう言った。


「本当に先例が無関係と思いますか?」

「いや、確かに話をしやすくはなるな」

「それでは、ご武運を」


 雄也先輩はそう言いながら一礼し、王子さまを笑顔で送り出した。


「さて、どうしようか?」


 雄也先輩がわたしの方へ向き直る。


「どうしましょうか?」

「まさか……、あの方がここまで栞ちゃんを気に入ってしまうのは完全に計算外のことだよ。陛下はともかく、王子に会う予定は全くなかったわけだしね」


 そう言って彼は笑った。


 気付けば、「殿下」という敬称が消えている。


「結果として、陛下との対面がかなり早まりそうなのは良かった……のかな? ご多忙な方だからね」

「国王陛下って……そんなにお忙しいのですか?」


 実の息子が話をしたがってもすぐ話すことができないなんて……。


「あの方の補助をしてくれる立場の者が少ないからね。大臣閣下や王子殿下がもう少し手伝ってくれれば助かるのだけど……」


 あ、さっきまでなかった敬称が付いた。


「大臣や王子さまが手伝ってくれないのですか?」


 王子は……息子だよね?

 そして、大臣って……、人間界で言う内閣総理大臣とかそういう存在だと思うのだけど……。


「本来、この国の大臣というのは、陛下の補佐的な存在なんだけど、困ったことに現在は半分隠居状態なんだよ。昔、下の娘を亡くして以来、身体を弱らせてしまったみたいだ」

「それはお気の毒ですね……」


 娘さんを亡くしたのか。

 それなら意気消沈してしまっても仕方ないかもしれない。


 あれ?

 でも、それって、今、王には補佐がいないってことになるのかな?


「王子殿下も陛下の後を継ぐためにそろそろ通常の勉学に加えて外務も内務も勉強して欲しいところなんだけど……、彼の他に有力な後継候補が台頭していないせいか、必要以上の勉強はされずに、あのとおり……。普通の勉強はしっかりやってくださるのだけどね」

「この国の行く末はどっちだ? って感じですね」


 教養を持っていても、実務が身に付いていないというのは、上に立つ者として大丈夫なのだろうか?


「今のところは陛下に何か問題があるわけではないから、国としてはなんとか回っている。それに、もう少しすれば補佐も育つとは思っているけれどね」

「王子さまの望みどおり、雄也先輩が補佐的ポジションに就くからですか?」

「いや、俺は城の要職に興味はないから」


 この国は大陸の中心国だ。


 そんな国にある城の要職……、人間界で言うとかなり地位だと思う。

 よく分からないけれど、新聞で読んだ内閣入りぐらい?


 それに興味がないなんて……。


「見た目ほど野心家ではないんですね……」

「見た目も野心家はしてないと思っているけど……」

「いや、こう影の参謀が似合いそうですよ。後ろから国王陛下たちを操るような……」


 そのイメージが妙にしっくりくる。


「ひどい言われようだね」


 そう言って、雄也先輩は複雑そうな顔をして笑った。


「国の未来よりも、現状の方が大事なんだよ。俺は自分のことしか考えられない矮小な人間だからね。殿下も言っていただろ? 私欲で動く人間に国は任せられないと。あの意見には賛同している」


 でも、雄也先輩は自分のことしか考えていないタイプには見えない。

 それだったら、わたしたち親子を助ける理由にはならないだろう。


 それとも……、わたしたちを助けることが、雄也先輩にとっては何らかの利益になっているのだろうか?


「とりあえず、今後のことを考えないといけませんよね? このままだと流されるままに城で暮らすことになりかねないわけですし」


 王……、陛下はなんと言うだろう。


 この国の国王陛下……。

 この国で、一番偉い人。


 母の話が本当なら見た覚えもないわたしの父親ってことなのだけど。


「陛下が王子さまの言葉を承知したらどうなるのですか?」

「それでも拒否するなら国外逃亡しかなくなるね。基本的に魔界はどの国でも国民は国王陛下の命令には絶対に従うというのが暗黙のルールだから。それを拒絶するなら国内にはいられなくなる」

「絶対王制ってやつなんですね」


 あれ?

 絶対君主制だったっけ?


 人間界でも「朕は国家なり」とか言った王さまがいなかったっけ?

 日本史はともかく、あまり世界史の方には興味がなかったからなぁ……。


「それだけの力が陛下にはあるからね」

「権力って怖いなぁ……」


 それでも、絶対ではないようだけど……。


「陛下が栞ちゃんを手元に置くと判断するなら、殿下の要求を呑むことが一番、周囲に怪しまれる心配がない方法ではあるかな。それなりに危険性がないわけではないけれど、陛下が見知らぬ娘を突然城に招くよりは問題も少ない」

「危険性はあるわけですよね?」

「キミたち親子が城に来ること自体が大きな危険を孕むわけだからね」


 誤魔化しもせず、雄也先輩はそう言った。


「うぬぅ……。具体的にはどんな危険が考えられますか?」

「栞ちゃんが陛下の娘ということが(おおやけ)になってしまう時かな。王子殿下、王妃殿下だけではなく、城内は間違いなく荒れ狂うね」

「あ、荒れ狂う?」


 なかなかの表現だと思う。

 単純に「荒れる」だけでは足りなかったらしい。


「陛下の娘ならこの国では母親の地位に関係なく王位継承権がある。今の王子殿下がこのまま王位に就くことを望んでいない人間たちにとっては都合が良いんだよ。栞ちゃんをうまく操ってこの国を思いのままにしようという輩も生まれるかもしれない」

「うわ……。さっき言っていた影の参謀な立場ですね」


 でも、その相手が雄也先輩のような人じゃない限り大丈夫と思えてしまうのは何故だろうか?


「栞ちゃんが王位に関わるということは陛下も千歳さまも望んでいないことだ」


 雄也先輩が改めてそう言い切る。


 母も確かにそう言っていた。

 わたしがこの国の中枢に携わることは様々な観点から賛成しない、と。


「だけど、王妃殿下、王子殿下を快く思っていない人間には、そんなことは関係ない。もし露見すれば、直系である可能性があるというだけで、キミは王位へと担ぎ上げられてしまう。そこに個人の意思は尊重されず、周りの要望だけでね」

「まるで……、お神輿(みこし)みたいですね」


 わたしは祭りでわっしょい、わっしょいと担がれるお神輿を思い出す。


 豪華な見かけだけで、それなりに大事に扱われるけど、いざ動き出すと上下左右に激しく揺さぶられる。


 そんな感じだろう。


「つまり、あの王子さまにはそれなりに敵も多いということですね。だから、心を許せるような友だちができないのかなぁ……」


 王子さまに絶対的なカリスマというのがあれば、そんなことは問題にならないと思う。

 だけど、万人に受け入れられるということは確かに難しい。


「ん~? あの王子殿下にご友人がいないのは、単純に性格が問題のような気がするけどね」


 雄也先輩は情け容赦なくそう言った。


 笑顔で酷いと思います。


「栞ちゃんも思わなかった? 王子殿下はかなり自己中心的だと。強引で人の話を聞こうともしない。相手の立場や都合、言い分を無視して我を通そうとする。ここが、反王子派ができる大きな一因なんだよ」


 ああ、なるほど。

 でも、理由を聞いてもやっぱり酷い。


「殿下がこのまま何事もなく王位を継げば、遠からず国内外に軋轢(あつれき)が生まれる。そうなればこの国は決して明るい未来はないだろうね」


 そう言って雄也先輩はため息をついた。


「それでもそのことについては、栞ちゃんのせいではないから、キミが心を痛める必要はないよ」

「王子さま自身が変われば問題はないわけですかね……」

「そうだね。だから、先ほど俺が言ったのも本音だよ。あの方には立場に関係ない友人が必要だってね」

「その立場に雄也先輩がなるというのは……」


 一番、問題なく、円満だと思うのだけど……。


「俺にも友人を選ぶ権利はあると思わないかい?」


 おおう、辛辣。


「さっきから王子さまに対する言葉がひどい気がします」

「王子殿下は今年16歳になられたばかりだ。陛下もまだお若いから、すぐ王位を譲るということにはならないだろう。その間に殿下が変われるかどうかでこの国がどうなるかが決まってしまう。現状としてはそんなところだね」

「ゆ、雄也先輩はこの国が嫌いなのですか?」


 先ほどから聞いているとあまり好意的な印象はない。


 だから、わたしは思わずそう聞いてしまったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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