目の前のことから
「まずは、目の前のことから一つずつなんとかしていこうか」
雄也さんはわたしと九十九にそう呼びかける。
「今はその原因となった国のことは後回しだ。根元から叩き潰したくはあるけれど、あまり積極的に非人道的な行為を俺も選びたくはないしね」
雄也さんはそう言って笑う。
どうやら、追跡用の魔獣を使う以上のことは教えてくれないらしい。
そのことにほっとしたような……、ちょっとだけ残念なような?
そして、九十九も同じらしい。
表情からそれがよく分かった。
「だから、それ以外の……、目の前の問題をまず、なんとかしようか」
雄也さんにそう言われ、わたしと九十九が同時に考える。
「目の前のことって言うと……」
「この島とアリッサム城のことになるのかな?」
九十九から目線と言葉で促され、わたしはそう答えた。
どちらの問題にもほとんど巻き込まれただけのようなものだが、このまま見捨てることはできない。
特にアリッサム城に関しては、いつもお世話になっている水尾先輩が生まれ育った城である。
それを知っていながら放置なんてできる気がしなかった。
わたしは生まれた場所のことは覚えていないが、育った世界には思い入れがかなり深い自覚がある。
だから、水尾先輩と完全に同じ気持ちではないだろうが、似た種類の気持ちは持っているだろう。
「その二択なら、オレはアリッサム城を優先させたい」
「わたしも……、そう思っている」
わたしが口にするよりも先に出てきたその言葉がとても嬉しいものだと思えた。
「アリッサム城を何とかするためには、いろいろと問題があることは分かるかい?」
雄也さんの言葉にわたしは頷く。
「そのアリッサム城に、恐らくはアリッサムの国民ではない人たちが、謎の集団によって囚われていた件について……、ですね」
その「謎の集団」は名乗らなかったらしいけれど、恐らくはミラージュなのだろう。
それは、九十九と水尾先輩からの報告で知ったことだった。
水尾先輩がアリッサム城に連れて行かれたのは、アリッサムの王族だからというわけではなく、その場所が、ミラージュの人間と思われる人たちが悪いことをするために使用する場所だったためだということらしい。
しかも、それが神官と呼ばれる人たちが関わっている可能性もあるという。
その神官たちが現役の神官なのか、還俗後の元神官なのかはまだ分からないが、少なくとも、法力を使える人たちであったことは分かっている。
その上、その場所にまだ囚われている人たちが残されているとも聞いていた。
だが、彼らも状態が万全ではなく、アリッサム城がそんなことになっている背景も、その場所に連れて来られた人たちの素性すら分かっていないのだ。
もしも、ミラージュだけでなく、他の国の思惑も絡んでいたら、間違いなく今以上の厄介ごとに結び付く可能性もあった。
個人的には無関係だと思いたいが、万一、情報国家や法力国家などの関与があれば、今度はそれらの国からもわたしたちの手配書がばら撒かれてしまう。
しかも明確な理由付きで。
そうなれば……、今のようにセントポーリアの王子から逃げるだけという単純な話ではなくなり、情報国家や法力国家に「聖女の卵」を囲い込む理由ができてしまうのだ。
それ以上にも様々な要因から、九十九と水尾先輩はその人たちをすぐに助け出すことはできないと判断して、まずは帰還を優先したらしい。
「そうなると、考えるべきはあのアリッサム城をどうするか……、になるか?」
九十九がそう言った。
「どうするって……、そこにいる人たちの問題を解決した後、アリッサムの王族である水尾先輩や真央先輩が好きにするってわけにはいかないの?」
もともと彼女たちが住んでいた場所だ。
それなら、彼女たちに委ねるべきではないだろうか?
「アリッサムの王族が生存中であることを伏せている今、それをどう周知するんだよ?」
「あ……」
九十九に言われるまで、そこに思い至らなかった。
わたしたちは水尾先輩や真央先輩がアリッサムの王族であることを知っている。
そして、カルセオラリアやストレリチアなど、彼女たちの顔を知るものは、一部のアリッサムの王族が健在であることを見ているのだ。
だが、一般的にはそうではない。
情報国家やその他の国による公式的な発表では、アリッサムの王族は今も行方不明のままなのだ。
尤も、あの情報国家の国王陛下は生きていることを知っているような口ぶりではあったのだが。
「水尾さんや真央さんだけでは、あの城どころか自分たちの身も護り切れない状況だ。だから、所有権の主張は当然できない」
今もフレイミアム大陸の中心国となったクリサンセマムの国王陛下はアリッサムの王族……、というよりも王女たちを懸命に探しているらしい。
その狙いは多大な魔力と魔法の才能が溢れる魔法国家の王族の血。
いくら水尾先輩の魔法が凄いからって、一国を相手にして戦うことなんて、簡単にはできないだろう。
実際、今回のように魔法の対策をとられてしまえば、水尾先輩はわたし以上に非力な女性なのである。
わたしがセントポーリアの王子に見つかりたくないように、水尾先輩も真央先輩も、あのクリサンセマムの国王陛下に見つかることだけは避けたい状態だと思う。
中心国の会合で見た限り、クリサンセマムの国王陛下はあまり好ましくはない人物のようだし。
「それに、どこが管理するかを決めれば、今後、ミラージュのヤツらもアリッサム城に下手な手出しができなくなるとは思う。今のままでは、またヤツらが巣食うか。あるいは、証拠隠滅のために本当の意味であの城を消滅させる可能性もある」
九十九が怖いことを言う。
「こうしている間にも城が消されている可能性があるってこと?」
「それはない。念のために侵入者対策はしてきたし、何よりも、それがすぐにできるなら、わざわざあんな大きな城を宙に浮かせたままでいる理由がない」
「空が見つかりにくいからじゃないの?」
実際、これまでの三年近く、誰にも見つかっていないのだ。
勿論、アリッサムという国が消滅した直後から空中に浮いていたかどうかは分からない。
「世の中には『見落とし』だけではなく、『見逃し』という言葉もあることは知っているか? 本当に誰の目からも完全に逃れていたかどうかなんて分からないんだよ」
「ふぐっ!?」
九十九はさらに怖いことを口にするで、思わず胸を押さえる。
そんな風に疑えばキリがないのだけれど、どこの世界の国家にも、建前というものがあるのだ。
わたしはそれを、情報国家の国王陛下から学んでいる。
あの人は、雄也さんと九十九のことを知っていたのだ。
彼らのことはミヤドリードさんから聞いていたのかもしれないけど、もしかしたら、自分と血縁関係にあるということまで知っていたかもしれない。
それはつまり、九十九が言った「見逃し」というものではないだろうか?
「個人的に一番良いと思うのは世界の中立……、大聖堂だな」
法力国家ストレリチア城内にあるが、大聖堂……、つまり、神官たちは独立組織だ。
大聖堂内で起きたことは、大神官の管轄であり、ストレリチア城内でありながら、王族すら立ち入ることができないとされている。
人間界で言う治外法権のようなものだ。
ストレリチア城、ストレリチア城下で神官が事件を起こせば国が裁けるが、大聖堂内だけは別らしい。
尤も、今代の神官たちの長である大神官は、国や王族以上に厳しい裁きを下すとも言われているが。
「本来なら、城は国が扱うようなものだ。だが、今回は道を外れた神官たちの隠れ家でもあった。それならば、大聖堂……、いや、大神官猊下が介入する余地がある」
どうやら、九十九は大聖堂というよりも、大神官である恭哉兄ちゃんに任せたいらしい。
その気持ちはよく分かる。
あの人ほど信用できる高位の人間はいないだろう。
でも、これ以上、恭哉兄ちゃんの仕事を増やすのは大丈夫だろうか?
いくら頑丈な魔界人でも、働き過ぎはよくないよね?
「栞ちゃんも九十九も忘れているようだが……」
そこで雄也さんが口を挟んだ。
「それらについてはもっと大きな問題があることに気付いているか?」
「もっと大きな問題?」
雄也さんの問いかけに九十九が聞き返した。
「中にまだ残されている人間の救いや建物の管理について思考を巡らせるのも有意義だと思うが……、それ以前の話だ」
「なんだと?」
九十九が雄也さんを睨んだ。
でも、それ以前の話?
九十九の説明はいろいろと分かりやすかった。
だけど、それ以外に何の問題があるのだろうか?
アリッサム城内にまだいる人の助け方?
「栞ちゃんも分からないみたいだね」
そう言われたので、素直に頷く。
「話題の中心であるアリッサム城は今、どこにある?」
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