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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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計算違いだった

「ゆ、雄也さん。確認なのですが……」


 わたしはあることに思い至って、雄也さんに聞いてみることにした。


「先ほど、その『嘗血(しょうけつ)』をした魔獣からは二度と逃げられないとおっしゃられましたが、その『嘗血(しょうけつ)』って、効果が長期に亘るってことでしょうか?」


 相手が「魔獣」だから逃げられないのか?

 それとも、その「嘗血(しょうけつ)」した相手が人間からでも逃げられないのか?


「その追跡用に飼育された魔獣なら、間違いなくその魔獣の一生涯だと言われているかな」


 追跡用に飼育された魔獣。

 そんなものも存在するのか。


 なんとなく、警察犬のようなものを思い浮かべて身震いした。

 犬から長期間追われるとかどんな苦行でしょうか?


 もしかして、セントポーリアの王子もそれを使っている?

 だから、セントポーリア国王陛下は部屋からあまり出るなと言ったのかな?


 でも、それなら、わたしがセントポーリア城にいる時に何度も地下の契約の間に国王陛下とともに行っているのだ。


 もし、王子がその魔獣を使っているなら、その時に見つかってもおかしくはなかっただろう。


 それでも大丈夫だってことは、その魔獣はセントポーリアにはいない可能性はあるね。


「人間なら?」

「その含んだ血の量によるとは思うけど、かなり長い期間だと思われるよ」

「うわぁ……」


 含んだ血の量ってことは、舐めるではなく、呑むとかそんな話だよね?

 でも、吸血鬼でなければ呑む……、は、無理だと思う。


 人間の血って確か、呑むと咽るんじゃなかったっけ?


「神官たちに舐められたことでもあるのかい?」

「ないです」


 その「嘗血(しょうけつ)」という行為自体は、上神官以上でも本当に一部しか知らない話らしい。


 古文書に記されているぐらい古い知識で、わたしが知っていたのも、恭哉兄ちゃんから万一に備えて聞かされたからだ。


 でも、何故、そんな知っている人がごく一部しかないような情報を雄也さんがご存じなのでしょうか?


 いや、雄也さんはストレリチアの王族と高神官以上しか立ち入れない禁書庫に入れるような方でした。


 時々、ストレリチアって、結構大雑把な部分があるよね?


 ワカが育つ土壌はしっかりとそこにあったわけだ。


「九十九から舐められたことは?」


 なんてことを聞くんでしょうか?


 九十九から肌はともかく、()()舐められた覚えはない。


 でも、九十九ってわたしの気配を掴みやすいし、わたしも九十九の気配はある程度の距離まではっきりと感じる。


 もしかして、昔のわたしたちは血を舐め合ったことがあるの?


「……記憶している限りではないです」

「今も昔も一度もねえよ!!」

「……だよね」


 流石に幼馴染でも、血を舐め合う関係っておかしいと思う。


 特に、九十九はその「嘗血(しょうけつ)」に対する知識はわたし以上に持っていなかった。


 いや、わたしも恭哉兄ちゃんから聞かなければ知らなかったような話ではあるのだけど。


 だが、問題はそこではない。


「でも、そっか。『嘗血(しょうけつ)』しちゃったら、逃げられないのか」


 九十九ではない人を思い出す。


 紅い髪、紫の瞳を持つ黒い服の殿方を……。


「それなら、わたしはもっと気を付けないといけないね」


 まだ何も知らなかったわたしは、一年ほど前、「迷いの森」で、あの人の傷口を舐めたことがあった。


 そのことに後悔はない。


 あの時、それをしたから、多少の治癒効果があって、あの人は動けるようになったのだ。


 あの人は「嘗血(しょうけつ)」を知っていたのかもしれない。


 だから、わたしが舐めた時、慌てたのだろう。


 でも、大怪我をした時、魔界人の唾液の効能を説明した上で、ソレを勧めたのはあの人自身だ。


 その理由が分からない。

 彼にとって、「獲物(わたし)」に自分の気配を悟られるのは、不利なはずなのに。


 そして、それは結果として「嘗血(しょうけつ)」行為となった。


 ああ、だから、以前より、あの人が近付けばその気配が分かるようになったのか。


 カルセオラリア城や、「ゆめの郷」で、わたしは傍にいた九十九よりも先にあの人の気配に反応した。


 でも、傷を舐めた時、「言葉のあやだ」とも言われたね。


 もしかして、わたしが「嘗血(しょうけつ)」したのは、あの人にとっては計算違いだった……とか?


 あれ?

 また、わたしは知らないうちにやらかしていた?


「栞?」


 九十九の声が耳に響く。


 これは悟られてはいけない気がする。


「……何をやらかした?」


 もう嫌だ。

 この有能な護衛。


 なんで誤魔化すよりも前に察するの?


「わたしは過去に人の血を舐めたことがあります」


 誤魔化しきれないと判断して自白する。


 それに彼らは知っておいた方が良い話でもあるのだ。


「「は!? 」」


 わたしの言葉に、九十九だけではなく、雄也さんまで目を丸くした上、驚きの声を上げた。


 うん。

 自分でも普通ではないと思う。


 だけど、普通じゃない状況だったのだから、仕方ないではないか。


「それは、いつ?」


 雄也さんが確認する。


「ま、『迷いの森』で、ちょっと……、傷を舐めろと言われまして……」

「「はっ!?」」


 さらに強い声の驚きが重なる。


 分かってます。

 わたしがおかしいって。


「まだわたしは、治癒魔法どころか魔法が全く使えない状況で、近くに九十九もいなくて……」


 口にすればするほど言い訳がましくなっていく。


 でも、あの時のわたしに他にどんな選択肢があったと言うのか?


 九十九が頭を押さえ、雄也さんが額に手をやりながら天井を見た。

 これはどんな心境なのだろうか?


「大怪我をした彼を放っておけなくて、指示通りの行動をしました」

「アイツが怪我をしたのは自業自得だって言って良いか?」


 九十九がわたしを睨むように言うが……。


「転がり落ちるわたしを庇いながら、一緒に崖から落ちたの」


 しかも、わたしはほぼ無傷だった。

 そこに罪悪感を覚えないはずもない。


 あの人がわたしを庇ってくれなければ、その大怪我はわたしのものだったはずだ。

 しかも、あの人は治癒魔法を使える。


 勝手に崖から落ちて怪我で動けなくなったわたしをそのまま連れ去った後、安全なところで治癒魔法を使うと言う方法も選べたはずなのに、あの人はそれを選ばなかったのだ。


「それは……」

「栞ちゃん」


 九十九が言い淀んだと同時に、雄也さんが言葉をかける。


「そもそも、あの奇襲がミラージュによるものだった。大怪我をしても自業自得だと言う九十九の台詞は全く間違ってないし、崖から落ちるキミを庇ったのだって、そもそも、彼がキミを狙わなければ良かっただけの話だよ」

「おおう?」


 い、言われてみれば……?


「しかも、なんで、お前、崖から落ちるんだよ? 仮に追われていても、普通は崖に気付かないはずがないだろ?」

「そこは、お前みたいに崖崩れが起きたかもしれないだろ?」

「オレは崖崩れを起こしたんだよ」


 すぐ傍で気になる会話が行われているが、わたしはあの時のことを思い出す方になんとか集中する。


「確か、『誘眠魔法(スリープ)』を弾いた後、魔弾? とかいう攻撃を大量に食らった上、『ぱららいず』? とかいう魔法を放たれて……」

「『Paralysis』? それって、『麻痺魔法』じゃねえか」

「俺はその前の『魔弾』の方が気になるな」


 ああ、アレは、「麻痺魔法」だったのか。


 恐怖心を増長するような魔法かと思ったけれど、違ったらしい。

 それで、あの時、身体が動かなくなったのか。


 その前の馬乗りに身体が竦んだわけではなかったらしい。


「その後、地面が大きく揺れて、わたしが坂をそのまま転がっちゃって……」


 抱きかかえられたあの人の手から転げ落ちて、そのまま勢いよくゴロゴロと転がったのは覚えている。


「地震? あの時、そんなのあったか?」

「ああ、あったな。()()()()()鹿()()()()()()()()で」

「「あ?」」


 雄也さんの呟きに、九十九とわたしが反応した。


「あの時、『迷いの森』の、あんな地盤の悪い場所で『重力魔法』を使って、上空から思いっきり叩きつけたヤツがいたはずだ」

「オレかよ!?」

「お前だよ」


 よく分からないけれど、九十九が別の場所で「重力魔法」を使ったことによって、わたしがいたところまで地面を揺らしてくれたらしい。


「そっか。そのおかげで、わたしは助かったんだね」


 あの時、連れ去られる直前だった気がする。


 傍にいなくても、九十九はわたしを護ってくれたことになるのか。


「いや、そこから地面に転がって、結局、崖から落ちたってことだろ? それは助かったと言えるのか?」

「身体が動かせなくて、『もうダメだ!! 』って思っちゃうぐらいピンチだったから、助かった、で良いと思うよ?」


 少なくとも、あの時は今回とは別の意味でもうだめだと思った。


「だから、結果おーらいってやつじゃないかな?」

「お前がそう思うなら良いのだけど……」


 九十九はどこか複雑そうだった。


「あのまま連れ去られるよりは良かったと思うよ?」


 あの人がどこまで本気だったかは分からないけれど、国王である父親の命令に逆らえたとは思えない。


「それは……、そうだな」


 九十九も何かに思い当ったのか。


 そう答えてくれたのだった。

この話で80章が終わりです。

次話から81章「抱柱之信」。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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