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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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問われる覚悟

「一番酷いと思われる手段は、女性であるキミには耐え難いほどの行為だとは言っておこうか」


 その言葉でわたしは息を呑むしかなかった。


 女性であるから耐え難いほどの行為ということは、「女性」としてのナニかに触れる行為ということなのだろう。


「分かりました。全て聞かせてください」


 だが、水尾先輩と違って、わたしは眠らされなかった。


 それは、わたしがその話を聞かなければいけないということなのだと思う。


「一番酷い手段となれば、結構、えぐい話になるけど、本当に大丈夫?」

「えぐっ!?」

「おい、兄貴。脅し過ぎじゃねえか?」


 九十九がそう言ってくれるけど、雄也さんは多分、こう言いながらわたしに心の準備をさせているのだ。


 そして、同時に逃げても良いと言ってくれている。


 それならば……。


「大丈夫です」


 そう答えるしかない。


「栞、大丈夫か?」


 雄也さんの言葉はわたしだけではなく、九十九への脅しも兼ねている。


 その言葉を受けたわたしがどう出るか心配なのだろう。


「あの雄也さんが『えぐい』って言うからには相当な手段なのだろうね」


 わたしはあえてそう言って九十九に向かって微笑む。


 雄也さんはわたしに心の準備をさせることなく、自分の重大な出自(機密事項)をポロポロリ~と、言ってしまうような人だ。


 それなのに、今回は心構えをさせようとしている。


 多分、わたしでは考え付かないような手段なのだろう。


「だから、もし、わたしが心に傷を負ったら九十九が慰めてよ」

「お……っ」


 わたしの言葉に何故か九十九が絶句した。


 まあ、彼はわざわざ言わなくてもわたしのことを慰めてくれるとは思う。

 勿論、雄也さんも。


「いや、まずは傷を負わない選択肢をしろよ」

「ん~? でも、それじゃあ、意味がないでしょう?」


 雄也さんはわたしのために選択肢をくれたのだ。


 彼は黙ってその手段をとることもできたはずなのに、その前にわたしに教えてくれることにした。


 計画は知る人が少ないほど外部に漏れにくくなる。


 実行することが大変だとは思うけど、雄也さんのことだ。少人数でもなんとかできる方法を選ぶと思った。


「わたしは雄也さんを信じるよ」


 勿論、九十九も信じている。


 わたしが傷付かない方向へと進めようとしてくれた。


 だけど、今、聞かないと雄也さんも、もしかしたら九十九も傷付く手段であってもわたしは気付けない気がしたのだ。


 そして、それは嫌だった。


「……だそうだ、九十九」

「分かったよ」


 九十九が両手を上に上げる。


 これは降参なのか。

 お手上げなのか?


「そこまでの覚悟があるなら、オレは何も言わん。だが、この兄貴が『えぐい』というほどのものだぞ? 本当に大丈夫か?」


 尚も九十九は反対してくる。


 だから思わず……。


「九十九はしつこいな~」


 そんなことを言ってしまった。


「しつこ……っ!?」


 それがわたしを心配してくれるのは分かっている。


 だけど、こうでも言わなければこの過保護な護衛はいつまで経っても引いてくれない気がした。


「九十九、諦めろ。あまりしつこく()()()()()男は女性に嫌われるぞ」

「余計な言葉を加えるな」


 九十九はしつこく注意してくれるけど、それはねちっこくはないよね?


「まあ、聞いてしまえばどうってことはないかもしれない。判断基準は人によって異なるからな」


 確かに「えぐい」という言葉からでも、どの程度かは人によって違うだろう。


「アリッサム城を使うってどう使うおつもりですか?」


 わたしは改めて問いかけると、雄也さんは笑みを浮かべる。


「栞ちゃんは『残留魔気』と言う言葉は知っているかい?」

「何度か聞いた覚えがあります」


 確か、魔法を使った後とか、その場に魔気が留まる現象のことだ。

 魔力の気配というものは、なんらかの理由でその場に残るらしい。


 つまり、自分がその場所にいたことを知られたくない時は、その気配を消さなくてはいけないそうだ。


 そして、「残留思念」……、幽霊みたいに人の想いが残る現象とは違うらしい。


「体内魔気が全く同じ人間はいない。双子は似ているらしいけどね」


 確かに水尾先輩と真央先輩も双子ではあるが、その体内魔気は全然似ていない。


「それと同じでその『残留魔気』が同じ人間もいない」


 ああ、なるほど……。

 アリッサム城に残った気配を掴んで追う……と。


 でも、それだと「えぐい」気はしない。

 寧ろ、真っ当な手段ではないだろうか?


「残留魔気はいろいろなものに宿る。思い入れのある土地、接する回数の多い人間、よく魔法を使う契約の間。いずれもその人間が、何らかの理由で体内魔気を留まらせた結果だよ。だが、それらは時間が経つと薄れて消えてしまうことは分かるかい?」

「なんとなく、分かる気がします」


 体内魔気は匂いに例えられることがある。

 つまり、その「残留魔気」というのは「残り香」みたいなものだろう。


「『残留思念(強すぎる思い)』となればもっと留まるらしいけれど、『残留魔気』……、その場にいた人間の気配は、大体、三日ほどしかもたないと聞いている。留まろうとする体内魔気の気配よりも、絶えず動き続ける大気魔気がその気配を流してしまうからだ」


 なんとなく、その場にあった香りが、空気の入れ替えで、動く空気、風によって流されてしまうイメージが浮かんだ。


「つまり、アリッサム城に残っている『匂い』を追うってことで良いですか?」

「なんで『匂い』?」


 雄也さんではなく、九十九が聞いてきた。


「体内魔気ってなんとなく『匂い』に似てない?」

「似てるけど……」


 否定はされなかった。


「栞ちゃんは、それが強く残る方法って分かるかい?」

「同じ場所に留まる……とか?」


 「残留魔気」は気持ちが籠らない魔力だけの気配と聞いている。つまり、無意識の気配ってことだ。


 それに対して、「残留思念」となれば、強い気持ちが籠った魔力が、様々な形で記録された状態だとも聞いている。


 気持ちを込めずに魔力を残す……なら、単純にその場所に長時間いるのが一番分かりやすい気がした。


「言葉を変えよう。人間の身体で、魔力が宿りやすいものって、何か分かるかい?」

「人間の身体で、魔力が宿りやすいもの?」


 確か、肉体の中でも髪の毛と瞳だったはずだ。


 葬送の儀という儀式を行うと魔界人は、一部だけ魂石(こんせき)精神(こころ)を残した後、その魂のほとんどは聖霊界を抜け神様の元へ向かうとされている。


 そして、魂が切り離された肉体は、ゆっくりと時間を掛けて大気魔気へと還り、遺体は髪の毛を残して消失すると大神官である恭哉兄ちゃんから聞いている。


 人間界のように腐敗し、骨と髪の毛を残して土に還るわけではないそうだ。

 ……そう考えると髪の毛って、結構、凄いよね。


「髪の毛……ですか?」


 でも、確かに髪の毛ならその場にいっぱい落ちている気がする。


 水尾先輩の話では、埃が溜まっていたらしいから、掃除をしていないってことだろうし。


「いや、確かに髪の毛にも魔力は宿っているけれど、もっと少量でも分かりやすい気配を発するものがある」


 髪の毛以上に?


「少量って、ちょっと待て、兄貴。つまりはそういうことか?」

「お前が何を考えたか分からないな。少なくとも、顔を青くするなら分かるが、何故、赤らめる必要があるのだ?」

「……は?」


 九十九を見ると、確かに顔が赤い。

 まるで、夕日に照らされていた時のように。


「俺が言っているのは『血液』だ。血液は、一部で魔力そのものだとも言われている」

「「あっ!?」」


 わたしと九十九が同時に叫んだ。


 確かに血の流れは体内魔気に似ている。


「紛らわしい言い方しやがって……」

「お前が勝手に勘違いしただけだろ? それに、()()()()()()()()()()()()()()だ」


 九十九が勘違いした方法も気になるけど……。


「でも、血を利用するってどういうことですか?」


 そこが分からない。

 確かに方法としては、ちょっと非人道的行為な気はするけど。


「どこかの誰かが暴れたらしいからな。それなりにあちこちに血が染みわたっているだろう。九十九が使っていた手袋や、刃物にも当然、血が着いているはずだ」


 かなり物騒なことを口にする。


「血が染み込んだ手袋や衣服は浄化したし、刃物だって拭き取ったぞ」


 そして、九十九は否定しないのか。


 でも、衣服って……返り血?


「浄化魔法では、他人の体内魔気の気配までは完全に消えない。刃物も同様だ。それに、血を拭き取った懐紙はお前のことだからまだ捨ててないだろう?」

「あるけど……」


 九十九は片付けが苦手だ。


 そして、ゴミなどは処分できる場所が近くにない時、収納魔法で収納した後で、ある程度、溜まった時に処分する癖がある。


 水尾先輩は、そのまま火炎魔法で処分しちゃうけど、それは好きじゃないそうだ。


「アリッサム城内にミラージュの人間たちの血がまだ残っているならば、魔力の気配を追跡できる魔獣などに『嘗血(しょうけつ)』させることもできる」

「魔獣に、『嘗血(しょうけつ)』だと?」


 九十九の顔が蒼褪めている。


 それを確認して……。


「そうなれば、その魔獣からはもう二度と逃げられない」


 雄也さんは満足げに微笑んだのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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