意識の変化
「兄貴、準備はした。今度は何を企む?」
そんなオレの言葉に対して……。
「無論、制裁だ」
笑顔で答えるのはどうかと思う。
「せ、制裁って……?」
少しだけ声を震わせ、栞が確認する。
こんな形で栞が引き気味なのは珍しい気がした。
だけど、この場合の「制裁」とは当然、先ほど眠らせた水尾さんに対してではない。
「今回のことは、この島の管理不足から始まり、さらに神官たちの悪行まで繋がっていた。この島の管理不足ぐらいならトルクスタンに任せて放置しても良かったが、アリッサム城を占拠した上で神官たちも含めて組織的な犯行を行っていたことは看過できん」
基本的に兄貴は、千歳さんや栞に害がなければ積極的に動くことはしない。
だが、この発言。
これまでのアレやコレなどによって、分かりやすく気が立っているようだ。
まあ、自分だけならともかく、栞が巻き込まれた上、いろいろな予定が狂っているのだ。
兄貴からすれば腹立たしいだろう。
「しかも、ここ最近の元『神女』たちの行方不明事件にも絡んでいるとなれば、根元から叩き潰したくなるのは当然だとは思わないか?」
押さえてはいるものの、兄貴からどこか危うい雰囲気が漂う瞳を向けられ、栞が身震いをした。
「根元から叩き潰せそうなのか?」
「現時点ではどうあっても無理だな」
「……だろうな」
それは分かり切ったことだった。
この島で狭間族を使って行われていたこと。
水尾さんが連れ去られた場所。
各地で起こっている元「神女」の失踪事件。
そして、少し前にいた「ゆめの郷」の問題。
これらは全て、「魔神が眠る地」と呼ばれる「ミラージュ」が絡んでいる。
叩き潰すなら、その「ミラージュ」ごと断つしかないが、ヤツらは「謎の国」と呼ばれるほど、得体が知れないのだ。
だから、単純にその根源を何とかしようとするのは難しいだろう。
「だが、手がないわけでもない」
「「え!?」」
兄貴の言葉にオレと栞の声が重なる。
「勿論、時間はかかるとは思っているけどな」
「そ、それはどうやって!?」
兄貴の言葉に栞が食いついた。
時間、時間ねぇ……。
確かにかなり時間をかければ、いけなくはないか。
「方法はいくつかある。人道的な手段と非人道的行為を含めてね」
「ひっ!?」
栞の口から悲鳴に似た声が漏れる。
恐らく、「非人道的行為」という言葉に対してだと思うが、珍しい種類の声にも聞こえた。
でも、オレは逆に「人道的な手段」の方が気になる。
こんな状況で、そんな平和な解決方法があるのか?
「このまま目立ちたくないなら、素直に人道的な手段をとることになるかな。但し、時間はかなりかかるだろうけどね」
時間がかなりかかって目立たないようにと言うのなら、自分たちは表に出ず、他人を使う……か?
今回のトルクスタン王子を動かしたように。
そして、これからは大神官を動かす形になるのか?
「時間がかかるということは、さらに犠牲者が増えると言うことですね?」
「俺たちが表立って動くことができないからね。どうしても、時間がかかってしまうんだよ」
時間がかかればどうしたって、犠牲者が増えるのは当然だ。
だが、兄貴は犠牲者の数については触れない。
はっきり口にしてしまえば、栞が動揺するから。
「ね、念のために確認しますが、『聖女の卵』の名を使うことは?」
「最悪だね。事態が悪化することが避けられないし、別の問題も発生する」
兄貴の言葉に栞が絶句している。
最近の兄貴は栞に対してかなり甘くなったと同時に、かなり厳しいことも口にするようになった。
それだけ、互いの距離感が変わってきているということだろう。
もしくは、ストレリチアの大聖堂で休養したことによって、兄貴自身も焦りや不安が生まれるようになったのかもしれない。
オレも兄貴もいつだって、確実に栞の傍にいられるわけではないのだ。
「それだけ『聖女の卵』は、釣り餌に向かない。同じく、『王族の血』という言葉もだね。それまで興味を持たなかった有象無象の輩を引き寄せる可能性すらある」
「うぐぇ……」
栞から何かが潰れたような声が漏れる。
だが、兄貴が言った言葉は、それだけ魅力的すぎるのだ。
全てを知っている大神官やストレリチアの王子殿下が、栞を囲おうとしないのが不思議なくらいに。
まあ、惚れた弱みと言う言葉のせいだろう。
彼らが惚れた女たちがそれぞれ栞の友人で、さらに、利益だけで栞を囲おうとすれば、間違いなく反旗を翻すほどの女たちだ。
栞の意思がそこにあれば喜んで囲うことに協力すらするだろうが、栞の意思を無視した行いであれば、自分たちが惚れこんだ男であっても、笑顔で敵に回ろうとする。
情のみで動くのは為政者としては三流だと言いながら、あの女どもは、利を優先して理を無視する行いを好まないのだ。
だから、栞は「聖女の卵」という特殊な立場にあっても、自由に動くことを許されているわけだが。
「その上で、聞く気はあるかい?」
兄貴は挑発的な笑みを深める。
栞は少し考えて……。
「えっと、先に非人道的行為の方を聞いて良いですか?」
聞く姿勢となった。
「非人道的行為に基づく案ならいくつかあるけれど、確実なのはアリッサム城を利用するのが一番かな」
「ふ?」
案がいくつもあることに驚くが、アリッサム城を利用する手なら、当然ながらオレも考えたことだった。
あのアリッサム城にはまだ酷い目に遭った女たちが、今でも数多く残されているのだ。
半端な希望を残さないために、オレたちは姿を消してその状態だけ水尾さんが確認し、一週間分の食事だけは残してきた。
一定時間経てば、彼女たちの元に食事が現れるようになっている。
何でも魔法国家は魔法の研究に没頭すると寝食を忘れてしまうヤツらが一定数いたために、厨房に時限装置式の食事準備機能があったことを水尾さんが覚えていたのだ。
そこに保存食を設置してきたのだ。
数が多かったために一月分は無理だったが、手持ちの食糧の暈を幾分その場で増して、一週間ぐらいならなんとかなりそうな数にはしたのだ。
だが、そこにいる女たちを再び求めて阿呆な神官たちがまた乗り込んでこないとは限らない。
あの時、あの城にいた奴らが全てではないはずだ。
だから、念のため、いくつかトラップは設置している。
だが……。
「流石にそこまで阿呆なヤツらじゃねえだろ」
オレはそう口にする。
ミラージュの「謎の国」と呼ばれ、その足が付きにくい理由として、逃げ足が速いことが挙げられる。
証拠隠滅が美味いのだ。
そして、自分たちは不利となれば迷わず、それまで作り上げたモノでも捨てることもできる潔さもある。
だから、ヤツらなりのネットワークを駆使して、アリッサム城で起きたことも既に連絡されている可能性があるだろう。
「ヤツらが一度見つかった根城をそのままにしておくとは思えん」
たった数日で同じところに戻ってくるとは思えない。
そして、そのまま何事もなく放置されているようにしか見えないなら、明らかに罠が張られていると警戒するだろう。
「お前は本当に甘い考えしか思い浮かばないんだな」
「は?」
兄貴は大袈裟に溜息を吐く。
「俺は非人道的行為としてアリッサム城を利用すると言っただろ? 相手に捨て置かれることが確実となった城に今更何の利用価値があるというつもりだ?」
そう言って、水尾さんにちらりと目を向ける。
「尤も、そんな場所でも大事に想う人間もいる。だから、彼女には聞かせられない」
水尾さんを薬で眠らせろと指示したのはそのためか。
確かに自分の思い入れがある場所を利用されるというのは嬉しくない話だ。
「栞は良いのか?」
どんな風に利用するのかは分からない。
非人道的行為だというのなら、栞にも聞かせない方が良いのではないか?
「栞ちゃんはどうしたい?」
だが、兄貴はその判断を栞に委ねた。
「その中でも一番酷いと思われる手段は、女性であるキミには耐え難いほどの行為だとは言っておこうか」
さらに続く言葉に栞は息を呑んだ。
これは、兄貴にしてはかなり踏み込んだ台詞だった。
本来なら、それを告げずに護ることも可能だし、今まではそうしてきたのだ。
栞は何も知らないままで、手を汚すこともなく綺麗なままでいて欲しいと言うオレたちの身勝手な思いだった。
だが、今回のことで、明らかに兄貴の意識が変わっている。
そして……。
「分かりました。全て聞かせてください」
主人である栞の意識も。
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