粧(めか)して化ける
「ふむ……。大分、印象が変わってしまったな」
わたしの顔を見て、王子さまが最初に言ったのが、この言葉だった。
「着飾れといったのは殿下ですよ」
しれっと雄也先輩が答える。
「これでは、その辺の女と大差がない」
「陛下を含め、周りを納得させたいなら、これぐらいでなければいけません」
雄也先輩は澄ましたのままそう答えた。
鏡を見せてもらったけど、自分でも本当に別人だと思ってしまったぐらいの化けっぷりである。
化粧で人相が変わるって聞いたことはあったけれど、まさか自分の顔で実感する日がこようとは思わなかった。
服も重い。
そして、何だろう?
この装飾品の数々。
派手でもないけど、地味ってほどでもない。
それらが不自然じゃない程度にわたしにくっついている。
一応、補足。
装飾品については一部、雄也先輩に手伝ってもらったけど、服の着替えは流石に自分でやりました!
「城に入るとき、女中であってもそれなりの格好で面接いたします。この国は外見重視。最低限の装いは必要でしょう」
「そう考えれば少しばかり物足りない気もするな。もっと魔石や宝玉で飾るか? 俺の物をいくつか譲るぞ?」
ずらりと、どこからか宝石っぽいものを出す王子さま。
頼むから、止めてください。
「これで十分ですよ。あまり派手にしてしまうと、他の女性に睨まれ、いずれにしても居心地のよいものではなくなってしまいます。そして、殿下の私物をお渡しするなど論外です」
そりゃそうだろう。
王子さまが異性に宝石類など渡したら、その誤解は今以上に早く大きく広がることはわたしでも予想ができる。
「ユーヤが言うなら我慢するか」
そう言って、王子さまはどこからか取り出したいろいろな石を再び収納してくれた。
「ユーヤさんは随分、王子殿下の信頼があるのですね」
わたしは思わず感心する。
普通に考えてもすごいことだろう。
「始めは、俺はこいつが大嫌いだった」
雄也先輩ではなく、王子さま自身が答える。
「え? そうなのですか?」
「こいつ、俺の嫌いなヤツが見つけてきたんだよ。だけど、そいつがいなくなってもこいつはここに留まった。弟は早々に姿をくらましたが、こいつだけは城に残ってずっと誰もが嫌がるような雑用などをこなし続けていたんだ」
「昔の話ですよ」
王子さまの言葉に、雄也先輩はわたしを見ながら苦笑する。
思わぬところで、雄也先輩の地道なお仕事を聞くことになるなんて思わなかった。
しかも、こんな形で。
このことを、弟である九十九はどれくらい知っていることだろうか?
「その上、いろいろあって、この男だけはこの城の中では信用できる気がした。他のヤツらはともかく、どんなことがあっても俺を裏切らない、と。ただ、それだけのことだ」
なんだかよく分からないけれど、雄也先輩はこの王子さまからかなり信頼されていることは理解した。
その出会い方も……、まあ、今までの話からなんとなく予想はできる気がする。
この10年間という決して短くはない期間。
記憶を封印していたわたしや母のために、どれだけの苦労や努力の上で今、この場所にいるのだろう?
もし、彼がわたしたち親子を裏切れば、一気に情勢が変わってしまうぐらいの立ち位置にいるのだ。
「ところで、陛下にはどのようにお伝えするおつもりですか?」
「国王陛下の今日のご予定は?」
雄也先輩からの質問を、質問で返す王子さま。
「いつものように政務室でご政務されるとお聞きしております」
それ自体は予想していたようで、簡単に返答をする雄也先輩。
「理由をつけて政務室から出すことは?」
「ご休憩中が無難ですね」
「では、そこを捕まえる」
「本気ですか?」
「冗談で言うと思うか?」
「先例があるとは言え、陛下の時とは状況が異なることもご理解できていますか?」
「その辺りはお前が補助できるだろう?」
その言葉で雄也先輩は自分の顎に手をやった。
「かなり気に入られてしまったようですね」
わたしを見てそう言う。
「はぁ……」
わたしはそう答えるしかできなかった。
なんで、この王子さまからここまで気に入られてしまったのかは、わたしにだってよく分からないのだ。
「殿下には同じ年代のご友人がいらっしゃらない。もし、本当に貴女がなってくださるのなら、それは良いことだと思います。殿下はもっといろいろな考え方を知る必要がありますから」
「友だちがいないのですか?」
思わず酷いことを口にしてしまった。
「心を開けるようなご友人は存在しないように見えますね」
「雄……、ユーヤさんは?」
見たところ、雄也先輩にはかなり心を開いているような気がするけど……。
「私はただの使用人ですから」
「わたしにも身分はありませんが……」
城下に住んでいる人間は、城仕えではない限り、基本的に城に立ち入ること自体許されていないと聞いている。
今回、わたしがここにいるのは極めて特殊な状況だといえよう。
「貴女が城の人間と関係がないからこそ殿下が気に入られたのかもしれませんね。城内の人間はどうしても立場、利益が絡んでしまいますから」
「そうなのですか……」
そんな会話の間、王子さまはずっと無言だった。
友人がいない。
そう考えると、彼は淋しい人間なのかもしれない。
「貴女はどのようにお考えですか?」
「わたしは、正直、城に住むことは無理だと思います。ここの入口を通った時から世界の違いを感じてしまったぐらいですから」
それは本当のことだった。
過去のことを覚えていないせいかもしれないけど、ここに住めるとはとてもじゃないけど思えない。
「過去に、貴女とまったく同じ状況になられた方がいらっしゃいました。先程から少し話題にもなっている方なのですが」
「そ、その方はどうされたのですか? まだこの城に?」
「もういない」
わたしの質問に答えたのは雄也先輩ではなく、王子さまの方だった。
「王子殿下が6歳になられる頃に城から出られました」
この王子さまは確か、わたしの一つ上だった。
つまりわたしが5歳の時。
やはり、母のことで間違いなさそうだ。
「やはり城に居づらくなったということでしょうか?」
「その女にいつの間にか子ができたんだ。真偽は定かではないが、恐れ多くもち……、いや、陛下との御子と言う不快極まりない噂も出た。あの女自身は否定していたがな」
「陛下の……御子?」
ああ、耳が痛い。
そして、不快極まりないですか。
そうですよね。
政治とは関係なく、自分の父親の不義を、噂されたようなものだ。
真っ当な神経ならその反応はそこまで間違ってはいない。
「その子ども……、娘は、纏っている魔気だけ見れば大したことはなかった。だが……、生命力は異常だったと思っている」
あら、わたしは記憶と魔力の封印前もあまりすごくはなかったのか。
魔気ってのは、魔法の強さとかにも関係するって聞いている。
……ということは、そんなに気にするほどのものでもないのではないのかな?
でも……、生命力が異常ってどういうことでしょう?
「陛下も認めていらっしゃいません。実の娘なら隠す必要はないでしょう。王族が多く、揉め事の原因になっているローダンセならばともかく、この国は陛下に近しい血を持つ人間が少なすぎます」
「ふん。たくさんいても意味はない」
「確かに揉めるぐらいなら、少ない方がいいのかもしれませんね」
わたしは同意してみる。
現に人間界で会った魔界人の松橋くんは、どこの国の人かは分からないけれど、貴族の後継者争いっぽい形でお兄さんに魔物を送りつけられるほどの状況になっていたわけだし。
「ところで……、この国の国王陛下はどのような方なのでしょう? わたし、まだこの国に来て日が浅いので、あまりよく知らないのですが……」
そう何気なくわたしが口にした途端、王子さまの瞳が輝いた気がする。
「外務、国政ともに優れているな。そして我が父ながら大変な勉強家で努力家でもある。ただそのためにこの国の全てが王にかかってしまい、ほんの少しの気も抜けない方だよ」
そして怒涛のような父親自慢。
……いや、王さま自慢?
「分け隔てのない方でもありますね。私のような下々の者にも気を使っていただいております。城内だけでなく国内全ての地域に気を配り、定期的な報告の確認も欠かしておりません」
王子さまと雄也先輩がそれぞれの意見を口にする。
まあ、立派な人ってことなのかな?
王としては。
「ユーヤが政務官か外務官になれば良いのだ。そうすれば陛下の負担も減るだろうに」
「そうなるにはまだ知識が浅すぎますよ」
母も似たようなことを言っていた気がする。
その時はしっかり断っていたけど、「まだ」ってことは、実は、いずれなりたいのかもしれない。
なんとなく国の宰相とか軍師とかが似合いそうだよね。
雄也先輩は表に立つのではなく、後ろから偉い人たちをこっそりと操るイメージがある。
相手が嫌がるような巧妙な罠とか凄く得意そうだ。
「それでも以前のような無様な対応にはならないはずだ。相手がカルセオラリアだったからまだ誤魔化すこともできたが、イースターカクタスだったならばあっという間に国が転覆していたことだろう」
王子さまが苦々しく言う。
そう言えば、この世界に来る頃、この国は外交的な失敗があったとか聞いた覚えがあった。
今出てきた、カルセオラリアやイースターカクタスは確か……国の名前……だったはず。
「それでも私より優れた者は大勢いますよ」
「地位のことしか考えていないヤツらは論外だ。私欲ではなく、国のことを考えて動ける人間でなければならない。お前ならその辺りも問題ないだろう?」
「ユーヤさんって、凄い人なのですね」
そんなことはもうとっくに知っている。
でも、改めて別の角度からも聞くと、しみじみとそう思えるのだ。
「そうだ。この男は凄い奴なんだよ」
そう言いながら、王子さまは雄也先輩の肩に手を置いた。
「そんなわけで陛下の方は任せた」
「はい?」
「お前なら上手いこと言って、政務室から引きずり出せるだろ?」
そう言ってにっこり笑う王子さま。
そんな王子さまを見ながら、雄也先輩は大きくため息をつく。
「はぁ……。本当に一度、思い込んだら一歩も引いてくださらないのは昔から変わりませんね。でも、あまり期待はしないでくださいよ」
それでもこの人ならなんとかしてしまうのだろう。
それが、わたしにとって良いことになるのかは分からないけど……、悪いようにもしないことを期待して、わたしは黙っていようと思う。
結局のところ、今のわたしにはそうすることしかできないのだから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。