同時進行だからおかしくなる
思ったよりも問題が広がった。
いや、違うな。
私の問題と高田の問題は全く別の話なのに、同時進行だからおかしなことになる。
だが、仕方がない。
同時に面倒な問題が発覚してしまったのだから。
「九十九はこの薬たちの鑑定はできるか?」
先輩が小瓶を揺らしながら弟である九十九に確認する。
意外にも先輩は薬の鑑定ができないらしい。
「治癒魔法」以外にも苦手なものがあるんだな。
「オレがすぐにできそうなのは、有害か無害かぐらいだな。時間をもらえれば、もう少し詳細も確認できると思う」
「ここの人たちを治験者にするの?」
「いや、トルクスタンと一緒にするなよ」
そこで、引き合いに出されるのがトルクなのはどうかと思うが、ヤツがそういう性格なのは私も知っているから突っ込めない。
「ちゃんと治験用の魔獣を使うぞ」
「魔獣?」
「人間界の実験獣みたいなもんだ。人間と体質が似ていて、蓄積系、遅効性の薬ではなく即効性の薬ならその効果を確認しやすい」
この世界にもそんな魔獣がいたのか。
だが、なんで、トルクはその魔獣を使わないのか?
ヤツは召喚魔法が得意なはずだが……?
「ちょっとかわいそうだね」
「明らかに有害なのは試さねえよ。それぐらいなら『棘のある植物』で分かるからな。それに即効性の毒だとしても、流石に、飲んだ瞬間、即死はない。中和、解毒は間に合う」
「それって、遅効性や蓄積系の薬なら効果は分からないんじゃないの?」
「そちらについては、トルクスタンに任せる。悔しいけど、オレより薬の鑑定に慣れているからな」
いや、ヤツに任せるな。
躊躇なく、人体実験に他国の王族を使うような人間だぞ?
普通なら、全面戦争になってもおかしくない話だったのだと今なら分かる。
「トルクスタンにはあまり任せたくないな」
「ぬ?」
「なんでだ?」
先輩の言葉に、高田と九十九が不思議そうな顔をする。
「栞ちゃんの能力をあまり知られたくはない。特にヤツは王族だ。絶対に栞ちゃんの敵に回らないとは言いきれない」
言い方は酷いけれど、納得はできる。
あの男は機械国家カルセオラリアの王位継承権第一位に繰り上がった。
だが、それは第一王子の不慮の事故による王位継承権の推移であったため、まだその立場は不安定だ。
あの第一王子がしでかしたことと、その結末を公表できれば良かったが、そんなことをしてしまえば、カルセオラリアという国自体が、国内はともかく、国外からは見下され、嘲りの対象となる。
城を崩壊させ、国を半壊させ、中心国としても名誉も宙に浮く原因となったのが、たった一人の男の私情によるものだったのだから。
それができないからこそ、トルクスタンにとって、自国も絡む「ゆめの郷」や、今回のような他国において、国内外で実績を積み重ねることが必要となっていく。
王位継承や中心国としての地位はともかく、愛する自国そのものを誰にも潰されないようにするために。
そして、それを素直に口にする男でもないから面倒なのだ。
だが、魔力も高く、「聖女の卵」で、さらに、はっきりした後ろ盾がないような女である高田を上手く取り込むことができれば、間違いなく周囲を黙らせることができる。
そこまで野心家ではないと思うが、なりふり構わない状況に陥れば、人間は変わるしかないのだ。
「トルクスタンはそんな人かな?」
高田が首を傾げる。
確かにそんな男ではないが、これは感情ではなく、立場の問題だ。
「お前、あの人から求婚されたことを忘れてないか?」
「でも、断ったよ?」
「断っても、簡単に諦めるような男か?」
そうだな。
ヤツはしつこく、しぶとい。
「ん~~?」
護衛の心配が分からないとでも言うように、高田はさらに考える。
「じゃあ、何度でも断るよ」
出てきた言葉は、それはそれで、どうなのかという答えだった。
そして、そこまで嫌か?
「そういう問題じゃなくて!!」
「分かってるよ。心配してくれてありがとね、九十九」
あ……。
今、分かりやすく毒気抜かれたな。
主人の笑顔一つで安いもんだ。
「トルクスタンの立場からすれば、わたしは九十九や雄也さんを従え、水尾先輩と真央先輩にも可愛がられ、さらには法力国家の王女殿下とも交流があり、大神官とも親しい。『聖女の卵』だと伝えてなくても、我ながら魅力的な物件だと思うよ」
「分かってねえ」
だが、続いた高田の言葉に、九十九の顔に険が戻る。
本当に分かってない。
それについては、九十九に同意する。
彼女の言葉には、高田自身の価値が入ってないのだ。
本来は、彼女が口にした理由以上のものなのに。
「それに、わたしのことなら、九十九と雄也さんが護ってくれるでしょう?」
すげえ。
人間って言葉一つで、ここまで瞬間的に気分を変えさせることができるんだな。
気分転換とはよく言ったものだ。
少なくとも、この僅かな時間内で、九十九の気分は傍目にも分かりやすく上下している。
でも、同じことを言われているにも関わらず、兄の方は表情を一切崩さず、胡散臭い笑みを浮かべたままだった。
高田から直接、声をかけられていないというのもあるだろうけど、それでも分かりやすく感情を乱さないのだ。
本当に手強いよな、この男。
そして、国に一人はいるだけで本当に便利な男だと思う。
一歩間違えれば、国に飼い殺され、使い潰されてもおかしくないほどの能力を持ちながら、国と言うものには縛られない。
まあ、こんな男を懐に入れるのは危険も伴うが。
いつか、この男の慌てふためく様を見てやりたい。
それは、私がずっと昔から思っていることだった。
それでも、主人である高田といる時は、いつもよりその表情に変化が見られることは知っている。
恐らく、素直な後輩の反応に引きずられてしまうのだろう。
そして、この可愛い後輩は、素直な割に、型に嵌ってくれないのだ。
そこが厄介なところでもある。
これまでに、何度もこの世界の常識と言われていたこと、常識だと信じられていたようなことを、笑顔でかっ飛ばしてきた娘なのだから仕方ないか。
周囲に対して滅多に本音を見せないあのマオですら、この高田にその心を引きずり出されたぐらいだからな。
「じゃあ、頼むから大人しく護られてくれ」
高田の言葉からようやく復活した九十九が呆れたように言う。
「割と大人しく護られていると思うけど?」
「どこが!?」
自覚がないって、最強だよな。
思わず笑ってしまった。
先輩だけじゃなく、弟である九十九だってかなりの男だ。
だけど、先輩と違って、高田の言動にいつだって振り回されている。
護るべき主人がその場にいない時は、兄に勝るとも劣らないほどの黒い顔を見せるのに。
そして、あっちが多分、素だよな。
いや、主人である高田に見せているのもしっかり年頃の青年らしい素ではあるのだろうけど、それでも彼女にはあまり兄譲りの酷薄な面は見せていないことが今回のことでよく分かった。
この兄弟は、他人のそこまでの興味を持たない。
護衛として、多少、周囲に関心は持っていても、それは彼女の手助けをするための情報の一つでしかないのだ。
そして、私に気を配るのも、単純に高田の友人だからだということも十分過ぎるほど理解している。
この人の好い主人は見知った人間の危難を、まるで我が身に降りかかった時のように受け止めてしまうところがあるから。
それなりに彼らからの信頼を勝ち得ている自覚はあるけど、それでも、その懐に入ることができる気はしないし、元より入る気もなかった。
人間界にはこんな諺がある。
「触らぬ神に祟りなし」と。
関わり合いにならなければ、余計な災いを受けることもないのだ。
実に分かりやすく良い言葉だと思う。
だが、同時にこんな言葉があったことは私も忘れていた。
「時、既に遅し」
これまでに、ヤツらの様々な面を見せつけられていて、しかも、こちらの事情にもこの上なくしっかりガッツリ関わらせてしまった後だ。
そんな私が、今更、彼女たちから離れることなんて、できるはずもないのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




