隙間風のように?
あれから、いくつもの歌を歌わされた。
気付けば、また夕暮れ。
どれだけ長い時間、歌っていたのだろうか?
喉は痛くない。
負担のかかるような歌い方はしていないし、九十九が痛くもないのに、薬を掻き混ぜている腕と、喉に何度か治癒魔法を使ってくれたから。
だが、なんとなく、音楽再生機器にでもなった気分だった。
シャッフル機能、リピート機能だけでなく、リクエスト機能まで付いている音楽再生機器なんてないとは思うけど。
途中で、本来の目的である樹液が少なくなった時には、九十九がすぐに例の集落まで走っていたらしい。
気付けば、増えていたのだ。
それも結構な量が。
でも、樹液ってそんなにドバドバ出るものだっけ?
この世界の植物は本当に不思議が多い。
「結論から言えば、栞ちゃんは歌うことで『神扉』を開いているってことかな」
「はい?」
雄也さんの結論に、思わず目が点となったと思う。
いや、だってそれはありえない。
わたしの祈りでは、そこまでの「神力」はなかったはずだ。
いろいろな条件が整えば、微かに開くことはできるらしいけど、基本的には大神官である恭哉兄ちゃんの補助がないとできないと聞いている。
もしくは「聖歌」を歌う時。
でも、今回は「聖歌」一度もを歌っていないのだ。
「勿論、全ての歌ではないみたいだし、神のような大きな存在が通り抜けできるほどではないようだ。だけど、少なくとも小さな精霊……、大気魔気と呼ばれる『源精霊』や『微精霊』は出入りできるぐらいには開いていると思う」
「隙間風のように?」
確かに「源精霊」や「微精霊」なら、そんなに大きく開かなくても僅かな隙間から出入りできるだろう。
それらは空気みたいに小さな存在らしいから。
だが、わたしの答えがおかしかったのか、目の前にいた雄也さんがクッと笑いをかみ殺すような顔をし、水尾先輩はぶほっと割と激しく噴き出した。
「『源精霊』や『微精霊』を、隙間風扱いするような『聖女の卵』なんて、お前ぐらいだろうな」
そして、九十九は呆れている。
「でも、少ししか開いていない扉を通り抜けるのだから、隙間風みたいなものでしょう?」
「お前、それと同じことをあの大神官の前でも言えるか?」
「言えるよ? なんで?」
「うん。オレが悪かったらしい」
九十九の言いたいことは分かったけれど、わたしは恭哉兄ちゃんの前なら言える。
あの人は、わたしが多少変なことを言ったぐらいで動揺も困惑もしない。
これが、「赤羽の神官」などの高神官の前なら、ちょっと難しいとは思うけど。
「隙間風の話はともかく……」
雄也さんが咳払いをした。
「どうやら、樹液に含まれていた成分……、それが『源精霊』か『微精霊』かまでは分からないけど、栞ちゃんの歌に反応して開かれた『神扉』を使って、『聖霊界』へ行くことができた……、と。現場を見ていたリヒトたちの会話を纏めるとこんな感じかな?」
「突っ込みどころしかないのですが……」
その現場を見ていた「精霊族」コンビは今、仲良く意識を落としていた。
……と言っても、眠っているらしい。
だから、それが本当かをすぐに確かめることができない。
今回は「子守歌」だけでなく、いろいろ歌ったのだ。
だけど、まず、リヒトが先に眠ってしまい、それから間を置かずして、スヴィエートさんも眠ってしまった。
そこで、一旦、区切りとして、現時点での雄也さんの考えを聞かせてもらうことになったのだ。
つまり、二人が眠らなければ、わたしはまだ歌っていたことだろう。
「栞ちゃんから突っ込まれるなら、いくらでも喜んでお答えするよ?」
雄也さんはいつものように笑顔で応えてくれる。
その笑顔の裏ではしっかりと、わたしの投げかける言葉の全てを打ち返す準備をしているのだろう。
その笑顔に隙はない。
「じゅ、その樹液って……、精霊が含まれているんですか?」
「そこからかよ」
雄也さんではなく、何故か九十九が答えた。
「この世界の全てのモノには例外なく魔力が含まれている。そのうち体内魔気はともかく、大気中の魔力、大気魔気は全て『源精霊』や『微精霊』だ。だから、そこらの空気中にもそれを取り込む生物であるオレたちの身体にも漏れなく精霊が宿っていることになる」
精霊に詳しい楓夜兄ちゃんも、人間界で言う原子や分子がこの世界での下級精霊みたいなものだと言っていた覚えがある。
それはこの島に来た時にも一度は考えたことだった。
つまりは……。
「この身体は無限の精霊でできている?」
やっぱりそう言うことになるのではないのだろうか?
「いや、しっかり有限だけどな。大体、無限なら、お前の身体ももう少し……」
「それ以上は言うな」
九十九の口から酷い暴言が飛び出す気がして、言葉の途中で止めさせた。
「人間の身体の構成そのものについては、研究者でも意見が分かれているみたいだね。ただ、少なくとも、魔力の素となるのは精霊だという考え方は万国共通で主流かな」
まあ、自分の身体が自分以外のモノで構成されているというのはなかなか受け入れがたいだろう。
だが、生命活動そのものは、自分の意思で行われているわけではないという事実もある。
血液などの循環機能や、呼吸機能、消化活動とかは自分の頭で考えて、自分で動かしているわけじゃない。
無意識に考えているのだろうけど、そこには別の意思があるとも考えられるのだ。
それが実は、精霊と呼ばれる存在の意思があるのなら……?
「この身体に精霊が宿っているというのは理解できる気がします」
「全てではないけどね。とある筋からの情報では、人間の肉体構成はともかく、体内魔気については、魂と呼ばれるモノによるものらしいから、ちょっと違うみたいだけどね」
雄也さんが口にした「とある筋からの情報」という言葉で、なんとなく金髪の情報国家の国王陛下を思い出した。
確か、大聖堂でそんな話をした覚えがある。
あの場には雄也さんはいなかったけど、九十九がいたのだ。
彼の報告からあの時の話が全て伝えられていることは考えられた。
でも、毎回思うけれど、九十九ってどれだけ記憶力が良いの?!
「他に突っ込みは?」
さらに別の問いかけを促される。
「わ、わたしの歌に反応して『神扉』が開かれたというのは?」
それが一番、重要だった。
それが本当なら、わたしは無闇に歌うことができなくなってしまう。
「感情が込められた歌……だと開きやすいみたいだね。最初の『ゆりかごのうた』もそうだったけれど、俺たちがリクエストした歌は全て、『神扉』が動いたようなことを二人が言っていたのを聞いたよ」
「す、全て!?」
ちょっと待って?
それっておかしい!!
「リヒトたちは『神扉』という言葉を知らない。だけど、二人とも、上空を見ながら、『扉』が開いたと言っていた。それも大気魔気……、『源精霊』や『微精霊』たちが通れることを感謝するような扉だ。だから、そこまで外れてはいないと思うよ」
「そ、そんな……」
わたしが気を付けるべきは、「聖歌」だけだと思っていた。
だけど、それだけではないってことだ。
「その辺りは、大神官猊下に改めて相談かな。どちらにしろ、あの方に報告しなければならないことが他にもあるからね」
「そ、そうですね」
水尾先輩が連れ去られていた場所……アリッサム城は、質の悪い神官たちのたまり場みたいになっていたらしい。
それも大規模な組織的犯罪が絡んでいたような形跡もあって、それらの全てが九十九や水尾先輩だけですぐに解決できるような状態ではなかったそうだ。
だから、大神官に伝えることになった。
「仕事、増やしちゃうな……」
そのことが申し訳ない。
ただでさえ、恭哉兄ちゃんは多忙なのに。
「今回のことは各国の怠慢だ。大神官猊下だけに咎はない。どの国だって、神官はいるし、聖堂もある。まあ、神官育成を謳っている法力国家ストレリチアに一番、非難の眼は行くことになるだろうけど……、それだけだよ」
雄也さんはそう言ってくれるけど、素直にそう思えないのは、わたしが捻くれているだけなのだろうか?
「それに、大神官猊下も不出来な神官たちが引き起こす頭の痛い問題を抱えてばかりいるより、もっと別の、可愛らしい『聖女の卵』のことを考えている方が癒されると思うよ」
雄也さんはわたしを慰めるようにそう言って笑ってくれた。
「なあ、信じられるか? これを素面で言ってるんだぞ、この男」
わたしたちの背後で、水尾先輩が九十九に話しかけているのが聞こえる。
いろいろ、台無しである。
「酒が入ると真顔でもっと凄いことを平気で言い始めますよ。これでもかなり押さえらえている方です」
「マジか?!」
水尾先輩ではないけど、マジですか?
さらに、この上があるの?
なんとなく、雄也さんを見てしまう。
「一緒に呑んでみるかい?」
目が合うと、さらにそんなことを笑いながら言うので……。
「怖いので、止めておきます」
素直にお断りさせていただくことにする。
「それは残念」
どこまで本気か分からないけれど、雄也さんはそう言って妖艶な笑みを深めたのだった。
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