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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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まさかここまでのものとは

「それで、わたしは何を歌えば良いのでしょうか?」


 目の前には例によって、透明になった樹液の入った小瓶。

 そして、それを掻き混ぜるために必要な玻璃(ガラス)の棒の準備もできている。


 さらに、腕まくりをして気合十分だった。


 だが、その気合はいきなり空振りを見せる。


「さくらさくら」


 雄也さんの口から出てきたのは日本の花を代表する歌。

 でも、どちらかと言えば、風景を歌った歌だと思う。


 わたしも好きな歌だった。


「荒城の月」


 と、意外な選曲をしたのは水尾先輩。


 声を大きく出しやすくて歌いやすい歌だけど、水尾先輩の立場からだとかなり複雑な気分になる歌なんじゃないかな?


「ふるさと。ああ、港町で歌ったヤツな」


 と、続けて意外な選曲をしたのは九十九だった。


 なんでこの歌を選んだのか、本当に分からない。


 故郷に思い入れがあるタイプでもないし、ましてや、錦を飾ることを誇るタイプだとも思っていない。


 そんな人なら、わたしの護衛なんてやってないよね?


『ユ~リカゴの……ってやつ』


 これはスヴィエートさん。


 彼女はこの歌を気に入ってくれたから、想定内だ。

 でも、なんでここまで気に入ってくれたのかは分からない。


 歌詞も人間界の、それも日本の歌だから、ほとんど意味も分からないと思うのだけど、それでも満足してくれる。


『あの港町でツクモと歌った確か……「モミジ」? という歌。あれは不思議な歌い方だった』


 最後にリヒト。


 ああ、「もみじ」は短い合唱曲だけど、二部合唱にするとその構成が面白い歌だよね。

 前半部は輪唱みたいだし、後半部はハモりもある。


 後追い、低音パートが良いよね。

 そこがわたしも好きなのだ。


 でも、この歌だと、別の人の協力もいる。


 そうなると、あの時、一緒に歌った九十九が良いけど、彼も低音パートの方が良いってあの時も言っていたからな~。


 だが、何故か、見事に意見が分かれたことだけはよく分かった。

 これは何の嫌がらせでしょうか?


「一度に全部は無理ですよ?」


 残念ながら、わたしの口は一つしかないのだ。


「それでは順番を決めようか」


 雄也さんが言った。


 それは、一曲ではなく、全部歌えってことですね?


『じゃあ、アタシが一番だな』

「どうしてそうなる?」


 スヴィエートさんの言葉に水尾先輩は納得いかないようだ。


『だって、お前たちはアタシの耳が必要なんだろ? それなら、協力する以上、一番だ』

「ぐっ!!」


 確かに正論ではある。


 今回、スヴィエートさんは協力者という形で参加してもらっているのだ。


「それでは、『ゆりかごのうた』からですね」


 だが、スヴィエートさんは眠ってしまわないだろうか?


 5分ぐらいなら、大丈夫かな?


 両手で玻璃(ガラス)棒を握りしめ、息を吸って吐く。


 そして、からからと薬を混ぜて……。


「それでは……」


 そう言って、口を開いた。


 できるだけ心を込めて、幼い頃、母が歌ってくれたあの歌を意識する。


 金糸雀(カナリヤ)、枇杷、木ねずみはこの世界には存在しないはずだし、夜空に浮かぶ黄色い月すらも、この世界にはない。


 勿論、この歌の歌詞は、人間界でも見ることはできない光景ではあるが、不思議とその絵が胸に思い浮かぶ。


 そう言えば、こんな絵は描いたことはなかったな。


 子供の頃、眠りに落ちる直前に優しい声を聞き、優しい瞳を見て、優しい手に撫でられていた。


 ただそれだけで随分と安心したものだ。


 いつから、母と一緒に眠らなくなったのかはもう思い出せないけれど、それでも、あの幸せな時間は忘れていなかったのだろう。


 歌う直前に母の話をしたせいか……。

 なんとなく、会いたくなってしまった。


 これまでにこんな感情はあまり湧かなかったけれど、やはり、わたしは淋しいらしい。


 繰り返し紡がれる「揺籃歌」。

 ここ数日で恐らく一番歌っている歌だろう。


 スヴィエートさんに何度もリクエストされ、雄也さんの前でも、九十九の前でも繰り返し歌っている。


 時間としてはこの樹液が満足して沈黙するまでの時間。


 大体5分ちょっとらしいけど、わたしが今、歌っている歌は割と短いために何度も繰り返し歌うことになる。


 後、何回歌えば良いのかな?


****


『なんだか、あの水。シオリが歌い出してから、ふるふるしてきた』

『ああ、それは「切ない」という感情だな』

『切ない?』

『悲しくて胸が締め付けられるほど苦しいという意味だ』


 オレの前方にいる精霊族たちの、どこか不思議な解説が聞こえる。


 水……、あの樹液が本当にそんな感情を抱いているのかは分からない。


 あの精霊族たちの眼には一体、何が映っているのだろうか?


 会話を聞けば、何らかの糸口になるかと思っていたが、自分にその感覚が分からない以上、疑問が増えていく一方だった。


 栞の周囲を取り巻く大気魔気は確かに変動しているが、それは、少し前とは違った動きを見せていた。


 風属性が主なのは変わらない。

 だけど、それ以外の属性も見え隠れしている。


『シオリは悲しいのか?』

『悲しくはないけれど、淋しくはあるようだな』


 淋しい?

 それはどういうことだろう?


 あの歌にそんな効果があるのか?

 だが、普通の子守歌だよな?


 ああ、でも綺麗な歌だ。

 何度か聞くうちに思い出していく。


 これは、昔、チトセ様が、オレや兄貴が城に来て間もない頃、よく歌ってくれた歌だった。

 懐かしい……。


 少しだけ、栞の歌い方は母親である千歳さんとは違うんだな。


 母娘なのにそれが不思議だ。


 声の伸ばし方とか、強弱とかがちょっとだけ違う気がした。


 尤も、オレの記憶にある千歳さんの歌はかなり昔のものだから、いろいろ間違えて覚えている可能性もあるけれど。


 ああ、確かにこの歌は切なくなるな。

 幼い頃の思い出が重なる。


 一番、何も考えずにいられた時代だ。


 衣食住が保障され、教え導き、護ってくれる大人たちが周囲にいてくれた時期。

 兄貴がいて、ミヤドリードがいて、千歳さんとシオリが傍にいたとても大切な思い出。


 だが、戻りたいとは思わない。


 あの頃があるから、今がある。


 そして、あの思い出があったから、これまで頑張れた部分もあったけど、それはもう既に遠い昔の話だ。


 オレは、今が大事だから頑張るのだ。


『あ!!』


 突然、「綾歌族」の女が叫んだ。


『シオリ!! 「もんわか」だ!! 水が「もんわか」したぞ!!』


 例の謎単語「もんわか」だ。


 薬が満足したという意味らしいが、実際、どういう言葉なんだ?

 思わず、リヒトを見た。


 水尾さんは顔ごと、兄貴は横目でリヒトを見ていた。

 今、リヒトを見ていないのは、栞だけだ。


 栞はまだ歌い続けている。

 キリの良い所まで歌いたいらしい。


 注目を浴びているリヒトは溜息を吐いた。


『スヴィエート、あれは……、「感謝」と言うんだ』

『かんしゃ?』


 恐らく「綾歌族」の女の疑問は、そのままオレたちの疑問だったと思う。


 樹液が、「感謝」だと?


(おと)が小さくはあったが、感謝だったと思う。あるいは、満足? よく分からん』

『それが「もんわか」だ!! 嬉しくて嬉しくてたまらない状態だ!!』

『いや、その後に、あの場所への扉がとどうとか言っていた』

『ああ、扉が開いたから、これで通れるって話だな』


 ――――はあっ!?


 そんな「精霊族」たちの不思議な会話に思わず叫び声を上げかけた瞬間、それを察した兄貴に口を塞がれた。


 どこからか出されたタオルを投げつけられる形で。


 その白いタオルからは、ふわりと良い香りがした。

 兄貴の匂いじゃなくて、もっと別の……、なんだ?

 いや、そこが問題じゃなくて。


 要は、大きな声を上げて二人の会話を邪魔するなということらしい。


 別の方向に思考を逸らされた今なら分かるが、もう少し手段があったのではないだろうか?

 確かに早いし、確実だけどな。


 だけど!!

 思わず、投げつけられたタオルを握りしめたまま、兄貴へ目を向けかけ、なんとなく、またタオルを見る。


 このタオルから不思議な感覚がある気がした。


 こう、落ち着く……、いや、癒される? ような?

 この白さが良いのか?


 どう見てもごく普通のタオルなのに、強く握った瞬間だけ不思議な香りがするのだ。


 タオルを握りしめながら首を捻るオレの姿を見て……。


「まさか、ここまでのものとはな」


 と、かなり小さな声で兄貴が呟いたのが聞こえた気がした。

今回の話の補足。


記憶力が良すぎる方なら思い出してくださるかもしれませんが、護衛・弟に投げつけられたタオルは少し前に主人公が使ったタオルだったりします。

但し、ちゃんと「洗浄魔法」を使用済み。

それでもその気配に気付いてしまう護衛・弟!

ストーカー素質はバッチリだ!!


こんな所までしっかりとお読みいただき、ありがとうございました。

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