王族は化け物
「まあ、先ほどの先輩の例は極端だと思うけれど、高田の思考がそれだけ動かし難いことはよく分かった」
水尾先輩は溜息を吐きながらも、そう言った。
「でも、私も九十九と先輩が兄弟ではないってことはありえないとは思っているけど、九十九と高田の兄妹説は少しだけ考えたことがある」
「「へ?」」
九十九とわたしの声が重なる。
「顔、似てませんよ?」
「体内魔気も全然違いますよ?」
わたしと九十九がそれぞれ否定した。
「それはそうなんだけど……、なんだろう? その割に繋がりが強すぎる気がするんだよな」
水尾先輩は顎に手をやりながら、考えている。
「繋がりが強すぎる?」
どういうこと?
わたしが首を捻っていると……。
「分かりやすく言うと、高田は、離れた時、私と九十九の気配のどちらを強く感じるか? って話だな」
「……九十九ですね」
水尾先輩の体内魔気はかなり強い。
近くにいると、嫌でもその眼を引き付けられてしまうほどに。
でも、九十九は今回のように結構な距離を離れても、その気配を微かに感じ取れていたというのに、水尾先輩の気配は全く感じなかった。
「まあ、幼馴染で昔から、互いの気配に馴染みがあって、さらに現状、近くにいるってこともあるけど、似たような条件でも、先輩よりも九十九の方……だよな?」
「そうですね」
九十九と雄也さんでも、九十九の方がはっきりと分かる。
「それだけ聞くと、俺が栞ちゃんに振られたみたいだね」
「違いますよ?」
笑いながら、なんてことを言うのか、この人は。
そもそも、彼らのどちらかを選ぶ権利なんてわたしにはないのに。
「前にも気になったんだよな~。九十九が高田から『嘗血』をしたことがある気がして……。でも、それなら、高田の方にもあるのは変なんだよ」
「そう言えば、つい最近、水尾さんから聞かれましたね」
水尾先輩が言う「嘗血」とは、確か、儀式の一つだったと思う。
養子縁組の儀式であるのは、お酒に互いの血を数滴、落として、混ぜ合わせた後、飲み合うことで血の絆を結ぶとかいう話だったはずだ。
ただそれは建前の話。
実際には、相手の血を取り込むことに意味があるらしい。
儀式という名前に隠されて、その本質を誤魔化していることなどいっぱいあると、大神官である恭哉兄ちゃんから聞かされていた。
だから、わたしは無暗に誰かに血を与えるなと。
でも、普通は頼まれても他人の血を呑むなんてやりたくないよね?
勿論、例外はあるけど。
吸血鬼……、いや、与える側はなんと言うんだっけ?
供物?
生贄?
『お前たち、話も思考もかなり逸れているぞ』
「おお、悪い」
そんなリヒトの言葉に、水尾先輩がまた頭をかいた。
いつもは軌道修正してくれる雄也さんが何か難しい顔で考え込んでいるために、リヒトが言ってくれたのだろう。
「……で、何の話だったっけ?」
そして、本気で忘れていたらしい。
「えっと、確か、水尾さんがオレと栞の意思疎通ができてないとか言った覚えがある気がするのですが……」
「ああ、思い出した」
九十九の言葉に水尾先輩が嬉しそうに手を叩いた。
「高田が自分のことを『化け物に見えてないか? 』と問いかけた時、九十九は何を思った?」
「『何の話だ』? と」
「……そういう意味じゃなくて……」
うん、多分、水尾先輩が言いたいのはそんな話ではないとわたしでも思う。
「いや、だって、栞のどこが化け物なんですか?」
九十九からすれば、本当に不思議なのだろう。
「修行を重ねた神官でもないのに神力を意のままに振るうなら、人類の中には『化け物』と認識するやつもいる」
「水尾さん!!」
水尾先輩の直接的な言葉に、九十九が語気を荒げた。
でも、そういうことだ。
言葉を飾ったところで、人の考えまで誤魔化せるはずがない。
「聖女」だのなんだの言ったところで、人と違う力であることには変わりがないのだ。
それを「化け物」と言わずして、なんと……。
「それでもって、その考え方で言えば、私も立派に『化け物』なんだよ」
「ほふ?」
水尾先輩の言葉にわたしの思考が止まった。
「考えてみろ? 土中から火柱を何本も出すとか、猛々しいほどの炎を大きな鳥の形に模すとか……。多分、一般人にはできん」
「確かに」
わたしではなく、横にいた九十九の方が納得してしまった。
「で、でも、それって、魔法国家の王族だからできることなのでは?」
「だから、一般人から見れば、王族は化け物ってことだな」
そんなとんでもないことを、かなり良い笑顔で言われてしまった。
「そ、そうなると、『聖女の卵』かつ『王族の血』を引くわたしは、化け物×化け物で……」
「人間を超越しまくった存在だな」
「ふげえええええええええっ!?」
そんな結論をあっさりと口にされて、思わず奇妙な声が出てしまった。
「程度の違いはあっても、王族の血を引く人間は基本的に化け物……、人間離れした存在として扱われる。特に王族の血が濃いほど、つまり、大陸神の加護が強いほど、それは能力として現れやすいから、そこは仕方がないことだ」
水尾先輩は穏やかな顔をしてそう語る。
「だが、大事なのはその力の使い方だ。恐ろしい存在ではあっても、それが自分たちを護る力なら、英雄となり慕われ、自分たちを害する力なら、人間でありながら魔神と呼ばれ、忌むべき存在として扱われる」
さらに言葉を続けた後……、水尾先輩は確認する。
「高田は私を排除すべき化け物だと思うか?」
「いいえ」
その言葉には即答できた。
確かに魔法は凄いけれど、本当の意味で怖いとは思わない。
「じゃあ、大神官のことは?」
「全く」
首を振りながら、そう答える。
あの人は、「神扉」を開けるし、あのワカすら制御できるほどの人だ。
でも、怖くはない。
寧ろ、優しい。
「マオのことは?」
「思えません」
真央先輩は体内魔気こそ凄いけれど、そこまで脅威に思えない。
「じゃあ、九十九のことは?」
「は? オレ?」
いきなり話題を振られて、九十九が奇妙な声を上げる。
「九十九は……、化け物じゃないよね?」
「そこで確認するなよ」
確かにいろいろ凄いけれど、九十九は化け物だと思わない。
「先輩のことは?」
「思えませんね」
雄也さんも凄いし怖いとも思うけれど、わたしが考える化け物とは全然違う。
「なんで、兄貴の時は即答なんだよ?」
「なんとなく?」
九十九のことを先に言われたから、雄也さんも来るかなと心構えができたためだとは思う。
「でも、一般人からすれば、私たちのように魔力が強く、魔法力も多いのは十分過ぎるぐらい脅威なんだ。だから、さっき言った排除したくなる存在と思い込むやつもいる。それが自分に向けられたら怖いからな」
「なるほど……」
それは分からなくもない。
でも、わたしが考えていた方向性とは違う。
わたしは無意識のままその脅威となりえるのだ。
「そこの女」
『は?』
水尾先輩はいきなり眠そうにしていたスヴィエートさんに声をかけた。
「誇り高き『綾歌族』の一員であるお前に問う。この中で一番、お前が敵に回したくない『化け物』だと思うのは誰だ?」
『一番の……?』
水尾先輩に問われるまま、ぐるりと見渡し……。
『ユーヤだ』
笑顔で答えた。
「「……なるほど」」
九十九と雄也さんの声が重なるが、込められたい感情は全く別の物だったことだろう。
『強いのはツェケモだ。アタシも簡単に縛られた。シオリは怖いけど歌を教えてくれた。お前は、乱れてるから分からんが、強そうだ。でも、ユーヤは話が通じない。アタシに命令する。仲間に酷いことする。みんなが言うことを聞く。厄介だ。だから敵は嫌だ』
その飾り気もないストレートすぎる評価に、わたしと雄也さん以外の者が同時に噴き出した。
リヒトすら笑っている。
「スヴィエートさん、わたしが怖くないのですか?」
『怖い。それはさっき言った。仲間に怪我をさせたから。でも、シオリが歌うと小さいのが落ち着く。笑う。光る。それは悪い人間にはできないことだ』
そう言ってさらに笑う。
その顔に含みなどない。
いや、彼女はそんな腹芸ができる人でもなかった。
だから分かる。
この言葉に嘘はない。
『ああ、でも、勘違いするなよ。許したとは違う』
スヴィエートさんはわたしに鋭い目を向ける。
『仲間が治るまではアタシは許さない』
そう言った彼女の瞳は、確かに強いものだったけれど、最初の頃に向けられた敵意とは全然種類が違う気がしたのだった。
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