各々の考え方
―――― この女とは絶対に合わない。
それが、私が最初に抱いた感想だった。
普通、その料理を手掴みで食うか?
料理に、いや、作ってくれた九十九に謝れ!
そう叫ばなかっただけマシだろう。
いや、百歩譲って、手で食うのは良い。
だけど、両手食いってなんだ?
しかもボロボロ零して汚すぎる。
子供か?
出会ったばかりのリヒトはずっとマシだったぞ?
同じ精霊族である長耳族もマシだった。
少なくとも私たちにスプーンを出してくれたから。
そうなると、これは「綾歌族」独自のものか?
いきなり皿に口付けて食うような犬食いしなかっただけマシなのか?
『こ、これはなんだ!?』
さらに、食事中に立って叫ぶな。
『ツクモが作った料理だが?』
長耳族であるリヒトが丁寧に教えてやるが……。
『これをそこの黒い人間が作ったのか!? だが、美味いぞ!?』
女は気にせず興奮したまま叫び続ける。
口に物を入れて叫ぶなよ。
そして、どういう意味だ?
九十九が作る料理はいつだって美味い。
『黒い人間ではなく、ツクモだと教えたはずだが』
『分かってる。ツケイモだ。覚えているぞ』
覚えてねえ!!
『ツケイモではなく、ツクモだ』
『そうか、そうか。ツェケモの食事は美味いな』
料理を褒めるか食うかどちらかにしろ。
そして、名前は間違えたままだ。
いろいろ失礼過ぎないか?
「その女と私たちが食っているのとは違うんだな」
話題を変えたくて、私は九十九にそう声をかける。
この件で怒って良いのは九十九だけだ。
同じように食うだけの私には何も言う権利がない。
「彼女の料理は、リヒトと同じものにしました」
「ああ、あの味が薄いヤツか」
九十九が長耳族であるリヒトの料理を別に作っているのは知っている。
味は薄いけど、やっぱり美味いんだ。
『村の食事と全く違う。でも、美味い!!』
あんな村の食事と九十九の料理を一緒にするな。
九十九の腕は、どこに行ってもスカウトの手が伸びるぐらい凄いんだぞ。
だが、九十九はどこの厨房にも収まらない。
ただ大切な主人のためだけに腕を振るうのだ。
『スヴィエート。お前は、「匙」という道具を知っているか?』
よく言った。リヒト!!
私は思わず賞賛の拍手を送りたい心境だった。
『さじ?』
「綾歌族」の女は首を傾げる。
やはり知らないらしい。
この島はどこまで人を不快にさせるんだ?
少しリヒトは考えて……。
『言葉を変えよう。お前たちは食事をする時に道具を使わないのか?』
質問を変えた。
『ああ、皿のことか?』
違う!!
本当に無知なんだな。
これは精霊族だからなのか?
単純にこの女の脳が足りてないだけなのか?
『なるほど……。俺は恵まれていたんだな』
リヒトが大きく息を吐いた。
そう言いたくなる気持ちも分かる。
私が同じ立場なら同じように零すだろう。
勿論、リヒトが言いたいのは集落での扱いではなく、教育の問題だ。
このリヒトは同族からは酷い扱いを受けていたが、幼い時期、母親が生きている頃はある程度の躾をされていたように思える。
そうでなければ、いくら、そこで涼しい顔して飯を食っている先輩から教育を詰め込まれたとはいっても一年ぐらいでどうにかできるはずがないのだ。
ある程度の下地、基礎があったからこそ、その上に重ねることができたのだと思う。
だが、そこの女にはその基礎となる地盤が全くない。
だから、今のままでは、私たちに合わせることなどできない気がした。
『なるほど……』
リヒトがまた息を吐く。
『各々の考え方はよく分かった』
ああ、リヒトは私たちの思考を読めるんだったな。
そうなると、私の考え方は相手に対する侮辱ともとれてしまう。
もし、リヒトがこの女のことを憎からず思っているとしたら、ちょっと面倒だな。
なんとなく、目線を逸らしてしまう。
相手に思考が読まれるというのは、なんともやりにくい。
「リヒト……。聞こえるのは仕方ないが、それをわざわざ口にするな」
一番、思考を読まれたくないと思われる先輩が代表してそんなことを口にした。
『悪い』
リヒトもどこか気まずそうに謝罪する。
勝手に人の考えが流れ込んでくるって便利そうだけど、同時にかなり面倒だな。
だけど、違う性質の人間たちが共に行動しようと言うのなら、それらになんとか折り合いをつけていくしかないのだ。
****
『こ、これはなんだ!?』
食事中に「綾歌族」の女が突然、叫んだ。
食えないものが入っていたのかと警戒する。
『ツクモが作った料理だが?』
何かを察したリヒトがそう言うと……。
『これをそこの黒い人間が作ったのか!? だが……、美味いぞ!?』
どうやら、お気に召してくれたらしい。
リヒトと好みが似ているようで良かった。
いきなり、知らない「精霊族」たちの料理を作ることになったら戸惑ったかもしれないが、幸い、オレはリヒトで慣れていたし、ヤツの好みもある程度分かっているつもりだ。
だから、リヒトに合わせてみたのだが、その考えに間違いはなかったようだ。
『黒い人間ではなく、ツクモだと教えたはずだが』
『分かってる。ツケイモだ。覚えているぞ』
『ツケイモではなく、ツクモだ』
『そうか、そうか。ツェケモの食事は美味いな』
リヒトも始めはオレの名前がうまく言えなかった。
なんとなく、感慨深いものがある。
たった一年ほどで随分、成長したものだ。
……一年、だよな?
なんだろう?
もっと長い月日が経っているような気がするのは。
「その女と私たちが食っているのとは違うんだな」
水尾さんからそう声をかけられる。
「彼女の料理は、リヒトと同じものにしました」
「ああ、あの味が薄いヤツか」
まあ、水尾さんの好みからすれば、リヒト用の食事はかなり味が薄く感じるだろう。
アリッサムにいた時はかなり濃い味だったらしいから。
健康のためには、リヒトたち用の食事の方がずっと良いんだけどな。
『村の食事と全く違う。でも、美味い!!』
どんな料理を食べていたのだろう?
逆に気になる。
長耳族の集落では薄味で、どちらかと言えば、素材勝負の料理が出された覚えがあるから、似たようなものだと思う。
『スヴィエート。お前は、「匙」という道具を知っているか?』
『さじ?』
「綾歌族」の女は首を傾げるが、こんな場所で、そんな道具なんて使う必要はなかっただろう。
少しリヒトは考えて……。
『言葉を変えよう。お前たちは食事をする時に道具を使わないのか?』
質問を変えることにしたようだ。
『ああ、皿のことか?』
そして、「綾歌族」の女は笑顔で答える。
生活用の道具はある程度、余裕がなければ生み出せない。
この島の建物は風雨を凌ぐ程度。
そして、建物内に家具は見当たらなかった。
他の精霊族を見ても、服すら恐らく最低限。
そんな場所で、そんなものはなかっただろう。
何より、薬で思考を蝕まれている奴らだ。
食事に味や、ましてや楽しみなど見出すことはできなくても不思議ではない。
『なるほど……。俺は恵まれていたんだな』
リヒトが大きく息を吐くが、一概にそうとは言えない。
リヒトは同族から虐げられていたが、この「綾歌族」の女は、護られ、それなりに愛情も受けていたらしい。
そこが大きく異なっている。
だが、どちらが良いかなんて、当事者ではないオレには想像することしかできない。
『なるほど……』
リヒトがまた息を吐く。
『各々の考え方はよく分かった』
読まれていたらしい。
だが、この場にいる人間たちの思考を同時に読むって凄いよな。
心の声が強い人間ほど聞こえると聞いているが、この場所では、栞と水尾さんの声が一番、聞こえているかもしれない。
「リヒト……。聞こえるのは仕方ないが、それをわざわざ口にするな」
対策をガチガチにしている人間は涼し気な顔をしてそう答えた。
『悪い』
この場合、リヒトは誰に謝ったのだろうか?
心を読めないオレには分からない。
まあ、兄貴が今、口にしたのだって、栞と水尾さんに伝えるためだと思うけどな。
兄貴自身は、リヒトにその思考を読まれにくくするために、銀製品を身に付けて対策をとっている。
珍しく、頭に銀環を付け、銀の耳飾りをしているのはそういう理由だ。
尤も、それでも強く考えたことは読まれてしまうみたいだが、その部分だけ気を付ければ良い。
思考を閉じる、自分の体内魔気で覆い隠すって結構、疲れるからな。
今のオレは別に読まれても困ることなんか考えていないから、特に対策をするつもりはなかった。
リヒトに対する同情も、そこの「綾歌族」の女に対して抱く感情も、オレにとっては考えの一つでしかないのだ。
だから、好きなだけ読め。
それが、リヒトの成長に繋がるのなら。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




