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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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美容師、降臨

「本当に、殿下は一度決めたら退()いてくれませんね」


 そう言いながら、雄也先輩はわたしを向く。


 その瞳は「だから、諦めろ」と言われている気がした。


「え?」


 ちょっと待ってください! という言葉を飲み込む。


 正直、それを雄也先輩が認めてしまうとは思わなかった。


 わたしは髪や瞳の色は変えたが、顔自体は変えていないのだ。


 その上、自分ではよく分からないけれど母に似ていると言われていたのだから、それって結構問題なのではないだろうか?


 体内魔気ってやつがほとんどないけれど、気付かれる可能性があったから、外見の色合いを変えたとではなかったっけ?


「ユーヤならそう言ってくれると思っていたよ」


 王子さまはこちらの気も知らずに満足そうに微笑んだ。


 ああ、絶対命令者ってこんな感じなのか。


 確かに、逆らえる気がしない。

 命令の仕方も心得ている。


「それでは、今から始めますので暫くの間、殿下は別の部屋へ行っていただけますか?」

「何故だ? 見ていたらいけないのか?」

「殿下が女性の装いの変化を楽しむようなご趣味があるのなら私も止めません」


 いや、そこはしっかりと止めてください。

 婉曲な表現だけど、着替えを見る趣味があるならどうぞってことですよね?


「ほう。……それは、それなりに化けさせるということか?」


 王子さまは面白そうな顔つきになる。


「着飾れとのご要望ですし、このままだと殿下がかなりの年下趣味ということになりかねませんからね。ああ、セリム=ラント=ヴァイカルさまを選ばれるというのならそれでも問題はないでしょうけど……」


 ちょっと雄也先輩?

 かなりの年下趣味って、実年齢はそこまで差がないことをご存知ですよね?


「分かった。お前に任せる」


 それでも説得力があったようで、思いの(ほか)、彼は素直に雄也先輩の言葉に従い、先程まで絵を見た部屋に行った。


 ちょっと複雑……。


 そして、わたしは雄也先輩と2人で部屋に残される。


「さて…………」


 その言葉で体がビクッとなったことが分かった。


 いや、本当に悪いのはわたしだから、怒られるというのは仕方ない。


 それでも……、いつもの彼の九十九に対する扱いを知っている人間としては怖いと思ってしまうのだ。


 いや、流石に、わたしにあそこまではしないと思うけど。


「色々と聞きたいこと、言いたいことはあるけど今はそれどころじゃないようだね」


 雄也先輩はいつものように微笑んだ。


 先ほどまでの王子さまと話していた鋭い目つきでもなくてちょっと安心する。


「ご、ごめんなさい」

「いや、愚弟(つくも)が見ていなかったからだろ? 久し振りの魔界に舞い上がっていたのを知っていて、アイツに任せきりにしていた俺にも責任はある」


 そこで、九十九のせいにしてはいけないし、雄也先輩にそう思わせてもいけない。

 悪いのはどう考えてもわたしなのだから。


「でも、うっかり森まで行ってしまったのはわたしの不注意ですし……」

「ある意味、そこで兵ではなく王子殿下に見つかったのは幸いだったかもしれない。しかも、あの方に気に入られるとは…………、俺も驚いたよ」

「結果として、かなり妙な方向へ話が動いてしまった気がするのですが……」


 なんと言うか……、あまりにも気に入られすぎて、後の怖さがヴァージョンアップしてしまったみたいな?


「陛下と千歳さまの出会いも、城下の森だったそうだよ。血縁というものの力を思い知る話だね」

「母さんも……?」


 出会いはあの城下の森だったとは……。


 いや、母も王さまも何やってたの?


「陛下が王子殿下と呼ばれる地位にあった頃。日課として天馬の世話をしていて、森の中で千歳さまを見つけたらしい」

「うわ……」


 雄也先輩の言葉を聞いて、思わずげんなりしてしまった。


 少し聞いただけでも今回の話と重なりすぎて、これを「血縁」の言葉で片付けて良いのか疑問に思うレベルである。


 もしかしなくても、あの森自体がそういった何かを引き寄せる奇妙な魔力が働いているんじゃないのかな?


「しかし、参ったな。結局、栞ちゃんを黒髪、黒い瞳にしなければならないとは……」


 やはり雄也先輩も気は進まないみたいだ。


 王子という上位の人間からの命令だから断りきれなかっただけなのだろう。


「本当の姿に戻すことが一番楽だろうけど、その結果が予測できないな」

「あの王子殿下は気にしていないようではありましたが……」


 わざわざ雄也先輩が言ったのに、それでもあの王子さまは気にしないと言いきった。


「心の傷というのはそう浅いものじゃないと思うよ」

「やはり、王子殿下から見ればわたしたち親子は良くない存在なのですね」

「まあ、それは仕方ないね。それに、どちらかと言うと問題は王子殿下より王妃殿下だ。あの方は黙っていないかもしれない」

「うげ……」


 思わず変な声が出た。


「幸い、王子殿下はキミを着飾らせてくれと言った。それなら少しはなんとか誤魔化す方法はある」

「雄也先輩は、もっと反対してくれるかと思いました」

「断ることもできただろうけど、他の人間に任せてもっと取り返しがつかないことになるよりは、俺がした方がマシだと判断した。近くにいれば多少不自然な点も濁すことができるしね」

「確かに……」


 その言葉に納得するしかない。


 雄也先輩が引き受けなければ他の人にされる可能性もあった。

 いや、あの様子では間違いなく他の人がやることになっていただろう。


 それならば、事情をわたし以上に理解しているこの方に全てを任せた方が、わたしとしても心強い。


「幸い、千歳さまは着飾られる人ではなかった。その辺が逃げ道だね」


 今と変わってないのか、母。


 そう言えば、あまり化粧も濃くはない。

 ……ってか、してない気すらする。


「じゃあ、髪と顔、それに服の準備をしようか。髪は元の長さより、今のこの長さにしないとこの国では、不自然かな。目はカラーレンズを外して、睫毛と眉毛、それに目元の陰影で印象を変えようか」


 そう言って、最初にこの国へ来たときのように、次々とカツラや服を取り出し、雄也先輩はこの場に広げていく。


 人の手が少なくて済むのは、便利だよね。


「お手数おかけします」

「いや、俺は楽しいから良いよ」

「……楽しい?」


 はて?

 この状況で、雄也先輩が楽しめる要素なんてどこにある?


「うん、楽しいよ。王子殿下の要望に応えつつ、栞ちゃんの正体を看破させない。それはそこまで難しくはないからね」


 そう言いながら、雄也先輩は一通りの物を取り出した後、化粧道具と思われるものも準備している。


「……化粧もされるのですか?」

「その方が別人に見せられるからね。殿下が驚くような変身をさせてあげるよ」


 本当に嬉しそうな雄也先輩。


 そんな顔を見て……。


「……自分が一番驚くことになりそうです」


 そう言うしかなかった。


 わたしは記憶がある限り、本格的な化粧というものをしたことがない。


 校則違反になるから学校では特に何もできなかったのもある。


 休日でも、おでかけとかでリップを塗ったことがあるぐらいだ。

 それも薬用リップ……。


「肌を白めにしているから、それは活かしたいな。この辺りは千歳さまとも色が違うから問題はないだろう。唇も紅を引いたままの方が良さそうだ。でも、もう少し重ねようか。個人的な好みならシアータイプだが、くっきりさせるならマットタイプにした方が無難だな」


 あ? あれ?

 もしかして、わたしより詳しくない?


 シアーってなに?

 マットってどんなの?


 ツヤ出し?

 グロスとは違うの?


「ファンデは肌の色と変わらないものを使った方が良いか。その分、チークを工夫しよう。重ねやすいパウダーチークは……っと。ああ、この中で好みの色はあるかい?」


 そう言って、雄也先輩が別の箱を取り出して、わたしに見せる。


 なんだろう?


 この美術の色見本をさらに細かくしたような色たちは。このピンクとこっちのピンクの違いなんて全然、分からない。


 こっちのオレンジとこっちのオレンジだってほぼ同じ色だ。

 何? この世界……。


「よ、よく分からないので、お任せします」


 わたしがそう言いながら頭を下げると、雄也先輩は「本当にキミたち親子はよく似ているね」と声を押し殺しながら笑った。


 こうなれば、全部、母の教育のせいということにしておこう。


 刷毛で顔を(くすぐ)られるのも緊張したけど、それ以上に、口紅を小さな筆で塗られる時が一番緊張した。


 (くすぐ)ったくでも笑えないということもある。


 でも……、かなり好みの顔……それも美形が、もの凄く間近で真剣な表情をしているのだ。


 目を閉じても分かるほど近い場所。

 思わず口元がニヤけないようにするのが精一杯だった。


 緊張のあまり、多少は震えていたかもしれないけれど、紳士な雄也先輩は黙っていてくれたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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