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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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【第80章― 塞翁失馬 ―】文化の違い

この話から80章です。

よろしくお願いいたします。

『こ、これはなんだ!?』


 かなり蒸し暑いけれど、あまり物音がしない静かな空間で、突如として、女性の驚いた声だけが響きわたった。


『ツクモが作った料理だが?』


 そのすぐ横から低い男性の声が静かにその問いに答える。


『これをそこの黒い人間が作ったのか!? だが、美味いぞ!?』


 驚いた女性……、スヴィエートさんはお皿を自分の額より高い場所へと掲げ、震えていた。


 どうやら、感動に打ち震えているらしい。


『黒い人間ではなく、ツクモだと教えたはずだが』


 さらに横にいる男性……、リヒトからそう指導が入る。


『分かってる。ツケイモだ。覚えているぞ』

『ツケイモではなく、ツクモだ』

『そうか、そうか。ツェケモの食事は美味いな』


 褒めているのだろうけど、その言い方ではあまり褒められている気はしないだろう。


 だが、そんなことを言われた上に名前を間違えられている本人は、少しだけその口元を緩ませ、机の下で拳を握っているのが見える。


 どうやら、彼自身はそれで良かったらしい。


 九十九は、わたしの専属護衛ではなく、料理人の方があっているのではないかな?


 自分の作った料理を「美味い」と口にされるたびに素直に喜んでいる彼を見ると、そんな気がしてならない。


 尤も、それをわたしが口にしてしまうと、不機嫌になることも知っているのだけど。


「その女と私たちが食っているのとは違うんだな」


 そう言いながらも水尾先輩はスヴィエートさんたちの方は見ず、上品に、でも素早く、料理を口に運んでいた。


 相変わらず、食事ペースが速い人だよね。


「彼女の料理は、リヒトと同じものにしました」

「ああ、あの味が薄いヤツか」


 九十九は、長耳族であるリヒトだけ料理をいつも変えている。


 リヒトは肉類を好まず、基本的に菜食主義者で、さらにドレッシングなどの味付けも好まないためだ。


 そんな彼に対して、九十九はいつものようにいろいろ試行錯誤した結果、生のまま出すのではなく、茹でたり、この世界特有の食材変質現象を利用しながら料理を作るようになった。


 つまり、また料理の腕を一段階上げたことが分かる。

 だから、これは、ただの素材勝負料理とは違うのだ。


 でも、これって、この世界でもできる人は多くないんじゃないかな?

 今、九十九の頭にはどれだけいっぱいの料理方法が詰まっているのだろうね。


『村の食事と全く違う。でも、美味い!!』


 スヴィエートさんはそう言いながら、嬉しそうに()()()()()()()()()()()食べている。


 そして、誰もそのことに対して何も言わない。


 食事の違いは文化の違いだ。

 だから、それに対して、いちいち指摘することはしないようだ。


 でも、スヴィエートさんの食事の仕方は、以前、一晩だけお世話になった長耳族の集落にいた人たちとも違うような気がする。


 あの「迷いの森」にいた長耳族たちは、一応、わたしたちに食事を出す時、匙などの道具を渡してくれたから。


 まあ、味は薄味だったけれど。


『スヴィエート。お前は、「匙」という道具を知っているか?』


 でも、リヒトは気になったのだろう。

 スヴィエートさんにそう確認した。


『さじ?』


 だが、そんなリヒトの言葉にスヴィエートさんは不思議そうに首を傾げるだけだった。


 少しリヒトは考えて……。


『言葉を変えよう。お前たちは食事をする時に道具を使わないのか?』


 質問を変えた。


『ああ、皿のことか?』


 先ほどのようにお皿を持ち上げながら、スヴィエートさんは嬉しそうに言う。


 微妙に意味が通じていない辺り、この島ではスプーンやフォークのような道具を使う習慣はないらしい。


『なるほど……。俺は恵まれていたんだな』


 リヒトは溜息を吐いた。


 わたしはあの長耳族の集落にいた頃のリヒトの扱いを思えば、あまり恵まれていたとは思えない。


 でも、こういった食文化の違いを理解することは難しいと思う。


 リヒトは食事の時にお皿以外の道具を使うような場所で育っていたし、母親が人間だったために長耳族の集落に行く前、つまり、幼い頃は道具を使っていたらしい。


 だから、わたしたちと食事する時もスプーンなどの道具を使うことに抵抗はなかったのだ。


 流石に箸は無理だったけれど。


 その点において、リヒトは人間社会に溶け込むという意味でなら、恵まれていたと言えなくもない。


 だが、スヴィエートさんは違う。

 始めから、彼女には食事でお皿以外の道具を使うという習慣……、いや、考え方がないのだ。


 そして、その必要性も感じていない。


 勿論、わたしは人間界で、箸やスプーンなどの道具を使わず、手で食事をする国だってあったことは知っている。


 だから、食事をする時に道具を使う方が文化的、文明的だと言うつもりはない。

 単純に文化の違いってやつなのだろう。


 ただ、相手がそうだからといって、それを受け入れることができるかは別の話だということも理解できる。


 実際、九十九や雄也さんはその顔に変化はないが、水尾先輩は少し眉を顰めているし、リヒトは分かりやすくその端正な顔を顰めているから。


 わたしは、どうだろう?

 確かに、スヴィエートさんがいきなりお皿から料理を掴んだ時はビックリした。


 さらに、手や指だけではなく、口の周りが汚れても気にしないで食事を続けているところにも驚きを隠せなかった。


 じゃあ、嫌悪感はあるかと言われたら、そこまではないと思う。


 肉類やサラダを食べて、ソースやドレッシングのために手が汚れるのはちょっと嫌だと思うけど、パンは手で食べるからかもしれない。


 汚れたら洗えば良いのだ。

 海外にはそのためのフィンガーボウルとかいうものがあったはずだし。


 個人的には、他人の食事のマナーについては、あまり口に出したくはない。

 口出しを嫌う人間もいるから。


 でも、自分では気にしているつもりはないけど、顔に驚きは出てしまったかもしれない。


 こうした習慣って、生活に根付いていることだから、そう簡単に歩み寄ることなんてできないだろう。


 わたしが未だにこの世界の常識が足りないと言われているようなものだ。


『なるほど……』


 リヒトがまた息を吐いた。


各々(おのおの)の考え方はよく分かった』


 ぬ?

 「各々」?


 つまり、それぞれが今のやり取りにいろいろ思うところがあったということか。

 なんとなく周りを見てしまう。


 水尾先輩は目を逸らし、九十九は黙々と食べ続けている。


「リヒト……。聞こえるのは仕方ないが、それをわざわざ口にするな」


 雄也さんは料理を口に運びながら、顔も上げずにそう言った。


『悪い』


 リヒトも気まずそうに謝る。


 この辺りも考え方の違い……、いや、種族の違いってことになっちゃうのかな?


 周囲の心の声が流れ込んできてしまうリヒトにとっては、その状態がある意味自然なことなのだ。


 だから、聞こえてくる人間の心の声に対してもうっかり反応をしてしまうことがあるのだろう。


 だけど、口に出さない言葉まで聞き取られてしまって、さらにはその返答をされてしまうことを全く気にしない人間って、多分、いない気がする。


 読まれることは仕方ないと思っていても、それに対して答えを返されるのは複雑な気分になるのだ。


 特に、雄也さんのように隠したい事の多い人間にとっては、何重にも警戒が必要な存在になるだろう。


 ただ、これはリヒトが悪いわけではない。


 彼からすれば、実際に口に出されている言葉と、心の声には差がないのだから。

 同じ人間同士だって、考え方がそれぞれ違うのだから仕方がない部分ではあるんだけどね。


 人間界なんて、大陸や国の違いだけではなく、肌の色や信じている神さま、社会的地位や学歴なんてもので差別したりしていたぐらいだ。


 加えて勝手な偏見もあるから、人付き合いって本当に難しいと思う。


 なんとなく、気まずい雰囲気ではあったものの、静かではなかった。

 スヴィエートさんが九十九の作った料理に対して、ずっと素直な感想を言っていたからだ。


 そのことに救われたような、何なのか良く分からないままの時間はそうして過ぎ去ったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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