連れ去られた先で
「ああ、高田。これ、ありがとな」
そう言いながら水尾先輩はズボンのポケットから薄い橙色の光が込められた珠を出し、手渡された。
「本当に助かった」
「それは良かったです」
水尾先輩の手から通信珠を受け取る。
自分の手の中にいつもの小さな珠がある。
ただそれだけで、ほっとしてしまうのは何故だろうか?
その通信珠は、込められた魔力が薄れているのか、いつもよりもその光が大分、弱っているように見える。
こんな状態になるまでこの珠は頑張ってくれたのだ。
途中で魔力が尽きなくて良かったと思う。
また九十九に魔力を込めてもらわないとね。
あと、首から下げるための袋も作り直さなければ!
「だけど、これが服の中にあったから、来ていた服が破られちまって……」
「ふへ?」
今、なんか変なことを聞いた気がする。
「服に挟まっていたこの珠に気付かれて、服を引き裂いて取り出されたんだよ」
ああ、そう言えば、あの時眠っている水尾先輩の身体から落ちないように、なんとか服の中に忍ばせたのだった。
だけど、それが、結果として、水尾先輩が来ていた服を引き裂かれることになってしまったらしい。
そして……。
「それで、服が変わったんですか!?」
服が裂けた理由が、わたしが考えていたようなものでなくて良かったと思う反面、それでも女性に対する扱いとしてはかなり酷い気がしてしまった。
「おお。だからと言って、その代わりの服で、先輩のは着たくなかったから、悪いけど九十九の服を借りた」
「何故に雄也さん?」
「九十九が持っている服が、先輩と兼用しているのか、高田の服しかなかったらしい」
「ああ、わたしの服は無理ですね」
それはサイズが違い過ぎるから仕方ない。
男性に自分の服を預けている状態と言うのはどうかと思うが、収納魔法、召喚魔法が使えないのだから仕方ない。
そんなのは今更なのだ。
「私はまだ召喚魔法が使えないから、見苦しいとは思うが、もう少しこのままでいさせてくれ」
「それは構いませんよ」
見苦しい?
これは見目麗しいと言う。
水尾先輩の中性的な顔立ちには、九十九の服がよく似合っている気がした。
九十九が着るのとはまた違った魅力があって素敵だ。
そして、わたしではこうは着こなすことはできない。
何より、身長が……いや、足の長さが圧倒的に足りなすぎる。
水尾先輩と九十九の足の長さも結構違うけれど、わたしよりはずっとマシなのだ。
「九十九に向かって、結構、魔法をぶっ放したし、戻ってからも寝たのにまだ私の魔法が本調子にならないんだよな」
「……はい?」
今、かなり変な言葉が聞こえた気がしますよ?
「ああ、体内魔気の調整のために、少しばかり激しい魔法を連発したんだ。丁度、かなり魔法耐性強化されていた的がいたからな」
「それって、九十九を的に魔法を撃ちまくったということでよろしいですか?」
「そうなるな。一時期、高田がよくやっていたやつだ」
確かにわたしは魔法を使えるようにするために、九十九を狙って魔法の練習を何度もしたのだ。
しかし、それでも、その時は魔法を使いこなすことはできなかった。
「体内魔気の調整は、魔法を使うために体内を循環させることか、魔法を防ぐために体内に集中させることが一番だからな」
それは分かる。
理屈としては分かる。
何度も教わったから分かっている。
それも身をもって。
だけど、なんだろう?
このモヤっとした感覚は。
わたしは二人が帰ってきてくれて喜んだのだけど、同時にその状態を心配したのだ。
水尾先輩も九十九もかなりの疲労困憊に見えたから。
でも、その原因が、水尾先輩が九十九を的にして魔法を撃ちこんだことによるものだったという。
雄也さんからその可能性は聞いていたが、本人の証言によって、それが裏付けされてしまったことになる。
この行き場のない感情をどう表現して良いものか。
こう消化不良のような感覚にモヤモヤしても仕方がないだろう。
理屈としては大変、納得のできるものであったから余計に困るのだ。
自分の意思とは無関係に連れ去れたことによるストレス解消とか、九十九にかかった魔法耐性がどの程度だったのかを試したいとかいうようなものではなかった。
体内魔気の調整……、それができない状況と言うのは、それに慣れている魔界人にとっては非常に不安なものだから、一刻も早く治したいというのはよく分かるのだ。
その理由を聞いても尚、どこかに納得できない何かを感じてしまうわたしは、心が狭いのだろうか?
例えるならば、捕らわれていたお姫さまが、苦労の果てに敵を倒して救い出した後に、ラスボス化したような感じ?
昔、そんな少女漫画があった気がする。
でも、それとはちょっと違うか。
あるいは、散々、心配させておいてけろっとした顔で「ただいま」と帰ってくる家族?
いや、それで腹が立つのはちょっとおかしいかな?
心配するのはわたしの勝手だ。
誰も心配してくれとかは言ってない。
無事を祈っていろとは言われたけど。
何より、大怪我して帰ったとか、どちらも帰ってこなかったよりはずっとマシなのだ。
少なくとも、二人は無事で、しかも魔法を使うほど元気だったことは喜んで良いだろう。
「でも、わたしが通信珠を渡したばかりに……」
水尾先輩の服が破られたというのなら、申し訳ないことをしてしまった気がする。
「いや、渡してくれなければ九十九が来ることもなく、私はもっと酷い目に遭っていた可能性の方が高いんだからな?」
「ふぬ?」
言われてみれば確かにそうだ。
あれは、目印として渡したつもりだった物だった。
そして、実際、目印になったみたいだから、無駄でもなかったのだ。
「行った先で言われたんだよ。何でも、アリッサムの王女を探し出して、王配にお……、いや、王配との子作りを強制するところだったと」
「ほひ!?」
思わず変な声が出た。
え?
今、王族との子作りではなく、王配との子作りっていいませんでした?
アリッサムの王女がその国の王族と子孫繁栄に励めと言われるなら分かる。
あまり分かりたくはないけれど……。
でも、「王配」って言葉自体が、女王の配偶者を意味している。
そして、現在、この世界に女王と呼ばれる国の頂点に立つ女性は、魔法国家アリッサムが唯一だったはずだ。
えっと?
つまり……?
「しかも、その様を我らが女王陛下に御覧に入れるところだったとまで言われた」
「うげ!?」
今度は何の捻りもない言葉が飛び出た。
脳が考えることを放棄したがっていたが、そこに追い打ちをかけるかのような言葉が続いたせいだ。
水尾先輩が自分の母親である女王陛下に対して敬称付き、敬語表現なのはともかく、その内容が酷過ぎた。
「正気の沙汰じゃないよな?」
やはり、「王配」はアリッサムの王配殿下のことで間違いなかったらしい。
つまり、アリッサムの王女である水尾先輩の実の父親ということになる。
自分の意思とは無関係に、そんな畜生道のようなことを強制させられた上、それを女王陛下……、水尾先輩にとっては、実の母親に目撃させようなんて、倫理観の欠如ってレベルではない気がする。
「どこのド外道ですか? そんな鬼畜なことを考えるのは……」
いや、「ド外道」なんて表現が可愛らしく感じられる。
娘である水尾先輩だけでなく、自分の夫と娘のそんなものを見せつけられた母親だって心が壊れてしまわないだろうか?
強制って時点で、当然ながら水尾先輩の意思ではない。
父親だって血の繋がった娘とはそういうことをするのは嫌だろう。
でも、人間界でもたまにそんな事件があった気がする。
女性よりも、男性側の方が、抵抗がない行為なのかも?
いや、そんなものが本当に許されていたら、人類は近親婚で血がおかしくなって滅んでいるかもしれない。
古代エジプトや16世紀ぐらいの欧州とかにもあった文化らしいけど、近親交配は遺伝子障害が起きやすいとは聞いている。
競馬ゲームで言う「危険な配合」ってやつだ。
だから、日本も法律で、三親等以上離れないと結婚できないとされていたはずだ。
尤も、魔界人の遺伝子が地球人と全く同じだとは思っていないが、魔界人と地球人の間に生まれた子であるわたしという存在がいる以上、そこまでかけ離れてはいないと思っている。
だけど同時に、女王と王配は、どこかで誰かに捕らえられていることだけはよく分かった。
そして、その「どこか」と言うのは……、多分、「ミラージュ」なんだろう。
「まさか、高田の口から『ド外道』なんて言葉が出てくるとは……」
「そんなにおかしいですか? 寧ろ、それ以上の言葉を探したいぐらいなのですが……」
わたしの言語表現能力では、これぐらいしかない。
それ以外なら、「人でなし」?
でも、「ド外道」ほど酷い言葉じゃないよね。
「ま、まあ、そんな場所に私は拉致られていたんだ。その通信珠の存在には本当に感謝しているよ。ありがとな」
そんな酷い目に遭いかけたというのに、水尾先輩はそう言って笑うのだった。
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