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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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いつかのための誓い

 ―――― 邪魔をしたくない。


 その気持ちは本当なのだけど、いつまでもグダグダやっているのを見て、イライラするのは仕方がないだろう。


 その変化は突然で、眠りに落ちていた私の意識を再び覚醒させるには十分すぎるものだった。


 最初は、室内の大気魔気が大きく流れ出したのだと思う。


 この島は水属性の大気魔気が強くはあったのだけど、この建物は何故か風属性の大気魔気が恐ろしいほどに濃密だったようだ。


 その辺りの記憶が朧気なのは仕方ない。


 寝ている間にこの場所に運ばれたみたいだから、その前に、ここで何があったなんて私には分からないのだ。


 はっきり分かっているのは、妙に暑かったぐらいか。


 それでも、体内魔気の護りがある程度、周囲の環境に合わせて自動調整するぐらいには私も回復していたらしい。


 だが、その濃密な大気魔気が一斉に動き出したなら、流石に私が眠りの淵にあっても反応する。


 自分の近くで特大魔法を使う気配がしたようなものだ。

 かなり鈍くない限りは、飛び起きるしかない。


 ただ、幸か不幸か。


 私に飛び起きるほどの体力がまだ回復していなかったために、二人の様子を盗み見ると言うか、見せつけられたというか……。


 そんな複雑な心境になったことだけは確かだろう。


 これで、お互い、想い合ってないとか本気で声を揃えて口にするんだよ。


 そこには私が知らない複雑な事情があるみたいだけど、それでも、勝手にやってろと言いたくなる程度には馬鹿ップルを披露してくれたわけで……。


 その大気魔気の大きな移動中、この部屋に高田の歌声が響いていたことはよく分かった。

 決して、大きな声ではなくても、これぐらいの部屋なら、十分に反響する。


 しかも、加えて大気魔気の大移動だ。


 砂塵嵐が起きているのかと疑いたくなるような周囲が見えなくなるほどの濃い大気魔気の移動など、本当に久しぶりに見た。


 緩やかな歌声とは対照的に荒れ狂う大気魔気。

 水属性の大気魔気はどこかに追いやられ、この場所は、風属性の大気魔気が支配していた。


 だけど、不快ではない。

 確かに風属性の大気魔気が強すぎるけれど、この気配には邪気が全く感じられない。


 混ざり気が少なく、どちらかと言えば、結界に近い。

 私はそう思っていた。


 まさか、空属性が苦手で、結界など自分の力でできる気がしないと言っていた高田が、この建物の一室を丸ごと温室に変えているなんて普通、想像もしないだろう。


 それはしっかり結界なんだよ、高田。


 だけど、何故か歌い終わった高田の雰囲気はいつもと違って、それに引きずられるように九十九の言動も変わっていく。


 違うだろ?

 高田は全然、「化け物」じゃない。


 そんなのはっきりしていることじゃねえか。

 寧ろ、その在り方は「聖女」の名に相応しい。


 以前、迷いの森で「変化」した時、確かにそこには高田の中から黒い気配を感じたことがあった。


 だが、あの紅い髪の男と接した今だからこそはっきりと分かる。

 アレは、高田の魂に張り付いている存在のせいだ、と。


 当人たちには、いや、人間にはどうすることでもできないような魂の汚染。


 その歯車が少し狂っただけで、その人としての魂が、簡単に歪みを生じてしまうほどの存在。


 そんなものが、高田が自分だけで「神力」を行使しようとした時に、ソレに反応して表面化してしまっただけだ。


 大神官もソレに気付いているから、会うたびに手首の「御守り(アミュレット)」を浄化しているのだろう。


 あの「御守り(アミュレット)」は、単純に執心している神から高田の魂を隠すためだけではない。


 同時に、高田が使おうとしてしまう「神力」の抑制もしているはずだ。


 大神官は、高田に「『神力』は『何か』の力を借りないと使うことができない」と説明しているが、本当にそうなら、魂に「変化」そのものが起きるはずがないのだ。


 その部分にあの大神官が気付いていないとは思っていない。

 恐らく、私以上に高田の「魂」の状態を知っているし、その理解も深いことだろう。


 尤も、それを隠しているだけで、彼女に偽りを伝えているわけもない点が腹立たしい。


 高田の「神力」を使う要件は、恐らく「魂」だ。


 彼女にその「魂」を揺り動かすほどの「何か」があった時、「神力」を使うことができるようになると思っている。


 それならば、確かに高田一人では「神力」は使っていることにはならない。


 外部からの「何か」に反応しなければ、使えないのだから。


 勿論、他にも条件があるのだろうけれど、これまでの大神官の言葉や、あの「迷いの森」での高田を見ている限り、そんな感じだった。


 その「魂」は、多少の感情の揺さぶり程度では反応していない。


 それならば、カルセオラリア城の崩壊時や、何より、信じていた護衛の信頼を裏切るような行動で反応しないはずがないのだから。


 以前、大神官から、私の可愛い後輩は、生まれる前に神より「分魂」と呼ばれる力を授けられ、また、別の神より「執心」を受けた稀有な魂だと聞いていた。


 平穏に生きたい彼女にははっきり言って有難迷惑でしかない能力ではある。


 そして、この護衛兄弟がいなければ、既に何らかの形でどこかに取り込まれていてもおかしくはない能力でもある。


 あのアリッサム城での話を思い出す。

 そこにいたミラージュの人間は、どの勢力よりも早く、高田の存在を知っていた。


 その稀有で人間の身には過ぎた能力も。


 それを思えば、高田があのアリッサム城に囚われていた可能性は高く、その事実にぞっとしたのは、恐らく私だけではなかったことだろう。


 そんな思考に囚われていた時だった。


「いつか、もし、わたしが本当に化け物になっちゃって、九十九にも止めることができないと思ったら……」


 後輩のそんな声が聞こえてきたのだ。


「あなたの手でわたしを殺してください」


 そんな祈りにも似た願い。


 当然ながら、それを言われた青年は護衛としても、男としても激昂するしかない。


 事実、怒り狂った。


 誰よりも彼女を大切にして、護りたいと思っているのに、それを全てぶん投げろと言われたのだ。


 到底、承服できるものではないだろう。


 だが、同時に、私はそれを願った高田の気持ちも分かってしまうのだ。


 自身が「化け物」と呼ばれる存在になってしまって、誰かによって討たれるなら、その相手は彼が良い、と。


 女心だよな。


 そして、そこには気付かないよな、この護衛青年は。


 本当に何だろう?

 このちぐはぐ感。


 どう見たってお互いが想い合って、大事にしあっているのに、何故か肝心な相手に伝わらない。


 どちらも鈍いわけではないのに。

 寧ろ、必要以上に鋭くて困る時すらあるほどなのに。


 この部分に関しては、何故か互いの目が曇っているとしか思えない。


 いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 普通に考えて、二人きりで抱き合いながらそれぞれの主張を繰り返しているんだ。


 しかも、眠っていた私の存在を完全に無視した上で、聞かされるこちらが赤面するような台詞を混ぜながらだぞ?


 思わず、「なんだ? この茶番」って言いたくならないか?


 だが、なんだかんだで互いの言葉は落ち着くところに行きついたようだ。

 それを終始、見せられていたこちらはある意味、かなり辛かったけどな。


 そして、まだ何か続きそうな気配がしたから……。


「あのな~」


 思わず声をかけていた。


「いくら私が寝ているとはいっても、そのすぐ傍でイチャイチャするのはどうかと思うぞ?」


 そんな私の言葉と……。


「ひぃあああああああああああっ!?」


 九十九に抱き締められていた高田の、聞いていた人間の力が抜けるような悲鳴が部屋に響き渡るのはほぼ同時だった。


 ―――― 邪魔をしたくない。


 本当にそう思ってはいるんだ。

 だけど、これって仕方がなくないか?


 枕元でいつまでもやられる私の身にもなってくれ。


 こいつら実は、私を眠らせる気なかっただろうと疑いたくなる。

 決して、羨みや、妬みから来る感情ではない。


「お邪魔だと思っていたけど、いつまで経っても終わりそうもないので、声をかけさせてもらった」


 私はそう言いながら、寝台から起き上がる。


 魔法力の回復は不十分。

 体内魔気にも違和感があるままの状態なのは分かっている。


「じゃ、邪魔だなんて……」


 そう言いながら、高田が九十九から離れた。


 九十九はまだ張り付いていて欲しかったようだな。

 高田が離れる時、その手が追いかけたのを私は見逃さなかった。


 随分、素直な反応を見せるようになったじゃないか。

 それだけでも、十分な進歩だ。


「起き上がって、大丈夫なんですか?」


 九十九がそう声をかけてくるが……。


「大丈夫じゃなくても、眠れない環境だから仕方ないだろ?」


 私がそう言うと、九十九が鼻白んだ顔を見せた。


「あ、あの……、水尾先輩。いつから、起きていましたか?」

「目覚めたのは高田が歌い始めた時」

「…………」


 恐る恐る尋ねた言葉に私が即答すると、高田は絶句した。


 どれだけ二人の世界にいたのか?

 そう思わせてくれるような顔だった。


「ああ、高田」


 それならついでに言っておこう。


「九十九が無理なら、私がやるから」

「「は?」」


 仲の良い主従は声を揃えた。


「化け物になった高田を殺す役目。九十九ができる状況にないのなら、私がきっちり請け負うよ」


 恐らく、本当に高田の理性がなくなり、誰にもどうすることもできなくなるのは九十九の身に何かあった時だと思う。


 いくら本人が「主人を殺す役目」を引き受けていても、その従者が既に動ける状態になければどうすることもできないのだ。


 だから、私が後を引き継ごう。

 魔法国家の王族として。


「保険はいくら掛けても良いからな」


 そんな日が来ないことを心から願いながら。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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