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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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呼び出された人物

「な、なんなの?」


 高い所から下を覗き込んだくらいでへたり込むなんて、わたしらしくないと思う。


 人間界の遊園地でも絶叫系とか大好きで、ワカや高瀬を振り回したぐらいだし、高いところだって平気だった。


 小学校のはしご車の搭乗体験で希望者を募った時だって、自分から喜んで手を挙げたくらいだ。


 その時だって真下を見たし、さっきよりも高かったけれど、平気だったのに……。


 でも、こんな感覚は初めてだった。


 もしかしたら、魔界の空気は高いところだとおかしいのかもしれない。

 酸素が薄くなるみたいに大気魔気ってやつが何か影響しているとか?


 ゆっくりと立ち上がって、近くにあった椅子に座る。


 単純にわたしの身体が不調なのか、それとも他に理由があるのかは分からない。


 でも、下を覗いたとき、景色が二重になったのは分かった。


 ひどい感覚だ。

 車酔いや船酔いが可愛く思えてしまう。


 頭を抑えていると、彼が戻ってきた。


 どうやらわたしは簡単に逃げられないようだ。

 いや、元々あの高さでは脱出不可能ではあったけど。


「ラケシス。こちらの部屋に来い」


 先程の感覚が残った状態で、ふらふらだったが、言われるままに隣の部屋へと足を向け、そのまま促されて椅子に座った。


「先ほど、城の者を呼んだ」


 彼はそんなことを口にする。


「え?」

「俺が最も信用している人間だ。そいつなら、お前を説得できるだろう」

「そんな……、困ります」


 これ以上、人が増えるのは困る。


「命令されて留まるよりはマシじゃないか?」

「ぐっ」


 それは、その通りなのだが……、脅す側の台詞ですよね、完全に。


「とりあえず、そいつの話だけでも聞いてくれ。その上でどうするかを改めて決めさせてやろう」


 それでも、わたしに選択権などない気がする。


 相手の話を聞かずに我を通す。

 これがこの人なのだろう。


 こんなことなら、先ほどのさっさと窓から逃げ出すべき……、うん、無理。


 ―――― コンコンコン


「王子殿下、お呼びでしょうか?」

「おお、入れ」

「失礼します。……王子殿下、この女性は?」


 王子さまに呼び出されて部屋に入ってきた人は、一瞬、かなり驚いたようだが、すぐに平静を取り戻す。


 だが、驚いたのはこちらの方だ。

 驚きすぎて、目がまんまるになってしまうのを押さえることができなかった。


「拾った」

子犬(タリプク)子猫(タロモフ)を拾うように言わないでください」


 それは生き物ですか?


「城下の森に入り込んでいたのだ。それをそのまま捨て置けとは女に優しい()()()の言葉とは思えないな」

「城下の森に……?」


 呼び出された青年は訝しげな表情で、わたしを見た。


 この王子さまが呼び出した相手はなんと、雄也先輩だった。


 なんだ?

 このご都合主義的な展開っぽい状況は?


 確かに彼は城に入り込んでいると聞いていたけど、先ほどこの王子さまは「最も信用している人物」と言っていた。


 一体、どんな魔法使ったのか、後で教えていただけないでしょうか、雄也先輩?


 でも、正直なところ、本当にホッとした。


 彼が傍にいて、迂闊(うかつ)なわたしの言葉に補正とか補足とか誤魔化しとかしてくれたら、確かに助かるのだ。


 これは、天の助けと言うしかない。


「そのまま城下に案内すれば良いだけの話でしょう? 城に、しかも王子の私室にまで連れてくるというのは少々、不自然ではありませんか?」

「グレースがこの娘を気に入った。それに城下まで、あのグレースを連れて行くわけにもいかぬ」

「グレースが? それは、不思議なこともあるものですね。彼女は女性に懐かないと思っていました」


 彼女……やはりメスだったか。

 なんとなくそんな気がしていた。


「それで、この娘には何かあると思った。人間より知覚に優れている天馬だ。従っても問題はなかろう」

「城にお連れした理由としては理解できました。しかし、そこで殿下の私室にまで招待するというのまでは分かりかねますが……」


 雄也さんはわたしと王子さまを交互に見ながらそう言葉を続ける。


「俺も気に入った。理由としては十分だと思うが?」

「城内では既に話題になっていますよ。女性にあまり興味関心を示さない王子殿下が初めて女性を連れていた、と。国王陛下や王妃殿下の耳に届くのも時間の問題でしょう。まったく、このお嬢さんもいい迷惑じゃないですか」


 わたしにもよく分かるご説明をありがとうございます。

 そして、あらゆる意味で良くない状況になっているというのもよく理解できました。


「それは気付かなかったが、この状況はある意味好都合じゃないのか?」

「王子殿下?」

「うまくいけば、コトラ=ハウナ=インジバルも俺から解放できるだろ。今のままではあいつが哀れだ」

「つまりセリム=ラント=ヴァイカルさまを選ばれるのですか?」

「俺は15歳上も下もお断りだ」

「えっと……?」


 話が見えませんが?

 

「ああ、申し訳ありません。ご紹介が遅れました。私の名はユーヤ=リーファス=テネグロと申します。この城に仕える通いの使用人です」

「わたしはラケシス=クロトー=アトロポスと申します。こちらこそ急な訪問でご迷惑おかけしているみたいですね。申し訳ございません」

「今は微妙な時期ですからね。王子殿下の婚約者が決まっていないため、色々な方が気にされているのです」


 ああ、なるほど。

 前に少し話を聞いたこの王子さまの前後15歳の婚約者候補さまたちのお話でしたか。


 でも、王子さまはその候補者たちを解放してあげたいと思っているんだね。


 そう考えると、やはり、九十九が言うほど悪い人とは思えないな。

 人の話を聞いてくれないけれど。


「ユーヤ、部外者にあれこれ言うな」

「その部外者を巻き込もうとしているのはどこのどなたですか? この反応では、本当に事情を知らない方ではありませんか」


 雄也先輩は鋭い目を向けながら、王子さまに言葉を返す。

 本当にすごい神経だと思う。


 相手は王子さま。

 気に障る行為は不敬という扱いを受けてもおかしくはない。


 つまり、苦言を呈してもある程度までならば聞き入れられるというだけの信用を得ているということか。


「もともとそんな目的で連れてきたわけではない。単純に俺が興味を持っただけの話だ」

「城内の人間はそうは思いません。それに貴方は他の人間と違い、そう簡単にそれが出来る立場ではないことは分かっていらっしゃるでしょう?」

「その辺りに関しては、陛下も俺のことは言えないはずだが? それはお前が誰よりも知っているとは思うがな」


 皮肉気に笑う王子さま。


 その話は、部外者のわたしに伝わらないようにぼかされてはいるが、一部、内情を知ってしまっている身としては、複雑な気持ちになる。


「つまり、国王陛下と同じことをされるつもりですか?」

「まさか……。俺は父……いや、国王陛下とは違う。そう言った対象で連れてきたわけではない」


 その僅かな時間、彼は表情を次々に変化させた。


「では、どうされるつもりですか?」

「だから、お前を呼んだのだ。お前ならば国王陛下や母上を含めた周りを黙らせる(すべ)があるだろう?」

「人を万能の賢者のように言わないでください。私にだってできないこともあります」

「お前の女とか言えば周りは納得するんじゃないか?」


 ちょっと、この王子さま!?

 すごいことを言い出しましたよ?


「私自身が城住まいでもないのですからここに連れてくる理由にはなりませんよ。周りに不信感を抱かせるばかりで上策ではありませんね」


 雄也先輩は涼しい顔のまま、やんわりと断る。


「城に住まうことを許されるのは城に住んでいる者の血縁者。あるいは国王陛下が認めたものだけです。この時期に国王陛下の許しが出るとは思いません」

「お前も頭が固いな。それだから、出世できないんだぞ」


 呆れたように言う王子さま。


「仕えるべき主人の下で働ければ地位など対した問題ではありませんよ」


 実際、雄也先輩には出世欲があるようには見えない。


 それは、この魔界……、いや、世界に来た時の兵との会話からもよく分かる。


「お前の言い分は分かった。だからとりあえず、この娘を黒髪、黒い瞳にして着飾らせてくれ」

「「は? 」」


 わたしと雄也先輩の声が重なった。


 この王子さま、先ほどから常識が方向音痴になっている気がする。


 よりにもよって、変装しているわたしを黒い髪、黒い瞳って……、なんでそんな発想になるの!?


「王の好みは黒髪、黒い瞳の小柄な女だ。流石にその容姿にしたところで、あの女に似るとは思わんが、何かを刺激されることは間違いない」

「王子殿下……、それは……」


 流石に雄也先輩も気が進まないようだ。

 表情こそ崩さないまでも、言葉に迷いを感じる。


「要は陛下を認めさせれば問題ないのだからな。お前が嫌がるなら、他の者にやらせるしかなくなるだけの話だ。俺はもうおぼろげにしかあの女のことは覚えていないが、()()()()()()()()()()()()()10年ぐらい前の記憶も鮮明だろう」


 王子さまが言う「あの女」って……ひょっとしなくても……。


「髪の色や瞳を変えたぐらいでその人に似るものではないのですが……。もし、その方に似せることができたところで、貴方が複雑な気分になるだけの話ですよ?」

「どういうことだ?」

「それで国王陛下の許しを得たところで、貴方が耐えられるかどうかということです」


 そう言いながら雄也先輩は不敵に笑った。


 間違いない。

 さっきから出てくる「あの女」とは恐らく母のことだ。


 母にわたしを似せること自体はそう難しくないと思う。

 だって親子だし。


 だけど、それで許しを得ることができるというのは、王が少なからず好意を持ったままだということを表すし、その後もわたしが黒髪、黒い瞳の状態ならば彼だって母に重なる私の姿を良いとは思えないのではないだろうか。


「ガキの頃とは違う。あの女のこともその娘も大して覚えてはいない。何の感情もわかない自信がある」


 それを聞くと、雄也先輩は肩を竦めて溜息をついて一言。


「この方を黒い髪、黒い瞳にするだけですよ」


 その言葉の意味が分かって、わたしから血の気が引いたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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