気になり過ぎて
「その、『綾歌族』の人が手強かったというのは分かったけど、他にも人はいたんでしょう?」
そのアリッサム城には、水尾先輩以外にも囚われていた人たちがいたと言っていた。
それならば、話をしたというライトだけではなく、それらを見張る人とか世話をする人とかもいたと思う。
「ああ、いた」
小さく九十九は頷く。
「オレがお前に話したいのはそこだ」
「ほ?」
他の人の……、話?
「『綾歌族』以外にいたやつらは、魔法を使うやつもいたが、法力使いもいたんだよ」
「なるほど」
それで九十九の言いたいことを理解した気がする。
この世界で魔法を使う人間は少なくないが、法力を使う人間はそこまで多くないのだ。
そして、その法力を攻撃手段や防御手段、補助手段として扱うことができるほどの人間となれば、少なくともそれなりの訓練を受けた人間たちとなる。
「大神官さまに繋げば良いのね?」
わたしは一応、「聖女の卵」という地位を頂いている。
だから、九十九や雄也さんに手伝ってもらって、相応の装いをすれば、アポなし訪問はできてしまうのだ。
「いや、それぐらいはオレや兄貴でもできる」
「あれ……?」
だが、違ったらしい。
法力を使える人間のほとんどは神官教育を受けた人だ。
法力国家ストレリチアにて「見習神官」から始まる長き神官への道。
だから、そっち方面なら、「聖女の卵」としての顔を使えということになるかと思ったのだけど……。
「『穢れの祓い』……。それで、意味は通じるか?」
「……通じる」
九十九が不意に口にした言葉に、わたしの身体も心も強張った。
「法力や「神力」のある女性と神官が交われば、その神官の『神位』を上げられるって話でしょう?」
それが本当の話なのかは分からない。
だが、一部の神官たちはそれを信じて、法力を使える女性を言葉巧みに唆して、そういった行いをするという。
神官たちの「禊」の一つとされているが、それは、法力国家ストレリチアで教えられることではない。
法力国家の教義は、神に仕える神官は「穢れなき心」を持ち、神に尽くすことを第一とする。
だから、大神官である恭哉兄ちゃんを始めとする神官たちは「発情期」を「禊の間」で耐え抜くのだ。
だが、中には自分中心な考え方を持ち、神への信仰を曲解、誤解、さらには拡大解釈した神官たちもいる。
そんな安易な思考を持った神官たちが自分勝手に行うものだと恭哉兄ちゃんからわたしは話を聞かされたのだ。
特に「聖女の卵」となったわたしは、その身勝手な神官たちから狙われやすいから気を付けろとも言われていた。
わたしが「聖女の卵」になった直後はそこまで酷くはなかった。
その「穢れの祓い」という言葉が神官たちの間で囁かれるようになったのは、この一年の話らしい。
それを、二度目の大聖堂への来訪の際に、恭哉兄ちゃんから教えられた。
あの時は、わたしも雄也さんの怪我のことでいっぱいいっぱいだったし、九十九も自分の「発情期」との戦いもあったらしいから、そこまで気にしていなかっただけど、よく考えれば、それは恐ろしいことだった。
「今回の話と、その『穢れの祓い』と何の関係があるの?」
自分の声が少し震えたのが分かった。
わたしには「神力」というものがちょびっとあるらしいけれど、想いを込め過ぎなければ普通の神官には気付かれることもないほどと聞いている。
そして、今回のことで気持ちを込めやすい歌は要注意だということも知ったから、人前で歌わなければ多分、大丈夫だ。
でも今回、連れ去られた水尾先輩には「神力」どころか「法力」すらない。
それなのに、何の関係があると言うのか?
「アリッサム城はその場所として使われていた可能性がある」
「…………は?」
何を言われたのか分からなかった。
「一部の神官崩れたちが自分の法力を高めるために、女性たちを捕らえ、そういったことをしていた可能性が高いと言った」
「ちょっ!?」
一瞬で思考が吹っ飛ばされる。
「み、水尾先輩は大丈夫だった!?」
「大丈夫だよ。水尾さんは、あの紅い髪に護られていたみたいだからな」
「ほへ?」
ら、ライトに?
「お前への点数稼ぎかもしれんが、一時的に水尾さんを保護していたのはあの男だ」
「点数稼ぎでも何でも良いよ。水尾先輩は、本当に無事だったんだね?」
「多分な」
「多分……って……」
どうして、そんなに不安なことを言うのか?
「水尾さんがオレにも話してくれない部分があるみたいだ。そして、オレはそれを無理に聞き出したくはない」
「そ、そっか……」
それはそうだ。
それに、ある程度身近にいて親しい関係にあっても、九十九は水尾先輩から見て、異性なのだ。
もし、何かがあったとしても言いたくはないだろう。
いや、身近な人間ほど知られたくはないものかもしれない。
「少なくとも、衣服が破れるような目には遭っているんだ。それ以上、オレから聞き出せと?」
「――――っ!!」
九十九の言葉に思わず息を呑む。
「オレが水尾さんの所に行った時、水尾さんはあの紅い髪のマントを羽織らされていたんだ。着ていた衣服を破られたと言っていた。誰が破ったかは言ってくれなかったから、名前を知らないヤツだと思っている」
「そ、そんな……」
自分の口を手で押さえる。
わたしも「発情期」の時、九十九から衣服を思いっきり引き裂かれた。
相手が知り合いでもあれだけ怖かったのだ。
知らない人から破られた水尾先輩はどれだけの恐怖だったことだろうか。
水尾先輩はその口調こそあまり女性っぽくはないけれど、それでも芯はわたしよりも女性しているのだ。
それに、わたしよりももっと幼い時に「発情期」となった人から襲われた経験だってあったと聞いている。
それなのに、またそんな怖い目に遭ったの?
「つ、九十九……」
震えが止まらない。
真実を知っているのは水尾先輩だけだ。
でも、聞かずにはいられない。
「水尾先輩は、大丈夫……、だよね?」
「オレが見た限りでは」
九十九が力強く答えてくれるが、今回に限っては安心できなかった。
水尾先輩自身が、それを隠す強さがある人だってことも考えられる。
実際、水尾先輩は魔法国家の王女としてある程度、感情を抑えることを教育されているとは聞いているのだ。
ずっと我慢していなかったとどうして言えるのか?
「栞……」
そう言いながら、横に座っていた九十九が、右手でわたしの頭を撫でた。
「それをお前に頼みたい。水尾さんの心のケアは、オレや兄貴、リヒトじゃ無理だ。男だからな」
「あ……」
「兄貴の前で話さなかった理由は分かったか?」
九十九に撫でられながら、わたしは大きく頷く。
「兄貴に渡した報告書には、アリッサム城の発見、ミラージュに飼われた『綾歌族』と神官崩れがいたこと、囚われていた女たちがかなりの数だったこと、そして、水尾さんを助けたのはあの紅い髪の男だったことしか書いてない」
何か言いたいのに、声にならなかった。
今、口を開けば泣き出してしまいそうで。
水尾先輩に何か遭ったとまだ決まったわけではないのに、泣いちゃだめだ。
「それと、水尾さんが秘蔵の魔法書を多数持ち帰った」
「ま……?」
魔法書?
「アリッサム城に水尾さん所有の魔法書や本が結構、残っていたんだよ。不法占拠者たちに略奪されることもなく残っていたんだ」
「そ、それは……」
良かった……。
少なくとも、救いは僅かながらもあったということだから。
後は、その代償が大きくなければ良い。
「大丈夫か?」
「う、うん」
大丈夫と言いたくても、やっぱり上手く声にならない。
「使うか?」
九十九が両腕を広げた。
「肩でも胸でも好きな所をお前に貸すぞ」
その意味を理解するより先に……。
「うおっ!?」
わたしは九十九に突進していた。
いつもは立っていたけど、今回はお互いに座っていたわけで、そんな状態で勢いよく突っ込んでも、九十九はびくともしなかった。
声からして、驚いてはいたみたいだけど……。
押し倒すような状態にならなくて良かったと、九十九に抱き留められながら、そんな場違いなことを考えていた。
「体勢、きつくないか?」
「ちょっと腰がきついかも」
どこか若者らしくないことを言っている自覚はあるけれど、座っている男性に正面から飛びつけば、腰や背中が海老反り状態になるのだから当然だ。
自分の身体はそう固くはないが、流石にこの角度を維持するのは辛いものがある。
「じゃあ、倒れる」
「ふへ?」
九十九がそう言うと、そのまま後ろにゆっくりと倒れた。
わたしの背に手を添えたまま。
これって、結局、押し倒したような状態になっている気がする。
いや、引き倒し?
暗い中、浜辺で寄り添って寝そべる男女って、それだけでちょっと、いや、かなり恥ずかしい気がしませんか!?
え?
九十九は平気?
平気な人なの!?
「落ち着け」
「ふわ!?」
引っ付いているために身体に声が響く。
それも甘い低音ボイス!!
「泣きたかっただろ?」
そんなことを言われても、先ほどまであった感情なんて既に遠い彼方に吹っ飛んでいた。
緊張するとか、こんな所を誰かに見られたらどうしようとか、そんな感情の方が強すぎて困る。
これまでは室内だったからそこまで気にならなかったけれど、今、屋外! 外!!
誰でも見ることができてしまうような場所だ。
そして、雄也さんが指定した時間は日暮れまで。
そんな時間もとっくに過ぎているのだ。
いつ、お呼びがかかってもおかしくはない。
「……どうした?」
わたしの様子がおかしいことに気付いたのか。
九十九が声をかけてくる。
自分の頭に彼の吐息がかかって、それがますます羞恥を強めていた。
「ちょっと黙って! 落ち着かせて!!」
そう言って、無理矢理、彼の胸に顔を埋める。
やっていることはさらに恥ずかしくなったけれど、顔の赤さとかそんなものが誤魔化されば良いのです!!
それでも、わたしが落ち着くまで、ずっと、九十九は黙って頭を優しく撫でてくれたのだった。
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