悪い話ばかりではなかった
「九十九の方はその……、大丈夫だったの?」
自分の方で何があったのかをこれ以上追求されたくなくて、わたしは話題を変えた。
九十九がなかなか話してくれないのだ。
わたしは自分の方よりもそっちの方が気になっているのに。
日がすっかり暮れて、周囲は暗くなってしまった。
先ほど、雄也さんが指定したのは日暮れまでだったので、既に時間オーバーとなっているのだ。
尤も、あれは雄也さんの冗談だと思っているけれど。
「ああ、お前のおかげで、オレは怪我一つなかった」
そこで、わたしのおかげとか言われるとかなり恥ずかしい。
九十九はわたしがした「身体強化」のことを言っているのだと分かっているのだけど、わたしからすれば「想い」を込めたキスでしかない。
受け止め方が全く違うのだ。
「本当にありがとな」
さらにそこでお礼を言われると困ってしまう。
「九十九が無事で本当に良かった」
なんとかそれを口にする。
その気持ちに嘘はないのに、照れとかそんな他の気持ちが邪魔して、まともに顔が見ることができなくなる。
何より、ちゃんと九十九の顔を見て、彼の無事を確かめたいのに。
いや、九十九もあまりこっちを見てくれないから、顔をよく見ることができないのもあるのだけど。
「水尾さんのことは聞かないのか?」
不意に九十九がそう口にした。
「九十九はちゃんと教えてくれるつもりなのでしょう? わたしはそれを待つよ」
恐らく、彼から言い出しにくい何かがあるのだろう。
だから、わたしは九十九を待っている。
上手く整理できていないのか。
それとも口にできないようなことがあったのかは分からないけれど。
それでも、水尾先輩が眠っている今。
九十九から無理に聞き出したくはないという気持ちが強かった。
「本当はすっごく気になってるんだけどね」
気にならないはずがない。
少なくとも水尾先輩は、「魔封石」と言われる魔法封じの魔石が使われるような目に遭っているのだ。
そして、魔法が上手く使えないとはいえ、九十九の服を着た上、抱き抱えられて帰ってきたのだ。
そこで何も気にするな、考えるなと言う方が無理だろう。
九十九はそんなわたしを見てどう思ったのか、深い息を吐く。
そして……。
「あまり良い話じゃないけど聞く気はあるか?」
九十九はわたしに覚悟を問う。
「良い話じゃないんだね」
それでも、聞かないわけにはいかない。
「水尾さんにとっては悪い話ばかりではなかったみたいだが、良い話ばかりでもなかった」
「悪い話ばかりでもないのか」
そのことに少しだけ救いを感じる。
悪い話しかないよりもずっと良い。
「ただいろいろありすぎて、何から話せば良いのかが分からない」
「時系列順に話せば良いだけでは?」
九十九は報告書を書き慣れているのだから、普通に話せば良いと思うのだけど……。
「水尾さんから聞いた話と混ぜると、時系列順も難しいんだよ」
「それなら、雄也さんに渡した記録のように話せば?」
一度、文章として纏めているのだから、それなら話しやすいのではないだろうか?
「兄貴に報告していない部分が重要なんだよ」
「ほ?」
九十九が、雄也さんに報告していない部分?
「そんなのがあるの?」
ちょっと意外だった。
九十九は雄也さんに全てを報告しているイメージが強いのだ。
それこそわたしにとっては余計と思われるような部分まで。
「詳細の方で報告するつもりだ。だが、まずはお前の意見を聞きたかった」
「わたしの?」
はて?
普通に会話の中で意見を求められることはあるけれど、九十九がわたしの意見を改まって聞きたいと言うなんて珍しい気がする。
「今回、水尾さんを連れ去ったのは、『綾歌族』と呼ばれる精霊族の手によって行われたことは、もう知っているな?」
「まあ、対面したからね」
でも、本当に「綾歌族」か? と聞かれたら、はっきりと返答はできない。
相手はそう名乗ったけれど、それが本当のことなのかはわたしには分からないのだ。
わたしは、スヴィエートさんしか「綾歌族」を知らない。
しかも、スヴィエートさんは半分、リヒトと同じ長耳族の血も入っているらしいことは分かっている。
そのためか、あの時の羽の生えた男の人とスヴィエートさんが、同じ種族であるようにはどうしても見えなかった。
「じゃあ、お前はそいつの飼い主の見当はついているか?」
九十九からそう問いかけられたので考えてみる。
まず、「赤の王族」、アリッサムの王族だと分かっていて水尾先輩を連れ去った理由、そんな観点から考えては駄目だ。
どの国だって、魔力の強い王族を求めている。
その求める人たちの中には、多少の荒事ぐらいなら人知れぬままに揉み消すことができそうな王族たちも含まれるのだ。
この辺りは漫画や小説の読み過ぎと言えなくもないが、人間界よりも命が軽いこの世界である。
だから、少しぐらい考えすぎるぐらいが丁度よい。
アリッサムの王女たちが三人とも逃げ延びていることを知っているとなれば、ある程度は限られてしまうが、少なくとも第一王女が生きていることは、情報国家の国王陛下の口からあの中心国会議の場にいた人間たちには伝えられている。
生きているか死んでいるか分からない状況での捜索より、生きている可能性の高い方が力も入るのは当然だ。
以前より、アリッサムの王族たちを探している人たちの人員が増えたり、気合も入っていることだろう。
だけど、今回、水尾先輩を「綾歌族」に連れ去ることを命令していた主人は、「赤の王族」だけでなく、わたしのことも知っていたのだ。
それも、水尾先輩がいなければ、わたしを連れて行くところだったとも聞いている。
それらを考えれば、そんな相手は本当に一握り、いや、一摘まみ程度になる。
しかも、わざわざ九十九が質問形式にしたのだ。
そこに何の意味もないとは思えない。
考えられるのは……。
「九十九が『飼い主』って言葉を使うなら、ミラージュのライト辺り……、かな?」
彼の見知らぬ相手なら、ちゃんとあの「綾歌族」の主人のことを「契約者」と言ったことだろう。
精霊族が主人と認めるのは、基本的に契約を交わした相手だったはずだ。
だが、答え合わせをした言葉はちょっと意外なものだった。
「半分正解だ」
「ぬ?」
半分とな?
どういうことなの?
「あの精霊族は、ミラージュの王族に飼われているらしい」
「ミラージュの……、王族?」
なるほど、それなら確かにライトは該当する。
彼は王子さまだったはずだ。
本人はかなり不本意そうだったけれど、そこは自分の中に流れている血の問題。
諦めるしかないのはわたしも嫌というほどよく分かっている。
それ以外ならは、ライトの妹であるミラと、会ったことはないけれど、彼らの父親であるミラージュの国王陛下……かな?
でも、それだと半分……?
三分の一ではないの?
いや、単純にライトも間違っていないけれど、それ以外の人間もいるから答えとしては、半分正解と言ったのかな?
「オレと相対した『鳥』とお前と会った『綾歌族』が同一人物ならな」
「『鳥』って……」
確かに羽は生えてたけど、他に言い方というものがあるのではないだろうか?
九十九は本当に口が悪い。
特に敵対する相手には遠慮もない。
「でも、あの時、わたしが見た『綾歌族』は、声はともかく、周囲がここよりもずっと暗かったから顔とかはあまり見えなかったから、特徴を言われても分からないよ?」
すっかり日は暮れてしまったが、あの建物ほど真っ暗ではない。
少なくとも、近くにいる九十九の顔はなんとか見える程度ではある。
ここは浜で、屋外の開けた場所であるため、蒼月の青白い光が照らしているからだろう。
覚えているのは、仄かに光る灰色っぽい羽と、真っ暗な中でも強い輝きを見せたあの緑色の瞳だ。
でも、水尾先輩を連れ去った「綾歌族」と、九十九が行った先で見た「綾歌族」が同一人物かどうかなんてこの際、どうでも良い話だ。
「だけど、問題はそこじゃないよね? それってつまり、水尾先輩はミラージュの関係者に連れ去られたってことでおっけ~?」
わたしにとって大事なのはその一点だけだ。
連れ去った相手やその契約者が誰であっても、ミラージュが水尾先輩を狙っていることには変わりない。
「間違ってはいないはずなのに、お前にかかると途端に問題が軽くなったように感じるのは何故だろうか?」
なんとなく失礼なことを言われた気がする。
「まあ、通じているなら良かった」
そう言いながら、九十九は肩を竦めるような動きをした。
「そうなると、九十九はミラージュに乗り込んだの?」
誰もその場所を知らない謎の国ミラージュ。
その全容がついに明らかに……。
「いや、水尾さんは、ミラージュのやつらが管理していた城塞に連れて行かれた」
その全容は明らかにならなかったらしい。
「ミラージュが管理していた城塞?」
城塞って……、砦みたいなものだよね?
確か、中継地点や防衛線に作られるやつ。
「水尾さんに縁がある場所だったよ」
「ふ?」
だが、九十九はわたしに驚くべき言葉を続けた。
「水尾さんは、アリッサム城に囚われていたんだ」
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