【第79章― 掌中之珠 ―】護衛兄弟の確認
この話から79章です。
よろしくお願いいたします。
水尾先輩と九十九は夜明け前に戻ってきた。
そして、わたしを見るなり水尾先輩は意識を落とし、九十九はわたしの顔を見ることもなく、別の建物に引きこもった。
つまり、二人から何の話も聞けないままである。
二人は一体、どこに行って、どんな状況にあって、帰ってくることができたのか?
雄也さんと様々なことを考え、話し合ってはみたものの、結局、本人たちから聞かない限り、正しい答えなんて分からないのだ。
だけど、あれから、半日以上経ったというのに、それでも、水尾先輩は目覚める様子もなかった。
それだけ、いろいろなものを消耗したのだろうと雄也さんは言うが、本当にそれだけなのだろうか?
嫌な考えが浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。
こんな時、想像力が豊かだと困ってしまう。
想像と現実は違うことは分かっていても、持っている知識が勝手に総動員されて、ありとあらゆる方向性からいろいろなことを考えてしまうのだ。
嫌な想像はしたくない。
でも、何も聞かされないから、逆にマイナスな話しか思い浮かばなくなっている。
二人の姿を見る前以上に落ち着かない時間は、半日ほど続くのだった。
***
「兄貴」
夕方になって、ようやく九十九の声が聞こえた。
そのことに酷く、安心してしまった自分がいる。
あれだけ荒れ狂っていた彼の体内魔気もちゃんと落ち着いているようだ。
やはり、ここを発ってから、これまでずっとちゃんと休めていなかったのだろう。
「まず、今回の報告だ。概要だけでも早く知りたいと思って、簡単にまとめただけのやつ。詳細については後で渡す」
雄也さんにいつものように報告書を渡している所を見ると、この半日は休息だけではなく、報告書の記録時間でもあったようだ。
「遅かったな」
雄也さんが建物の入り口で対応する。
「悪い。ちょっと落ち着くまでに時間がかかった」
どこか気まずそうな九十九の声。
確かに、彼にしては随分、回復に時間がかかっている気がした。
九十九はわたしほど眠る印象はないが、それだけ疲れていたのかもしれない。
もしくは、報告書の作成に時間がかかった?
概要だけでも、その内容が盛りだくさんだったら時間がかかるのは仕方がないね。
「水尾さんは?」
「まだ眠っている」
九十九の心配に対して、雄也さんは端的に答えた。
「そっか……。『魔封石』の装着時間が長かったせいかもな」
やはり、水尾先輩は、雄也さんの言っていた通り、「魔封石」という魔石を使われていたようだ。
「やはり『魔封石』か……」
雄也さんの呟きに苦いものが籠っている気がした。
それほど嫌な魔石というのがよく分かる。
「でも、水尾さん。自力で一部破壊してたぞ」
「……『魔封石』を……か?」
事もなげに言った九十九の言葉に、雄也さんが怪訝な声を出した。
わたしにはよく分からないけれど、「魔封石」というものを一部だけでも壊すってそれだけ凄いことなのだろう。
確かに魔法国家の王族に対する策として準備しておきながら、実は簡単に壊れてしまうような物ならば、対策になっていないよね。
「だから、通常とは違う効果が出ているのかもしれないな。それについても、簡単に書いてあるから、読んでくれ」
「分かった」
次々と紙を捲るような音が聞こえてくる。
かなり早いペースだから、雄也さんはさらりと読み流しているのかもしれない。
いや、雄也さんなら速読術を身に付けていてもわたしは驚かないのだけど。
「ただその経緯についてはちょっと濁された。自分でも、どうやって破壊したのかは分かっていなかったのかもしれないが……」
「まあ、熱を与えれば破壊は可能な魔石ではあるからな」
そうなのか。
それなら、火属性の魔力を常にその身に纏っている水尾先輩ならなんとかしてしまいそうな気がした。
でも、それなら魔法国家の王族対策としては弱くなるんじゃないかな?
魔法国家の王族は常に火属性の体内魔気をその身に纏っている。
その気配だけで、燃やし尽くされそうな錯覚を覚えるほどだ。
そんな相手に対して、熱に弱い魔石って、ほとんど無意味だと思ってしまうのは、わたしだけなのだろうか?
「栞は?」
おや?
今度はわたしを気にかけてくれた。
まあ、護衛だから気になるか。
でも、九十九はわたしのことを気配で分かるはずだ。
わたしが今、九十九の気配を感じているように。
それなら、今、ここでのんびりしていることだって分かると思うのだけどね。
「今は、水尾さんの様子を見ている」
雄也さんが少しだけ後ろを見て、わたしを見る。
九十九の状態が落ち着くまでは会わない方が良いと言われているので、わたしは入り口からかなり離れた所にいたのだ。
だから、まだ互いに顔も見ていない状態だった。
でも、夜明け前、帰ってきた直後よりは随分、体内魔気も落ち着いていて、大丈夫な気がするけど、雄也さんの判定はどうだろう?
「栞の手が空いてるなら、ちょっとだけ連れ出して良いか?」
ほへ?
連れ出す?
「身体の具合は?」
「ヤバいなら、まだ来ねえよ」
「用件は?」
「今回の報告。オレから直接、栞に話したいこともある」
雄也さんからの確認に、九十九は迷うことなく答えていく。
その受け答えや、声の感じから、やはり、夜明け前の彼とはかなり雰囲気が違っている気がする。
そのことにわたしは安心した。
「分かった。だが、ちょっと待て」
そう言いながら、雄也さんは九十九に顔を近づけたように見える。
この場所からはよく分からない。
直後、九十九の体内魔気が一瞬だけ激しく乱れたが、すぐに落ち着いた。
「なるほど」
「どんな確認の仕方だ!?」
よく分からないけれど、雄也さんから何かを確認されたらしい。
「主人を連れて行くのは良いが、手短に済ませろ。ああ、日が暮れるまでには帰せ」
「もう、すっげ~、日は傾いてるんだが?」
九十九が言うように、時刻は既に夕刻だった。
海の向こうが紅く染まり、そろそろ、太陽が本格的に沈み始めるような時間帯だ。
「だから、手短にと言っているのだ。暗くなったら、危険だろ?」
「もう大丈夫だっつってんだろ!?」
でも、この島では油断ができない。
暗くなってからの方が危険だと言う雄也さんの言葉には、わたしも納得できるものがあった。
「危険ならリヒトを遣わせる。そろそろ、ヤツも疲れている頃だ。代わってやれ」
リヒトはずっと、雄也さんの替わりに精霊族たちの監視をしてくれていた。
スヴィエートさんが目覚めてから、喜んで手伝いに行ったが、リヒトがかえって疲れていなければ良いと思う。
彼女の話し相手はいろいろなものを消耗するのだ。
でも、リヒトなら大丈夫か。
「大丈夫だ。それに、話が終われば、すぐオレが兄貴と交代する」
「……ならば、この部屋で話せばよくないか?」
確かに。
雄也さんと九十九が交代すれば、今すぐリヒトと雄也さんも代わることができる。
でも、それだとスヴィエートさんからすれば、残念かな?
彼女だって、もっとリヒトと一緒にいたいよね。
「兄貴も水尾さんもいないことに意味があるんだよ」
「…………」
「な、なんだよ? その目は……」
ここからは見えないけれど、雄也さんが九十九に対して何らかの表情をしたことが分かる。
「栞ちゃん、今、動けるかい? 別に無理しなくても良いけどね」
「おいこら」
話が聞こえているのが分かっているだろうに、雄也さんは九十九に対して意地悪なことを言う。
この人は本当に弟を苛めるのが好きだよね。
「大丈夫ですよ」
わたしは、水尾先輩から手を離して立ち上がった。
水尾先輩の身体は確かにいつもと違って、どこかおかしな状態にあることは手を握っているだけでもよく分かる。
なんとなく、交通渋滞を起こしているようなイメージ?
上手く言い表せない。
水尾先輩の状態は気になるけど、九十九がわざわざ「連れ出す」という表現を使うことも気になった。
しかも、水尾先輩や雄也さんのいない空間を望むとか。
それは、それだけ深刻な話があるからではないだろうか?
わたしは両拳を握って気合を入れる。
どんな話が出ても動揺しないようにしなければ!
だけど、九十九はわたしにどんな話をする気なのだろうか?
ちょっとだけ、緊張した気がするけれど、それは未知なる話題に起因するものだと自分で納得するのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




