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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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とある護衛の煩悶記録(ダイアリー)

とある護衛の年頃の阿呆な思考です。

 ヤバい。

 それがオレの抱いた感情だった。


 オレと水尾さんは、まだ夜明け前の暗いうちに栞たちがいるあの島に戻った。


 水尾さんを迎えに行った先でいろいろあったが、彼女に会って、あの顔を見れば、安心できると思っていたのだ。


 何より、在るべきところに帰ってきたと実感できると信じていたのに。


 実際、ホッとした。

 あの気配を身近に感じ、どこか呑気な顔を見たその瞬間だけは。


 だが、直後にとんでもない感情に襲われた。

 まるで、あの発情期の時のように。


 いや、幸いにして、あそこまで凶悪な感情ではなかった。

 だけど、制御不能という点では同じようなものだろう。


 思わず、自分の腕の中にいる女性を抱き潰してしまうほどの力がこの手に入りかけたことに気付く。


 自分の手にあったあの人の体温と感触、何よりその存在によって、オレは正気に返らせてもらったようなものだ。


 でも、仕方ないと思うんだ。

 実際に離れていた時間はそんなに長くはなかった。


 そして、どんなに想う相手でもこれぐらい会わないのは普通だろうってことぐらいは理解している。


 それに、これぐらい離れていたことだった以前にも何度かあったのに。

 だけど――――、顔を見た瞬間、この上なく理解させられる。



 オレの主人はメチャクチャ可愛い!!



 それも、顔を見た瞬間、思いっきり抱き潰したくなってしまうほど可愛くて仕方がない!!


 誰かに「お前は一体何を言ってるんだ? 」と問われたら、「オレは事実を言ってるんだよ」と即答できるぐらいだ。


 いや、誰が見たってあの女は絶対可愛いだろ?

 分からないならそれで良い。


 あの女が可愛いことはオレだけが知っていれば良いんだ。


 既に、自分がいろいろ手遅れだとは分かっている。

 こんな思考は真っ当ではない。


 同時に、あの女に惹かれた男が一人や二人じゃないことも知っている。

 厄介なことにあの女がいろいろな顔を持っているから。


 あの女がただの一般人なら良かったと何度思ったことだろうか。


 セントポーリア国王陛下と千歳さんの娘ってだけでも十分なのに、「聖女の卵」となってしまったから、話がもっとややこしくなったのだ。


 さらに最近ではたまたま立ち寄った港町で勧誘され、「歌姫」となっている。


 だから、あの女は明後日の方向に誤解する。

 異性が自分に寄って来るのは、その肩書きに惹かれただけだと。


 確かにそんな男がいるのも事実だ。


 肩書きしか見ない人間。

 それは一定数いる。


 だが、あの女は気付いていないようだが、背負わされた肩書きだけを見て寄ってくる男ばかりではない。


 その肩書きに応じた働きや表情を見せるあの女自身に惹かれてしまう男だってちゃんといるのだ。


 あの女に全く、これっぽっちも! 全く! その自覚はないのだが。


 何よりも厄介なのはオレだ。


 それらを一番、事細かに、超至近距離で、常日頃から、存分に、この上なく、見せつけられているオレが最も困る存在なのだ。


 ちょっと離れただけでこのザマだ。


 確かに気が昂っていることは認める。


 それなりの緊張感を持って、臨んだ場所で、久しぶりの戦闘もあった。

 それも空中戦だ。


 しかも、相手は飛び回ることに慣れている精霊族を中心に編成されていて、それは有象無象といっても、決して少ない数ではなかった。


 100を超えた辺りで数えるのが面倒になったが……。


 それでも、あの数は身体強化をされていなければ、かなり辛かったと思う。

 一人一人は大したことがなくても、その数が多ければ、対処法も変わってくる。


 逆に言えば、その身体強化のおかげで、かなり楽に戦えたのだが、あれだけの数を同時に相手にしたのは初めてだった。


 しかも久しぶりのまともな空中戦だ。

 ある程度、気分が高まり、興奮状態になるのも仕方がない。


 おまけに、行った場所で水尾さんの無事を確認できた。

 同時に嫌な男にも会ったのだが、身体強化のおかげで、珍しく圧倒できたのだ。


 それらのおかげで気分が良くなったのもある。

 我ながら単純だとは思うが、さらに高揚したことは間違いなかった。


 そして、トドメとなったのが、帰る前に、結局、水尾さんのストレス解消……、もとい、体内魔気を安定させるための魔法の撃ち込みに付き合わされることとなってしまったことだとは思う。


 ほぼ命令に近い形で、あの場所の契約の間まで先導され、生きた心地がしないほどの巨大で強大な威力を持った火属性魔法ばかりを一方的に食らうこととなったのだ。


 全く抵抗することなく全ての直撃を食らえとか、どんな鬼畜な命令ですかね?


 オレに対して、そんな命令をするのは敵以外では兄貴ぐらいしか存在しないと思っていた。


 とんでもない魔法の数々が、眼前に迫るどころか、自分の身体ごと覆い尽くされるなんて、いろいろな意味で、何度か逃げ出したくなったオレは絶対に悪くない。


 度胸試しにも限度があるってもんだ。

 それでも、水尾さんは大丈夫だと分かっていたらしい。


 そうでなければ、あれだけの魔法の数々を、仮にも見知った相手に対して躊躇なく放つなんてできないだろう。


 何の目算もなく、あんなことをするなんて正気とは思えないから。


 だが、あの時、栞から施された身体強化は、オレの様々な能力を、想定していた以上に向上させていたことはオレ自身にもよく分かった。


 いつものオレの身体強化であれば、まともに食らえば、あれらの魔法に対して、火傷や、最低でも各部の乾燥は避けられない。


 だが、全くの無抵抗だったというのに僅かな火傷も負うこともなく、肌や髪の毛の乾燥すらなかったのだ。


 あんな状態、普通じゃねえ。

 どれだけ鍛えれば、オレはあんな境地に至れるのだ?


 だが、身体が耐えられるとは言っても精神的に耐えられるかは別の話だった。

 何度も死の恐怖とまではいかないまでも、それに近い心境になったことは否定しない。


 そして、高揚状態が異常なまでに高まっている所に、死を覚えるほどのギリギリ感。

 まるで、話に聞いたことがある戦場だ。


 しかも、火属性魔法が自分を包みこむたびに何故か思い出されてしまう主人の姿。

 あの時のオレに対する強化の方法が、原因だと思われる。


 その上、遠慮なくオレに対して魔法を撃ちっぱなし、いや、撃ち放題をやってくれた水尾さんの魔法力が尽き、抱き抱えて帰る羽目になったのだ。


 そして、栞以外の女性を抱えることで、どうしても、栞と比較してしまう自分があった。


 細いけど柔らかくて温かい水尾さんだったが、栞はもっと柔らかくて温かい上、触れているとホッとする。


 何より、オレ自身が満たされている感覚が強いことを自覚する。

 他の女性とは全く違う感情。


 オレは、本当に栞に触れて、その柔らかさと温もりを感じることで、互いに生きていることを実感するだけで幸せに思えるような男だったのだ。


 だが、オレはこれまで、そんなことにも気付いてなかった。


 主人への想いの中に、男としての感情を自覚した途端、本当に様々なことに目を瞑って、目を逸らしていたことに、何度も思い知らされる機会が増えた気がする。


 それを心の中で重しと感じる反面、それだけの存在を得ていたことを嬉しく思える自分がいるのも事実だ。


 これが成長なのか、退歩なのか。

 向上なのか、劣化なのか。


 そんなこと、オレ自身にもよく分からない。


 だけど、それでも、自分の能力の大部分が、主人である栞のためにあるのだから、できる限りの努力はし続ける必要がある。


 手を伸ばしても、彼女には届かない。

 それどころか、より一層遠く感じる大事な主人。


 触れることが許されていても、それ以上、踏み込むことまでは許されない存在。


 その他、いろいろな原因や感情が()()ぜとなった結果……、帰還早々、()()()()()を押し隠して、一人きりになるしかなかった。


 兄貴には絶対、バレている。


 そうでなければ、ほとんどまともな報告もせずに別の場所に行きたいという意見を聞き入れてはくれないだろう。


 やっと会えたのに。

 ずっと会いたかったのに。


 それでも、こんな感情のまま、栞と言葉を交わすことなんてできるはずはなかった。


 今、オレの中に渦巻いているのは、()()()()だ。


 発情期の頃にずっと感じていた渇望に、限りなくよく似た際立つ熱を身体の奥底から感じている。


 渇いて、渇いてたまらない。


 自分の(うち)から絶え間なく訴え続けている切望が、脈打つように力強く押し出されていく。


 いや、ある意味、すっげ~、たまっているのか。


 ここ数日で身体に溜まりきった疲労、ストレス、その他諸々によって、白んでいく視界と思考の中で、オレの脳裏に浮かんだのはそんな本当にどうでもいいような言葉しかなかったのだった。

分かりやすくサブタイトルで遊んでみました。

語感を優先したので、いろいろ間違っている自覚はちゃんとあります。


そして、この話で78章は終わりです。

次話から79章「掌中之珠」。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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