抑えきれない好奇心
「キミの知る魔法国家の王族の目の前に、どんな巨大な魔法も効きそうにないような男が現れたらどうすると思う?」
そんな俺の質問に対して……。
「巨大魔法を連発して試した後、様々な方向性からあらゆる魔法を試して制圧しようとすると思います」
まるで始めから用意されていたかのように見事な即答をされてしまった。
だが、その直後に何故か首を傾げた後……。
「水尾先輩が九十九とタイマンバトルをやったってことですか?」
意外な単語を追加された上で、確認される。
いや、ある意味、様々な漫画が好きだったこの主人らしくはあるのだが、この可愛らしい口から「バトル」はともかく、「タイマン」という言葉が出てきたことに対して、違和感が拭えないのは俺だけだろうか?
「その可能性が高いかな」
だが、動揺しても、それを表に出さない努力はする。
「九十九は、栞ちゃんから強化された状態で水尾さんの救出に向かった。その効果の強さと時間は正確には分からないけれど、先ほど帰ってくるまでは、まだ少し残っていたように見えた」
それだけで、かなり長時間の効果があったと見込まれる。
普通の強化魔法や、法力は長くても一日持てば良い方だ。
あの神官最高位の大神官であっても、そこまでの長さの強化を施せるかどうか分からない。
それだけの想いが込められていたと考えるべきだろう。
だが、何故か目の前の主人の様子がおかしい。
小さく漏らされる言葉は聞き取れないほどであり、明らかに先ほどの俺よりも動揺……、いや、混乱しているように思える。
「……話を続けても大丈夫かな?」
「は、はいぃっ!?」
その反応で、なんとなく気付いた。
これは、あの時のことを思い出しているのだ。
強化するためとはいえ、異性に対して口付けをする行為。
異性に慣れていない彼女が、ある程度慣れている相手とはいえ、あの行動に出るだけにどれだけの葛藤があったことだろうか?
純なことで少し羨ましい話だ。
尤も、この反応を見ることができているだけで、俺も幸運ではあるのだが、話の方は続けさせてもらおう。
恐らく、それを彼女も望んでいる。
「あの強化は多分、ちょっとした物理、魔法攻撃ぐらいは無効化するかな。それ以外にもいろいろあったみたいだけど、一番目立つのはその二つの耐性強化だった」
「む、無効化?」
そこまで効果があったとは思っていなかったようだ。
「そんなものを前にして、魔法国家の王女が試さないと思うかい?」
あの時の、彼女の「祈り」は、具体的にどんな形で望まれて、さらにどんな形を成したのだろうか?
この魔法国家の王族が魔法に対する探究を止めることができないように、俺の興味も尽きない。
「そ、そんな状況ではないと思いますけど……」
それでも抑えられないのが「好奇心」という厄介なものなのだ。
こればかりは理屈ではなく、本能のようなものでもある。
いくら、「止めろ」と頭が制止しようとしても、心の方が止まらないのだ。
それについては、俺にも経験があるからよく分かってしまう。
「攫われたお姫さまが、助けに来てくれた騎士に対して巨大魔法を連発するって、物語としてはかなりおかしくないですか?」
「夢物語ならね」
俺は思わず苦笑してしまった。
確かにここで眠っている魔法国家の王族は、「お姫様」であり、助けに向かったあの愚弟は馬にこそ乗ってはいないが、日頃の役割的にも「王子様」というよりも、高貴な人間を護る「騎士」と言えなくもない。
だが、あまりにも配役が悪すぎる。
それは、この舞台の役者を選んだ演出家のセンスを問われるほどと言っても過言ではないほどに。
「ゆ、夢物語……」
どこかショックを受けたような我が主人。
しまった。
言葉選びを間違えたか。
考えてみれば、人間界にいればまだ夢を見たいお年頃ではある……か?
いや、もう18歳だ。
人間界でももう現実を見ることができる年頃ではあると思う。
だが、同時に純な娘でもあった。
しかも、漫画や小説など架空の物語が好きな娘でもある。
それならば、今も「白馬の王子様」などの存在を信じていても……?
「栞ちゃん? 大丈夫?」
ショックを隠し切れない主人に何とか声をかける。
「だ、大丈夫です。ただ、確かにヒーローの助けを待つ囚われのヒロインは、少女漫画、少年漫画の設定としてはかなり王道ですけど、それだと、水尾先輩らしくはないですよね」
それは、どこか自分に言い聞かせるような言葉。
だが、その口調から、そんな状況に自分自身の憧れがあったようには思えなかった。
どちらかというと、演じる役者ではなく、それを見届ける観客でもなく、演出する側の意見に近いような気がする。
考えてみれば、この主人は自分で漫画というものを一つの作品として仕上げるほど、好きなのだ。
それならば、魅力的な主人公やその作品たちに自己投影する読者視点ではなく、そんな読者に夢を見させる作者視点の感覚を持っていてもおかしくはないのか。
俺には分からないものではあるのだが……。
「つまり、雄也さんは、九十九と水尾先輩が勝負したと考えているわけですね?」
「可能性が高いとは思っている」
「それって、どんな状況ですか?」
先ほどと明らかに違う問いかけ。
だが、そこまでは俺にも分かりかねる。
第一に、それを許すほどの結界がある場所など、そう多くもないだろう。
魔法国家の王族がある程度、大きな魔法を使っても問題ないほど頑丈な結界がある場所など、各国の城内にある王族専用の契約の間や、大聖堂の契約の間、少し前に滞在していた「ゆめの郷」にあったような自然結界の場所ぐらいではないだろうか?
人工的な結界にしても、今も「魔封石」の影響が抜けきっていないこの魔法国家の王女殿下が、自ら張れたとも思えない。
そして、強化されているとはいえ、愚弟は結界を張りつつ、魔法国家の王女殿下の魔法をいなすほどの器用さはない。
一方的に魔法を撃ちこまれるという条件下ならそれも可能だろうが、そんな恐ろしいことを自ら買って出るほどの被虐趣味はなかったはずだ。
「やはり、本人たちに確認するしかないね」
俺にはそう言うに留めるしかない。
人間界には「事実は小説より奇なり」という言葉を残した詩人もいるぐらいだ。
やはり、推測、想像には限界があるということだろう。
「そうですね。でも、今はゆっくり休んで欲しいと思います」
そう言って、主人は魔法国家の王女殿下に触れる。
片や魔法国家の王族で、片や剣術国家の国王の娘。
本来なら、触れ合うこともなかったはずの2人。
それが、不思議な縁で結ばれてしまったものだ。
「雄也さん」
不意に、主人が声をかける。
「なんだい?」
落ち着いたからこそ、気付くものもある。
寧ろ、ここまで何も言わなかったこと自体が不思議なことだ。
「水尾先輩は、衣服を損傷したのでしょうか?」
「多分ね」
そうでなければ説明がつかないことがある。
「これって、九十九の服……、ですよね?」
「そうだね」
他人の、それも、異性の服を着ることを好む女性ではないのだ。
そして、衣服が多少の汚れたぐらいなら、気にしないような方でもある。
それが、弟の魔法によるものか、それ以外の手によるものかは分からないけれど、少なくとも、着るのを躊躇うような状態になったことは間違いないだろう。
「水尾先輩は、本当に、無事……、だったのでしょうか?」
その途切れがちな声に、彼女が何を気にしているのかが分かってしまう。
「少なくとも、栞ちゃんが考えているような被害はなかったと思うよ」
「それは、どうして……?」
「そこで寝ているそういったことを何も知らないような『綾歌族』の女性ならともかく、水尾さんは理知的で、この世界の倫理もある女性だ。そんな女性が、そんな被害にあった上で、仮にも異性である九十九の腕に大人しく収まりはしないと思うよ」
少なくとも意識がある状態で暴れることも怯えることもなく、力を抜いた状態で九十九に身を任せていた。
それにそんな目に遭った上で、異性と魔法勝負なんてできる心の余裕なんかあるはずもない。
それを隠し通せるほど心が頑強だったり、既に壊れていたとすれば分からないが、少なくともそんな印象はなかった。
特に異性に対して噛み付きたくなるほど警戒心の強い女性だ。
しかも、「ゆめの郷」での言動を思い出す限り、異性によるそういった理不尽な暴力を厭う潔癖な部分もあることを知っている。
それでも世の中には「絶対」はない。
「だから、大丈夫だと思うよ」
だから、俺は確定的、断定的な言葉を避けるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




