頭の中で駆け巡る情報
「九十九と水尾先輩の身に何が起きたのですか?」
明らかに動揺している主人に対して……。
「それは、当人たちが落ち着いてから聞いた方が早いんじゃないかな?」
俺は、目の前にいる女性を注意深く確認しながらそう答えた。
その状態は魔法力が著しく消耗しているだけで健康そうに見える。
だが、少し、体内魔気の循環が悪い。
いつもならその全身を燃やし尽くすような幻視をすることすらある火属性の魔力が、一部、余計なものに阻まれ、不完全燃焼を起こしているように視えた。
「栞ちゃんは俺が推論段階で不確かな情報を主人に伝えると思っている?」
「思っていません」
俺の言葉を即座に否定してくれた。
確かに彼女たちの身に起こった出来事について、多少の私見はあるものの、自信はあまりない。
この魔法力の極端な消費も気になるが、弟が行って、彼女を連れ帰るだけにしては、時間がかかり過ぎている。
行った先で弟が予想もしていなかった何かがあったと考えるべきだろう。
何より、全ての人間の行動を予測することなど不可能だ。
俺には目の前にいる主人の言動すら予測できないのに。
「ただ、二人の姿を見れば落ち着くと思っていたのに、こんなにも落ち着かないとは思っていなくて……」
「まあ、無事とは言い難いからね」
二人とも肉体的、精神的な疲労が大きいのは誰の目にも明らかだ。
怪我はないようだが、その疲労した理由によっては、あまり良くない結論にも至ってしまう。
今、目の前で意識を落としている女性の衣服が変わっているのだ。
そして、それは見覚えがあるものだった。
少なくとも、今、彼女自身は自分の衣服に着替えられないような状態であることは疑いようもない。
「栞ちゃんの目にはどう映った?」
「水尾先輩は魔法力が枯渇して、九十九は……、なんだろう? 体内魔気が乱れているような感じ……でしょうか?」
「なるほど……」
ある程度、二人の状態は分かっているらしい。
以前に比べて、主人の眼もしっかりと育っている。
それでも不安なのだろう。
「どちらも半分正解かな」
「はへ?」
俺の言葉に不思議そうに返す。
「二人が行った先で、何があったかは分からないけれど、今の状態なら俺にもある程度は分かるよ」
「ほ?」」
暫く茫然とした後……。
「ふ、二人の状態は!?」
食いつくように迫られた。
二人のことを心配していると分かっているのだが、そこまで勢いよく来られると困る。
黒く大きなその瞳は真っすぐ俺を捉えていた。
「水尾さんは、多分、『魔封石』を使われたみたいだね」
この体内魔気の乱れはその影響によるものだろう。
その「魔封石」はもう近くにはないようだが、なかなか良質なものを使われたのか、まだその影響下にあるらしい。
そのことから、恐らく、一時間以上は肌に触れていたのだろう。
「魔法国家の王女殿下対策としては妥当だ」
寧ろ、彼女が敵対することがあれば、俺も迷うことなくそれを使うつもりでいた。
この主人は反対しそうだが、どんな事情があっても敵に回れば、手心を加えるような余裕などない相手だと思っている。
「でぃ、ディエカルド?」
弟は魔石の種類までは教えていないらしい。
だが、これぐらいは教えておけ。
「『魔封石』と呼ばれている魔法封じの魔石だね」
この主人にとっても、本来ならば天敵となるはずの魔石だ。
体内魔気の循環が阻害されるため、身体に虚脱症状が現れる恐ろしい魔石。
その状態は、常に強い体内魔気を纏って生きている王族にこそ、より激しくその効果が表れるとも言われている。
ただ、その恐ろしい魔石も、この「聖女の卵」には、どこまで通じるかは分からない。
この主人は確かに王族の血が流れているために体内魔気を乱されれば、多少なりとも混乱はするだろう。
だが、その半分は魔法を使わずとも生きていける世界にいた「人間」でもあるのだ。
そちらの血がどう作用するのか、予想もできない。
「水尾さんの体内魔気の流れがいつものような激しさもなく、所々、淀んでいる。どんな質の物かは分からないけれど、『魔封石』を使われたことは、間違いないかな」
「では、この水尾先輩の魔法力が大きく減っているのもその『魔封石』という魔石のせいですか?」
主人の言葉に少し考える。
少なくとも「魔封石」にそんな効果はないはずだ。
「いや、『魔封石』は体内魔気に干渉して、その影響下にある間は魔法を使えなくする効果しかない。この魔法力の減少は別の理由によるものかな」
「別の……?」
「魔法力を吸い取られたかと思ったけれど……」
「え、MP吸引!?」
どことなく懐かしい響きのする言葉が返ってきた。
人間界のゲームと呼ばれたものにそんなものがあった気がする。
あの惑星では、ゲームだけではなく、空想世界を作り出し、表現したものが多く存在していた。
この世界とは違う世界に住む人間たちの発想の数々に驚かされたものだ。
「魔法力は、特定の魔法具の動力として使えるからね。魔法国家の王族である彼女の魔法力をここまで奪うのは相当な魔法具を使うためとも考えられるけど……」
それでも、その割に彼女の身体が衰弱していない。
自分の意思で魔法を使うでもなく、無理矢理、体内から魔法力を引き出されれば、人間の身体は単純に疲労だけではなく、身体機能そのものが落ちる。
だが、先ほど触れて確認した限り、体温や脈、呼吸も正常範囲であり、そこまで大きな乱れはなかった。
どちらかと言えば……。
「彼女自身が巨大な魔法を連発したとも考えられる」
こちらの可能性が高い。
俺たち兄弟や主人相手に、ほぼ連戦で魔法を繰り出すこともできるほどの女性が、そう簡単に魔法力が尽きるという状態に追い込まれるとは思えないが、それでも、長時間使い続ければ、魔法力の消費量が魔法力の回復量を上回る。
「へ?」
「連れ去られた水尾さんが、何の抵抗もしなかったと思うかい?」
「ね、眠った状態なら、流石に抵抗はしないと思います」
少なくとも「魔封石」の影響を受ける前ならば、眠っていても、害意を持って触れようとするだけで、「魔気の護り」が働くはずだ。
だが、「魔封石」を使われれば、その「魔気の護り」も通常と同じような働きはしなくなってしまう。
「あの『綾歌族』は、水尾先輩が『赤の王族』……、恐らく、アリッサムの王族と理解して連れ去っています。それならば、彼女が眠っている間に、先に対策を準備しているでしょう」
「ああ、なるほど……」
それは、理屈としては分かる。
だが、確かに「魔封石」を眠っている時に使われていれば厄介だが、害意を持たずに眠っている彼女に渡せるかは少し疑問だ。
「魔封石」は肌に触れることによって、体内魔気を乱す効果を発揮するのだ。
「魔封石」で作られた鎖とかで身体を拘束すれば可能だが、その拘束段階で「魔気の護り」が発動する気がする。
前々から、王族を捉えるつもりで腕輪などの装飾品として「魔封石」の準備をしていたのか?
それならば、連れ去った「綾歌族」とその契約者は、間違いなく、アリッサムの王族とその「魔気の護り」の性能を知っている相手となる。
他にも疑問は尽きない。
それに、彼女が無抵抗だったならば、魔法力は、何故、回復が間に合わないほど消費しているのだろうか?
「ああ、もしかして……」
そこまで考えて、俺はあることに思い至る。
「魔封石」を使われたことに間違いはないが、恐らく、それは現れた愚弟によって破壊されたのだろう。
アイツも「魔封石」の機能とその弱点を知っている。
そして、体内魔気が正常とは言わないまでも、そこそこ回復したら、この女性はどうするだろうか?
「それなら、水尾さんの友人としての栞ちゃんに確認するけど……」
「はい」
俺の知る限り、魔法に関して貪欲なまでに好奇心旺盛な魔法国家の王族。
そんな彼女の目の前に……。
「キミの知る魔法国家の王族の目の前に、どんな巨大な魔法も効きそうにないような男が現れたらどうすると思う?」
自分の救い主とは言え、「聖女の祝福」で魔法を無効化しそうなほど強化された男が現れたら、どんな行動に出るだろうか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




