頭の中で巡る情報
「九十九と水尾先輩の身に何が起きたのですか?」
わたしがそう口にすると……。
「それは、当人たちが落ち着いてから聞いた方が早いんじゃないかな?」
そんな尤もな答えが返ってきた。
確かにすぐ確認する理由はない。
少なくとも、彼らは既に帰ってきて、どちらも近くにいるのだから。
これは、一刻も早く知りたいと思うわたしの我儘だ。
「栞ちゃんは俺が推論段階で不確かな情報を主人に伝えると思っている?」
「思っていません」
わたしはしっかりと否定する。
それは、彼らに対する暴論であり、暴言にもなる。
そして、そこでやや尖った口調になってしまう辺り、いつか見た情報国家の国王陛下と同じ血を感じると言わざるを得ない。
だが、それを口にすると雄也さんがもっと不機嫌になってしまうことももう理解した。
君子危うきに近寄らず……だ。
わざわざ、見えている地雷原に思いっきり突っ込んでいく必要はない。
尤も、わたしは「君子」という立派な存在ではないけれど。
「ただ、二人の姿を見れば落ち着くと思っていたのに、こんなにも落ち着かないとは思っていなくて……」
「まあ、無事とは言い難いからね」
水尾先輩も意識を落としているし、魔法力も枯渇状態に近い。
そして、先ほど見かけた九十九は魔法力の方はまだ少し余裕がありそうだったけれど、身体の方はかなり疲労していて、さらに体内魔気がどこか荒れ狂っているような気がした。
遠くにいると感じていた時はそこまで激しくはなかったのに、移動魔法で現れた途端、一気に何かが解放されたがっているように暴れだしたかのように見えたのだ。
「栞ちゃんの目にはどう映った?」
「水尾先輩は魔法力が枯渇して、九十九は、なんだろう? 体内魔気が乱れているような感じ……でしょうか?」
「なるほど……」
水尾先輩の確認が終わったのか。
水尾先輩の手を寝台の上に優しく置いた後、雄也さんはわたしの方を向いて笑った。
「どちらも半分正解かな」
「はへ?」
「二人が行った先で、何があったかは分からないけれど、今の状態なら俺にもある程度は分かるよ」
「ほ?」」
確かに雄也さんは「二人の身に何が起きたか? 」という質問に対しては「不確かな推論段階で返答はできない」と言ったが、今の状態については何も言っていない。
「ふ、二人の状態は!?」
思わず飛びつくように、雄也さんに尋ねた。
「水尾さんは、多分、『魔封石』を使われたみたいだね。魔法国家の王女殿下対策としては妥当だ」
「でぃ、ディエカルド?」
それはどんな魔法なのだろうか?
「『魔封石』と呼ばれている魔法封じの魔石だね」
魔法の名前ではなかったらしい。
でも、魔法を封じる効果のある魔石。
それならば、確かに魔法に特化した魔法国家の天敵だといえる。
「水尾さんの体内魔気の流れがいつものような激しさもなく、所々、淀んでいる。どんな質の物かは分からないけれど、『魔封石』を使われたことは、間違いないかな」
「では、この水尾先輩の魔法力が大きく減っているのもその『魔封石』という魔石のせいですか?」
水尾先輩はわたしの目にも分かりやすく魔法力が枯渇状態にあった。
水尾先輩は魔法国家の王族だ。
わたしよりも、魔法力がずっと多い。
そして、魔法の使い方も上手いのだ。
そんな彼女がここまでの状態になるなんて、普通では考えられない。
「いや、『魔封石』は体内魔気に干渉して、その影響下にある間は魔法を使えなくする効果しかない。この魔法力の減少は別の理由によるものかな」
「別の……?」
なんだろう?
「魔法力を吸い取られたかと思ったけれど……」
「え、MP吸引!?」
人間界のゲームでたまに見かけたやつだ。
基本的に魔法の使用回数とかを節約したいわたしにとっては、かなり嫌な敵だった。
「魔法力は、特定の魔法具の動力として使えるからね。魔法国家の王族である彼女の魔法力をここまで奪うのは相当な魔法具を使うためとも考えられるけど……」
雄也さんはそう言って考え込む。
その間にどれだけの情報が、彼の頭の中を巡っているのだろうか?
「彼女自身が巨大な魔法を連発したとも考えられる」
「へ?」
どういうことだろうか?
「連れ去られた水尾さんが、何の抵抗もしなかったと思うかい?」
「ね、眠った状態なら、流石に抵抗はしないと思います」
寝ぼけて魔法を撃つほど見境ない人でもない。
でも、目が覚めて知らない所にいたら、まずは魔法をぶちかます気がした。
だから、「魔封石」というのを使われた?
「あの『綾歌族』は、水尾先輩が『赤の王族』、恐らく、アリッサムの王族と理解して連れ去っています。それならば、彼女が眠っている間に、先に対策を準備しているでしょう」
準備ができなければ、何度も眠らせれば良いだけだ。
わたしが、睡眠耐性が高いはずのスヴィエートさんに「子守歌」を何度も聴かせて効果を高めてしまったように。
魔法国家の王族に対して、その「魔封石」以外の対策を持っているのだから、使わないのは阿呆だろう。
「ああ、なるほど……」
雄也さんも納得したらしい。
さらに少し考えて……。
「ああ、もしかして……」
雄也さんはぽつりと呟いた。
「それなら、水尾さんの友人としての栞ちゃんに確認するけど……」
「はい」
改まって、なんだろう?
しかも、友人として?
なんとなく背筋が伸びた気がした。
「キミの知る魔法国家の王族の目の前に、どんな巨大な魔法も効きそうにないような男が現れたらどうすると思う?」
「巨大魔法を連発して試した後、様々な方向性からあらゆる魔法を試して制圧しようとすると思います」
雄也さんの問いかけに、深く考えずに拳を握って答えを返す。
その後で、先ほどの雄也さんからの質問と自分の返答を噛み砕いた。
……あれ?
今のわたしの答えって……?
「水尾先輩が九十九とタイマンバトルをやったってことですか?」
「その可能性が高いかな」
な、何、やってるんだ?
あの2人……。
「九十九は、栞ちゃんから強化された状態で水尾さんの救出に向かった。その効果の強さと時間は正確には分からないけれど、先ほど帰ってくるまでは、まだ少し残っていたように見えた」
わたしから、強化されたって……、あの「祝福」のこと!?
そ、そう言えば、わたし、あの時、九十九を心配するあまり、その彼の唇にキスしちゃって、え? しかも、それって、雄也さんやリヒトにも目撃されてたっぽかったよね?
え? ちょっと?
今更だけど、なんてことしでかしちゃったの、わたし!?
「……話を続けても大丈夫かな?」
「は、はいぃっ!?」
ああ!?
さらに雄也さんから気遣われた。
絶対、なんで今、わたしが動揺しているのかって、バレバレだと思う。
顔、熱いし、赤くなってるはずだ。
もしかしらたら、頭から湯気が出ているかもしれない。
「あの強化は多分、ちょっとした物理、魔法攻撃ぐらいは無効化するかな。それ以外にもいろいろあったみたいだけど、一番目立つのはその二つの耐性強化だった」
「む、無効化?」
あれ?
わたし、そこまで願ったっけ?
いや、それ以上に願ったぐらいで、そう簡単にできてしまうものなの?
それがとんでもないことだっていうのは、わたしでもよく分かる。
どんなゲームでも、そんな強敵が出てきたら、自分や味方に、相手からの攻撃を確実に反射してダメージを与える系統の能力や装備がなければ全滅必至じゃないですか?
「そんなものを前にして、魔法国家の王女が試さないと思うかい?」
「そ、そんな状況ではないと思いますけど……」
少なくとも、水尾先輩は見知らぬところに連れ去られていたのだ。
そんな状況で……も、彼女ならやりそうで怖い。
どんな状況にあっても、どこまでも魔法に対しての知識を追求したくなる魔法国家の王女殿下たち。
その性質を生まれながらに持っているのだ。
でも……。
「攫われたお姫様が、助けに来てくれた騎士に対して巨大魔法を連発するって、物語としてはかなりおかしくないですか?」
一縷の望みをかけて、わたしは雄也さんにそう言ってみた。
雄也さんはわたしに向かって笑いかけながら、こう言った。
「夢物語ならね」
わたしの意見を肯定して欲しくて言った言葉は、そんな現実的な護衛青年の台詞によってあっさりと否定されてしまった。
つまり、現実は夢のような話とは大違いってことだね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




