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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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観察されている

「ぬ……?」


 なんか、変な夢を視た気がする。


 でも、思い出せない。


「どうしたの?」


 近くにいた黒髪の美形、雄也さんが笑いながらわたしに声をかける。


「いえ、なんか夢を視た気がするのですが、思い出せなくて……」


 変な夢だったという部分だけは覚えているのに、その内容が一切、思い出せない。


 でも、夢というのはそんなものだ。

 目が覚めた瞬間に全てが消去される。


「良い夢だった?」

「覚えていないけれど、奇妙な夢だったことは確かです」


 わたしがそう答えると、雄也さんが破顔した。


 うん。

 起き抜けに美形の満面の笑みは、心臓に悪い。


 そして、その瞬間、わたしが夢の印象すら思い出せなくなったことだけは間違いなかった。


 でも、思い出せないなら、わたしにとって、大した夢ではなかったのだろう。

 そう思い込むことにした。


 ふと、窓を見ると、まだ暗い。


「わたし、どれぐらい寝てましたか?」

「四時間(こく)ぐらいかな」


 眠りに落ちた時は、確か、深夜だった。

 今は、真夜中ではないけれど、夜明けにも少しだけ遠いような時間らしい。


 見ると、雄也さんの机にあった書類の量が増えていた。

 あれからずっと書類仕事をここでしていたのだろうか?


 その姿を見て、なんとなくセントポーリア国王陛下を思い出す。


 わたしが、セントポーリア城でお世話になっていた時、あの方も、凄い量の書類と向き合っていたから。


「何?」


 不躾な視線が気になったのか、雄也さんは穏やかな表情のまま、わたしに向かって微笑みかける。


「あの……、書類、増えてませんか?」


 わたしが眠りに落ちる前に見た量より、明らかに多い。


「ああ、ごめん、ごめん。片付けをしていなかった」


 そう言いながら、雄也さんは書類を少し手に取っては中を確認し、収納魔法で片付けていく。


 九十九も報告書を本格的に書く時は、結構、書類を机に散らしていた。


 でも、それらはわたしほどじゃないか。


 彼らはちゃんと法則に基づいて並べているみたいだけど、わたしが絵を描いた後に、かなり適当に紙を広げている。


 それは、この世界の筆記具のインクがすぐに乾かないためだ。


 紙を仰ぐなりして、風を送れば少しはマシだけど、文を書いたり、絵を描いたりしている時にそんな余裕などない。


 そして、風魔法や乾燥魔法などの魔法を使うと紙やインクが変質してしまう。


 だから、インクを自然乾燥させるためにそうするしかないのだ。

 そういうことだ。


 わたしは悪くない。


「ごめんね。ちょっと見苦しいところを見せたかな?」


 雄也さんは少し照れくさそうに笑いながらそう言うが……。


「い、いいえ、全然!」


 わたしは慌てて否定する。


 大体、これが見苦しいというのなら、絵を描いている時のわたしはどうなるのでしょうか?


 しかも、それを護衛とはいえ、仮にも異性である九十九の前でも平然とやっているわけですよ?


 そんな疑問の数々も、美形による目が眩むほどの微笑みの前には綺麗に吹き飛んでしまう不思議。


 なんだろう?

 雄也さんがちょっとご機嫌?


 雄也さんはわたしによく笑ってくれるけれど、ここまで微笑みの大安売りはちょっと珍しい気がする。


 でも、それを指摘するのもな~?


「朝には早いけど、もう起きる?」

「あ、はい」


 確かにまだ早いけど、雄也さんと会話したせいか、もう眠くない。


 ぐっすり眠って、気分、すっきり?


「それなら顔を洗って来ると良いよ」

「ふ?」


 ……顔?

 だけど、雄也さんは笑顔のまま、それ以上、何も言わずにわたしにタオルを渡してくれる。


 ……顔?

 なんとなく、自分の顔に手をやる。


 ……顔?

 寝起きの頭はまだ働いていないのだろうか?


 ……寝起き?

 そこで、ようやく気付いた。


 今度は右手で目元、左手で口元に触れる。


「い、行ってきます!!」


 年の近い男性の前で、だらしない起き抜けの顔を晒していたことに気付き、わたしは慌てて、タオルを持ったまま、洗面台の方へ向かう。


 雄也さんは九十九のようにはっきりと言ってくれないから、そのことに気付くのに時間がかかってしまった。


 いや、それ自体が気遣われていたのだって分かっているのだけど、どうせなら一思いにはっきりと言って欲しい。


 実際、姿見(かがみ)を見ると、目元も口元もだけど、頬にも寝具の痕がくっきりとあって、さらに、髪の毛が大爆発を起こしていた。


 これは笑う。

 わたしでも笑う。

 悪いけど笑う。


 どこのコントだ?

 雄也さんのあの笑顔の数々は、恐らく笑いを堪えていたのだろう。


 ううっ、恥ずかしい。

 いっそ、噴き出してくれればすぐに分かったのに……。


 髪の毛の爆発については慣れているため、自分で何とかできるのだが、この頬に思いっきり自己主張している皴についてはどうしたらよいだろう?


 ある程度、時間が経てば、跡形もなく消えることは知っているが、今は、一刻も早く、消したい!


 とりあえず洗顔後、必要以上にタオルで顔をこすってみる。

 九十九がいたら、「そんなにタオルで強く顔をこするな」と怒られていただろう。


 そして、それだけやったのに、この頬について寝具の痕だけはとれなかった。


 雄也さんなら知っている気がする。


 九十九もそういったことに妙に詳しいけど、彼はその兄だ。

 弟以上に詳しくても驚かない。


 だけど、さっきの今で、またアホ面を晒し、教えを乞えと?


「……今更か」


 わたしが彼らに醜態を晒したことは一度や二度ではないのだ。


 今更、その罪状が少し追加されたところで、彼らは笑って受け入れてくれるだろう。


 それに甘えてばかりもどうかと思うけれど、彼らが望むなら、それぐらいは、わたしからも歩み寄った方が良いとも思えた。


「……ん?」


 何故、そんなことを思ったのだろうか?


 あまり他人に甘えるのは、良くないことだよね?

 自分の足で歩けなくなってしまう。


 いずれ、彼らと離れることになるのだから、わたしは、できるだけ甘え過ぎないようにしないといけないのに……。


 それでも、彼らの意思で離れるのは仕方なくても、こっちから無理に突き離すのは何か違うとも思う。


 それなら、少しぐらい甘えるのも……、違うな、頼るのも悪くない?

 彼らは頼られると喜ぶことを知っている。


 ……ぬう。

 難しい。


 これまでそんな風に考えてなかったから。

 じゃあ、何故、いきなりそう思ったのか?


 ……なんとなく?


 これって、九十九が近くにいないせい?

 それとも雄也さんが近くにいるせい?


 分からない。


 何か、わたしの思考に影響を与えることがあったのだと思うけれど、そのきっかけが思い出せないのだ。


 なんだろう?

 ちょっと気持ちが悪い。


 このモヤモヤした感覚は、内側から何かを吐き出したいのに、なんとか我慢しているような不快感に少しだけ似ている。


 もっと、他に表現はなかったのか?

 でも、それ以外に該当するものがなかったから仕方ない。


 それでも他の類似品を上げるなら、勝手に出ようとする「自動防御(魔気の護り)」を自分の意思で無理矢理押さえつけている状態の方がもっと似ている気がしなくもない。


 つまり、生理現象に似た自然なことを、不自然に歪める行い……?

 いや、それは大袈裟か。


 わたしはタオルを再度、顔に当てて大きく息を吐いた。

 それだけで、詰まっていた何かが抜けていくような気がした。


 わたしが、身体の内から吐き出したかったのは、息だったのかな?

 文字通り、息抜きをしたかった?


 そんなに息を詰まらせていた覚えもないのだけど……。


 ああ、でも、ずっと緊張に似た感覚がある。


 スヴィエートさんと薬を作ることは確かに楽しかったけれど、慣れない人とずっと同じ空間で一緒にいることはわたしにとって苦痛に近かったらしい。


 雄也さんと一緒にいるのは苦痛とは違うのだけど、それでも、こう自分が観察されているような妙な気分になる。


 考えすぎだと思うけれど、そこは仕方ない。


 でも、九十九も、結構、わたしをよく見ているよね?

 しかも、同じように自分を観察されていることだって珍しくない。


 それでも、こうも感覚が違うのはどうしてだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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