貸し出し中の護衛
『それで、まだあの島にいるのか?』
「うん」
紅い髪の青年……、ライトからの言葉にわたしは素直に頷く。
『よくも、身の危険を感じるような場所にいられるな』
「集合場所みたいなものだから仕方ないよ」
わたしだって好きであの島から動かないわけではない。
でも、九十九や水尾先輩もあの島に向かって戻るだろうし、先に島から出たトルクスタン王子や真央先輩だってあの場所に戻ってくることになるだろう。
「それに、あの島を野放しにしておけば、いずれ、他の場所にも影響が出てくる気はしているんだよね」
聞いた話では、どういった経緯なのかは分からないけれど、既にあの島に無理やり連れてこられた人間もいたらしい。
それが、今後も起こらないなんて誰にも言えないのだ。
「それなら、とっとと叩き潰しておくべきでしょう?」
わたしがそう言うと、ライトの喉仏がごくりと上下したのが分かった。
『お前はそういう女だったな』
「ぬ?」
『外見に似合わず、過激なことを口にする女だったなと言った』
ライトは頭をかきながらそんなことを口にする。
「そう? 悪の芽は早めに潰すって普通の考えじゃないかな?」
大きくなったら、手の施しようがなくなる気がする。
『「潰す」って考え方が既に過激だと気付け。早めに処理するにしても、「早めに叩くべき」ではなく叩いたうえで、さらに「潰す」って考え方は十分に激しい』
「二度と阿呆なことを考えさせないためには、根絶が一番でしょう?」
『うん。俺が悪かった。これ以上問答しても、さらに末恐ろしい言葉が飛び出す予感しかない』
何故か両手をあげてお手上げのポーズをされた。
どうやらわたしは、「相手の不幸を糧とする国に生まれた人間」に「過激」とか「末恐ろしい」とまで言われてしまう言葉を口にしているらしい。
失敬な。
『護衛弟はミオルカ王女殿下に貸し出し中のようだから、お前は今、護衛兄とあの長耳族だけか』
「貸し出し中って……」
そんなレンタルCDやDVDのように言われても……。
九十九は物じゃない。
何より……。
「水尾先輩の救出は、わたしが頼む前に、九十九が自分から『助けに行く』って言ってくれたんだからね?」
『あ?』
わたしが助けに行って欲しいと願う前に、彼は、自分から水尾先輩を探しに行くと言ってくれたのだ。
彼がそう言ってくれたから、わたしも「聖女の祝福」、違う、「聖女の護り」とかいう身体強化を、その、恥ずかしくても頑張る気になったのだった。
まあ、彼とキスするのが初めてではないというのも理由だったのだろうけど。
『自分から? あの男、マジか? お前に乞われたから、嫌々ながら来たのかと思って……』
「九十九が、わたしに願われなければ動けない操り人形と一緒にしないで」
何でもわたしの言うことに従うと思わないで欲しい。
彼は自分で考えて動ける人だ。
そして、わたしよりもずっと、強くて他人を思い遣ることができる人なのだ。
あの時、わたしの方は迷ってしまったというのに、彼の言葉に迷いはなかった。
「彼はずっと強い人なんだから」
わたしはそう言い切った。
『もしかして、ホントに、そうなのか……?』
それはわたしに向けられた言葉ではなかった。
だが、ライトは少し考え込んで、何故かわたしに笑ってこう言った。
『護衛に見限られたのか? 聖女様?』
「失敬な」
見限られた?
『それ以外なら、振られたのか?』
「ふら……?」
どうしてそうなった?
『危険なところに主人がいるというのに、ほっぽって、別の女の所へ行くってそういうことだろう?』
「……ぬ?」
見ようによってはそう見えなくもないけど、あの時の九十九は、既に近くに来ていた兄や長耳族の青年を信じて、わたしをあの場に置いていったのだと思っている。
『戻ってきたら、護るべき主人が男どもに穢されていました……って洒落にならんような場所だ。それなのに、そんな場所にお前を置いたまま、別の人間のもとへ行くなんて、普通は考えられなくないか?』
具体的だけど、その本人を前に嫌なこと平気で言うな~と思う。
でも、それはずっと前からだ。
この人の言動にいちいちショックを受けても仕方がない。
そして、ライトが言うことは、ちょっと違う。
九十九はあの場所でそんな事態は、もう起こりえないと確信したから別動隊として動くことに決めたはずだ。
あの時、わたしは自分の身を護るために「祖神変化」してしまった。
その「奇跡」は、あの場所にいた「精霊族」たちの心に強い精神的障害を引き起こさせてしまうほどのことだった。
実際、薬に蝕まれて、まともな思考すら奪われていた「精霊族」たちは、あれ以来、恐怖で縛られて、身動きすら許されなくなっている。
大怪我を負わされた上、さらに強制的に眠らせられていることもあるだろうが、今のあの島は、ある意味、機能不能な状況にあるのだ。
でも、ライトはそこまでの事態を知らないらしい。
それは、あの島が、完全にミラージュの管理下、監視下にあるわけではないということだろう。
あるいは、このライトは、あの島の現状について何も知らされていないだけか?
『仮に、あの島の「精霊族」たちの手に落ちなくても、自分の兄をそこまで信じられるものか?』
「はい?」
なんか、変なことが聞こえた気がする。
『あの男にとって、自分の兄が一番の難敵だろう?』
「まあ、九十九自身、常々、『兄貴には勝てない』って口にしているからね」
しかし、一般的に使われる「強敵」ではなく、わざわざ「難敵」って言う辺り、どこか皮肉を感じるのはわたしだけだろうか?
『あの兄弟は互いに手を知り尽くしているから、単純な力勝負ならば、簡単には勝てないし、同時に、容易に負けることもないだろう。だが、俺が言いたいのはそういう意味ではない』
「ほへ?」
『あの男は兄にだけ、一歩、必ず退く』
「それって、兄弟だからじゃないの?」
弟が兄を立てるって珍しくはないと思う。
あの天上天下唯我独尊のように見えるワカですらそうなのだ。
上の兄弟姉妹に対して少し控えめにする下の子って、別に珍しい話ではないだろう。
『違う。あの男は自分の兄だけは、お前の横にいることを許すんだ』
「どういうこと?」
ライトの言っている意味が本当に分からない。
わたしの横にいることを許すとか許さないとか……。
別に、九十九が決めることでもないよね?
『鈍いお前にも分かりやすく言ってやると、お前に同年代の男が近づくたびに過剰反応する護衛が、自分の兄にだけ、分かりやすい焼き餅を妬かない』
「同じ護衛の立場にある人間に対して、いちいち焼き餅を妬いてどうするのさ?」
いや、突っ込むところは他にもあったのだが、一般的な意見を言わせてもらった。
彼が言う「過剰反応」というのが、今の自分の居場所を誰にも奪わせず、独占したいという話なら、それを噯にも出さないのは、護衛としては当然だろう。
少なくとも、九十九はそこまで子供ではない。
仕事に関しては、誇りを持ち、自分を殺してでも、任務を全うしようとしてしまうような人だとわたしは知っているのだ。
「それに、わたしに同年代の男が近づくたびに九十九が過剰反応っていうのも、わたしが女だから仕方ない話だよね?」
あの人がわたしの護衛として、異性が接近すると、ちょっとした敵意を向けるようになっていることは知っている。
具体的には、「ゆめの郷」で会ったソウに対してとか、つい最近では、港町で酒場の店主さんに声をかけられた時も、分かりやすく身に纏う空気を変えていた。
前々からその傾向はあったのだけど、はっきりと変わったのは、やはり、「発情期」以降だと思う。
それだけ、あの人自身も、わたしが他者からそういう目を向けられることがあると気付き、異性に対しての警戒を強めなければいけなくなったためだと理解している。
実際、そんなことを言われているし。
その原因が、わたしの魅力アップによるものではなく、単純に様々な巡り合わせによるものと分かっているのだけど。
『…………』
だが、わたしの答えはお気に召さなかったらしい。
露骨に眉を顰め、不機嫌さを前面に出した顔をされた。
『あの男……。「へたれ」な割に、本当にしっかりと主人を調教してやがる』
そんな失礼かつ奇妙奇天烈な台詞を口にしながら。
今年最後の投稿となります。
来年も毎日投稿できるように頑張りたいと思っていますので、お付き合いください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




