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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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愛情に飢えている人

 奇妙な沈黙が流れる。


 時間的には真夜中。

 だけど、眠れる気はしなかった。


 いや、だって、眠れるはずがないじゃないか!!


「なんで、雄也さんは前触れも、前置きもなく、大事な話をこう……、ぽろっと言っちゃうんですか!?」


 変な沈黙を破りたくてわたしは叫んだ。


 ストレリチアの大聖堂で儀式に隠されていた時もそうだった。

 あれは仕方ないと思ったけど、今回は、抗議させてもらう。


 主人として、これは正当な叫びだ。


「半信半疑の状態の時……」

「ふ?」


 雄也さんがポツリと口を開いた。


「一人で確かめるのが怖いから、主人にも付き合ってもらいたいと思うのはいけないことかな?」


 少し、弱った表情から溢れ出てくる色とか艶っぽい雰囲気。

 この人は、こんな時が一番いろいろ垂れ流される。


 いや、これは単純にわたし自身が、男性が弱みを見せる瞬間が好きなのだろう。

 ちょっと困った趣味だと思う。


 だが、普段なら、その色気にやられるかもしれないけど……。


「付き合うのが駄目って話じゃなくて、心の準備の問題です!!」


 彼らが周囲に隠していることを共有することが嫌なんじゃない。


 寧ろ、そこまで信じられていることは嬉しいのだ。


「心構えもなく、突然、衝撃的な話をぶっ込んでくるのを止めて欲しいだけなんですよ」

「確証のない段階で告げるのはちょっと……」

「雄也さんならそんな時の言い方もちゃんとご存じですよね!?」


 心の準備をさせるような言い方はいろいろあるはずだ。


 例えば、「驚くかもしれないけど」とか「自分でももしかしたらと思っているだけなのだけど」みたいに言ってくれれば、内容の予想は無理でも、驚く話があるんだなと身構えることができる。


「プロ野球の始球式で素人ゲストがいきなり予告なく150キロのストレートを投げたら、空振る予定のバッターだけでなく、ボールを取るキャッチャーだってびっくりですよ!!」


 試合開始前に行われる日本式の始球式では、ほとんどふんわり山なりボールで、打者はどんな明後日の方向に向かうボールでも空振りするようになっている。


 たまに話題性のために素人でも速いボールを投げることもあるが、それは予め、速く投げることをちゃんと話し合われているのだ。


「そこはソフトボール経験者として130キロのウインドミル投法じゃないの?」

「今回は野球経験者である雄也さんに合わせました」


 因みに雄也さんが言うように、ソフトボールでも始球式はある。


 だが、130キロ級のウインドミル投法は、恐らく、ソフトボールの世界大会でもあまり見られないだろう。


 そして、恐らく浮き上がりの変化を見せるから、それをストレートって言って良いのやら……ってそこじゃない。


「雄也さん、誤魔化さないでください。わたしが言いたいことは伝わっているでしょう?」


 わたしは雄也さんを睨みつける。


「これで驚きのあまり、わたしの心臓が止まっちゃったらどうする気ですか!!」

「その時は、人工呼吸、心臓マッサージを含めた適切な処置をするよ」


 ああ、この人なら完璧な救命行為を行いそうだ。

 九十九も救命行為、詳しいもんね。


「そうではなくて!」

「分かっているつもりだよ」


 雄也さんが笑顔で片手を出し、わたしの勢いを制止させる。


「俺が栞ちゃんのそんな反応をみたいだけだから」

「ふへ?」

「悪戯心ってやつかな。いや、子供の『試し行動』の方がしっくりくるかもしれない」

「こ、子供の『試し行動』?」


 なんだろう?

 どこかで聞いたことがあるような……?


「『試し行為』ともいうね。相手にどこまで許されるか。信頼構築と愛情確認のために、子供が大人に対して悪戯などで相手の反応を見ることだよ」

「相手の許容範囲を確かめる行動に出るってことですか?」

「そうだね」


 小さい子が母親や保育士に対して、自分を見て欲しいから悪戯することがよくあると母も言っていたことがある。


 そういった子供に対して、愛情を伝えつつ、行動の善悪を伝えるのは根気がいるけどやりがいもある! と張り切っていたことも覚えている。


「まあ、恋人に対してする大人もいるみたいだけど、その場合、人間関係に失敗した経験があったり、幼少期に与えられる両親からの愛情がどこか歪んでいたりすることが多いかな」


 なるほど……。

 大人でもある行為なのか。


 ぬ?

 似たようなことをいつか、どこかに、誰からいわれなかったっけ?


「つまり、わたしは主人として試されているってことですか?」

「違うよ」


 雄也さんはあっさりと否定する。


「栞ちゃんは十分過ぎるほど理想の主人だ」


 真顔でそんなことを言われたら、照れるしかない。


 いや、今は照れている状況でもないのだけど。


「試しているのは、栞ちゃんがどこまで俺のことを受け入れてくれるか……かな」


 なんだろう?


 恋人にする大人の話も聞いたせいか、彼のその「試し行動」がそう言った方向にもとれると思ってしまった。


 相手が嫌なことをしても自分を否定しない、愛情を返してくれるって信じようとするための行動だから、似たようなものかもしれないけど。


「どんなことをされても、頑張って受け入れますよ」


 わたしとしてはそう答えるしかない。


 上っ面の言葉が信用できないからこそ、確かな形を求めているというのは分かった。

 だけど、見くびってもらわれるのは困る。


「わたしは、それだけあなたのことも、九十九のことも、信じていますから」


 できるだけはっきりと、雄也さんの目を見ながらわたしはそう言った。


 この雄也さんからの「試し行動」と呼ばれるものの行動原理が、両親からの愛情がどこか歪んでいたとかではなく、幼い頃、両親を亡くしたことによるものなら、納得できることも多いのだ。


 この兄弟の愛情……、いや親愛表現はとにかく重い。

 まるで、0か100しかないと前々から思っていたのだ。


 大事な人は大事すぎるほど護り、それ以外は心底どうでも良いような反応。

 それは九十九に限らず、兄の雄也さんにも見られるものだった。


 護衛として取捨選択の場面が必要であることは理解できるが、この兄弟はそれが極端すぎる傾向にある。


 そして、彼らの天秤には自身の命を載せない。


 九十九は「ゆめの郷」での重い誓いからそれが顕著になったが、雄也さんは多分、それよりずっと前からだと思う。


 20歳で「聖痕」と呼ばれるものが浮かんだ時からかと思ったけど、それよりももっと前、カルセオラリア城の崩壊した時からそんな気がしていたのだ。


 まるで、主人たち(わたしと母)以外は、自分自身を含めてどうでも良いように扱う護衛たち。


「それは、キミがこのまま俺から押し倒されても同じことを言える?」

「え……?」


 一瞬、何を言われたのか分からずに問い返す。


 でも、ここは寝台で、雄也さんはすぐ近くの場所でわたしを妖艶な笑みで見たままだ。

 そして、雄也さんはわたしに嘘を言うことはない。


 つまりは、そういうことと解釈しよう。


「はい」


 わたしがはっきりとそう答えると、雄也さんが目を丸くしたことが分かった。


「まさか、そう答えられるとは……」


 口を手で覆い、どこか狼狽した様子にも見える。


 そこまで動揺されるとはわたしも思っていなかった。


「念のために確認するけど、今の俺の言葉がどういう意味かは分かっているよね?」


 わたしは、そこまでお子さまに見えるのだろうか?


「経験は少ないけど分かっているつもりです」


 既にわたしは九十九から組み伏せられ、ソウからも押し倒されている。


「これでも『発情期』の被害者ですよ?」


 その時のことを怖くなかったとは言わない。

 思い出すだけで今でも震えがくる。


 だけど、アレが九十九だったからまだ耐えられる気がした。


 でも、全く知らない他人の声は、それだけでももっと恐ろしかったから。

 全く見も知らない相手から触れられるのは、それだけでもっと気持ちが悪かったから。


「分かっていて……。本当に栞ちゃんは自分を大事にしない主人だよね」


 そう言って、雄也さんの指先がわたしの頬に触れた。


「雄也さんに言われたくはないですよ」


 その行為に忌避の心はない。


 優しく温かい手だと分かっている。


「この手がキミを傷つけることがあると分からないのかな?」


 そう言って、わたしの頬に手のひらを当てた。


「全く分かりませんね」


 だからわたしはその手を掴む。


「主人を試したくなるほど愛情に飢えている人が、その全てを失うと分かっていても強引な行動に出るなんてとても思いませんからっ!」


 そう言いながら、わたしはその手を強く引いたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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