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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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【第78章― 一日千秋 ―】秘密の子守歌

この話から78章です。

よろしくお願いいたします。

 ―――― ごろん。


 転がってみる。


 ―――― ごろん、ごろんっ。


 また転がってみる。


「落ち着かない?」


 すぐ近くから声がした。


「少しだけ」


 誤魔化しても仕方ないのでそう答える。


「やっぱり、室内の明かりを消そうか?」

「それは止めてください」


 雄也さんの申し出を断る。


 温室の室温維持のために、わたしは自分で温度調整をしたこの建物内で一晩過ごすことにした。


 眠ったままとなってしまった「綾歌族」のスヴィエートさんのことが気になっていることもある。


 だけど、そんな我が儘に付き合ってくれている雄也さんの仕事の手を止めさせたくもなかった。


「部屋を真っ暗にしたら、書類が書けないでしょう?」

「手元で明かりを作るから大丈夫だよ」


 そうは言っても、暗い所で小さな光だけで文字を読むって、かえって、目には悪かったはずだ。


「大丈夫です! わたしは明るい室内灯の下でも熟睡できる女ですから」


 そう言ったが、これが意外と眠れない。


 眠ろうとすればするほど目が冴えてしまうのは何故!?


「ふむ……」


 雄也さんが考え込む。


 意地っ張りだと思われているだろうが、こればかりは譲れない。


「それでは、少しだけお付き合いしようかな」


 ぬ?

 オツキアイ?


 この場合、当然ながら、男女交際の方ではないよね?


「栞ちゃんが寝付くまで見守ってあげようか?」


 笑いながらそんなことを言うものだから……。


「かえって眠れません!!」


 思わず夜だというのに、叫んでしまった。


 雄也さんに見られていると、絶対に今よりも緊張してもっと眠れなくなると思う。


「冗談だよ」


 笑っているけど、本当に冗談ですか?


 雄也さんが言うと冗談に聞こえない。


「添い寝の方が良いよね?」


 さらに、なんてことを笑顔で言うのか?


「それは、寝かせる気ないですよね?」

「そうかもね」


 それが冗談と分かっていても、雄也さんから「添い寝」と言われただけでも妙に恥ずかしくなるのは何故だろう?


 そして、想像だけでも羞恥で意識が飛ぶ。

 年上美形の添い寝とか、それは一体、どんなご褒美ですか?


 九十九なら良いのだ。

 もう今更だし、彼も寝具扱いされるのに慣れてしまったと言ってくれているから。


 でも、雄也さんはなんか絶対に違う!!


 さっきから揶揄われていると分かっていても、手のひらでごろんごろんと転がされているのを理解していても、この人に勝てる気がしない。


 これは年の差?

 それとも経験の差?


 思考も布団もぐるぐる状態だ。

 こんな心境で眠れる気がしない。


「それでは、子守歌でも歌ってあげようか?」

「ほ?」


 雄也さんの、子守歌?


 そんな意外な申し出にわたしの思考が停止する。


「栞ちゃんが歌ってくれたお礼に、母上が歌ってくれた子守歌を歌ってあげよう」

「この世界にも、子守歌があるんですか!?」


 この世界には歌という娯楽が少ないと聞いている。


 だから、子守歌なんてピンポイントな用途でしか歌わないような歌なんてないと思っていた。


「母親が子供を寝かしつけるために、それぞれ思い思いに歌うような歌ならあるみたいだよ。同じように子供が寝る前に聞かせるような御伽噺もある」


 つまり、雄也さんの母親が歌っていた「子守歌」ってことだよね?


「それなら是非、聴かせてください!!」


 雄也さんは美声だ。

 しかも、わたし好みの声である。


 だから、そんなものを聞いてしまえば、逆に眠れる気はしないけど、それでも聞いてみたい気がした。


「聞いたのは十年以上昔だから、忘れているかもよ?」

「それなら、覚えている範囲で構いません!!」


 この世界で「聖歌」以外の歌を聞けるなんて思っていなかった。


 前に港町で酒場の女性たちが練習していた歌も、「聖歌」を、もう少し、一般的な砕けた言葉に直しただけのものだったのだ。


 酒場の店主さん曰く、前の歌姫さんが歌っていた歌らしい。


 歌詞は覚えていても、歌姫の御父上は、肝心の音程が方向音痴になるために、他の人に教えることはできなかったそうな。 


「そこまで期待されると、緊張してしまうかな」

「わたしも雄也さんの前で歌うのは緊張しましたよ?」

「そうだったね」


 そう言いながら、雄也さんはまたアコースティックギターを取り出す。


「少しだけ待っていてくれるかい?」

「はい」


 そこでまた調律を始めた。


 母親のオリジナルソングなのに伴奏ができるんですか?

 しかも、アコースティックギターを出したってことは、弾き語る気ですか?


 そう思ったけど、それを口にする気にはなれなかった。


 なんとなく雄也さんの眼がいつもより真剣な気がしたから。

 それも、先ほどまで書類を書いていた時よりももっと……。


 あれ?

 「子守歌」って、そんな決意を秘めたような顔をして歌うようなものだっけ?


 それとも、記憶に自信がない?


 調律が終わって、雄也さんは顔を上げる。

 いつものように口元に笑みを浮かべているが、その目は笑っていない気がした。


 なんとなく、他人に向ける作られた顔?

 いや、これは無理して笑おうとしている顔かな?


 まるで、ストレリチアの大聖堂内で雄也さんがわたしに出生の秘密を教えてくれた時に似ていた。


 ちゃんと確認したことはないけれど、雄也さんと九十九の母親は多分、イースターカクタス出身だ。


 そうなると、その方が歌っていた「子守歌」ならば、情報国家の歌である可能性もある。


 もしかして、わたしは、今、重要な機密を聴こうとしているのではないだろうか?


 え?

 待ってください。


 そこまでの覚悟はありませんでしたよ?


 だが、そんなわたしの様子に気付いていながら、雄也さんは歌い出してしまった。


 ―――― 長く暗き夜


 ―――― 闇を灯す明るき光はここにあり


 ―――― この腕にある我が愛し子よ


 ―――― 罪なき無垢な魂はそのままに


 ―――― いずれかの御許に導かれるその日まで


 ―――― 今は安らかに眠り給え


 ああ、()()()()()()()()()

 心底、そう思ったわたしは悪くないと思う。


 いや、かなり良い声です。

 本当に。


 聞き惚れてしまいそうでした。

 ()()()()()()()()()()()


「どこをどう聞いても、『聖歌』じゃないですか!!」


 思わずそう叫んでしまった。


 確かに「子守歌」っぽいよ。

 でも、これは大聖堂のお昼に流れないけれど立派に「聖歌」だ。


 これは「愛しき光はここにあり」という名前だったと思う。


「やっぱり、そうか……」


 ぬ?

 今、雄也さんは「やっぱり」って言った?


「俺は、神官ではないから、『聖歌』は専門外だからね」


 そう言って力なく笑う。


 ちょっと待って?

 確かに「聖歌」って特定の神官や神女(みこ)しか歌うことが許されていないはずだ。


 それを、雄也さんの母親が歌えたってことは……?


「それじゃあ、これも同じかな?」


 そう言って、雄也さんが別の歌を歌い始める。


 ―――― 神よ その優しき御心で


 ―――― 我らに大いなる喜びと


 ―――― 安らかなる平穏を与え給え


 ―――― 慈愛と救いの御手により


 ―――― この魂は癒される


 しっかり入っている「神」という単語。

 そして、やはりわたしはこれも聞いたことがある。


「それは治癒術の祝詞として聞いたことがあります」


 恭哉兄ちゃんが口にしていたのを何度か聞く機会があったのだ。

 歌っぽいなと思ったことはあるが、本当に歌だったことは知らなかった。


 もしかしたら、元は「聖歌」だったのかもしれない。


「ゆ、雄也さん?」

「なんだい?」


 そこで、妙にすっきりした笑顔をなされてもわたしが困ります。


「せ、せめてわたしに心の準備をさせていただきたかったです」


 眠らせてくれるどころか、ばっちり目覚めてしまいました。


「それは悪かったと思っている。でも、確かめたかったんだ」

「一応、確認しますけど、九十九は知っていることでしょうか?」

「知らないと思うよ」

「そうでしょうね!!」


 そうじゃなければ、今、彼がいないタイミングで歌う理由がない。


 どうして、この人は弟にも内緒にしているほど大事なことを、わたしなんかに伝えちゃうんだ!?


 いや、分かってる。

 こんなんでも、わたしは彼らの主人だからだ。


 尤も、歌ったとしても九十九は知らなかったことだろう。


 先の「子守歌」は、「聖女の卵」として学んでいる時に聞く機会があっただけで、その場には恭哉兄ちゃん以外いなかった。


 お上手でしたよ。

 美形のお腹に低く響く歌声を、二人きりの密室で聞かされるという修行のお時間でした。


 そして、「神女」ではないため、ワカにも聞かせたことはないらしいです。


「九十九が聞いたのは、多分、一回か二回。それも、生後一カ月未満の頃だからね」

「…………あ」


 そう言えば、九十九の母親は、彼を産んですぐに亡くなったと聞いている。


「だから、母親の口から直接、聞いた覚えはないはずだ」


 それを笑いながら口にする雄也さんはどんな気持ちなのだろうか?

 わたしには分からない。


「雄也さんの母君は、元『神女(みこ)』だったということですか?」


 少なくとも、「聖歌」を歌えるなら、間違いなく茶色……、下神女以上だ。


「それも俺には分からないんだ。尋ねたこともなかったし、言われていても、理解もできなかっただろうからね」


 それもそうだ。

 九十九が産まれて間もなくってことは、雄也さんも二歳だ。


 そんな時代に「神女(みこ)」の話なんかするはずもない。


「でも、俺は幼い頃。眠る前にそれを聞かされたことだけは覚えている」


 つまり、彼らの母親は元「神女(みこ)」だったのだ。


「だけど、少し前までこの歌のことを本当に忘れていたんだ」

「え……?」

「夕方、栞ちゃんの歌をいっぱい聞いたせいかな? ふと、唐突に思い出した」


 雄也さんも九十九も基本的には、わたしに嘘は言わない。


「なんで、忘れていたんだろうな」


 あんなに何度も歌ってくれていたのに……と、目の前にいる黒髪の青年は力なく笑うのだった。

この話を聖夜と呼ばれる日に投稿することになったのは本当に偶然です。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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