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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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二度目の城内

 見知らぬ人に誘われるまま、わたしは城内へと足を踏み入れた。


 この城に入るのは二度目だが、文字通り姿を現したのは初めてのことだ。

 ま、現しているこの姿も、変装している以上、本物ではないのだけど。


 えっと……?

 気のせいか、やたらと周囲からの視線を感じる気がする。


 状況的にあまりキョロキョロするわけにはいかないので、その視線にどんな種類の感情が込められているかは分からない。


 わたし、そこまで人の心に敏感ではないし。


 でも、多分……、好奇が入り混じっている気がする。


 そう考えると、もしかしなくても、この人は城内でも相当目立つ人物なのではないのだろうか?


 性格や口調からも、彼の身分が低い感じはしない。

 そして、ただの貴族の少年とも思えない。


 これまでに何人か見た兵士のような近寄りがたさもないが、雄也先輩の時のように近付いてこようとする人が一人もいないところを見ると……重臣の息子とかその辺りだと思う。


 でも、そんな少年が馬の世話?

 天馬だからかもしれないけど、その辺りがよく分からない。


 なんとなく、動物の世話って……、身分が高い人にさせない気がするのだ。


「どうした? 城に入るのは初めてか?」

「は、はい」


 わたしに限らず、普通の人なら用もないのにそう何度も立ち入ることが許されるような場所ではないだろう。


 気軽に出入りすることを許されるのは、RPGの勇者たちくらいじゃないかな。

 どこでも出入り自由な彼らはかなり心臓が太いと思う。


 だが、わたしは、そんな勇者にはなれない。


 だから、この周囲の雰囲気に気圧されて、どことなくビクビクしてしまうのは仕方ないことだ。


 不審人物に拍車がかかってしまうが、心理的なものは仕方がない。

 わたしは、心臓が強い勇者ではないのだ。


 本当のことを言うと、ここから今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 これまでに聞いてきた話では、この城内にはわたしや母の存在を快く思っていない人間が少なからず存在すると聞いているから。


 万一、わたしの正体がバレた時を考えるとぞっとする。


 でも、今のわたしにはここから帰るための道が分からない。

 城下に出るにはまたあの森を通り抜ける必要があるのだ。


 今回、たまたま見知らぬ人に連れ出されたが、一人で行動してはまたしても迷子になるという展開になるのは、予知能力がないわたしでも想像できてしまう。


 唯一の連絡手段である通信珠は、使用可能な状態になっているはずだが、何も考えずにこの場所で使ってしまうと、かえって混乱がないとは思えない。


 わたしの持っている通信珠は無線機とは違い、相互通信をせず、特定の人間に対してこちらから一方的に声を届けるだけのものなのだから。


 とりあえず今は様子を見るしかないのだ。

 そう思い込むことにした。


 それに、わたしをここに連れてきた彼の目的もまだ何も分かっていないのだし。


 その彼は城へ入るときにフードを外した。


 キラキラしていた髪はやはり金色。

 そして、肩までのセミロングを後ろで結んでいた。

 瞳は明るい場所で見ると、青というより水色に近い感じだった。


 そして、やっぱり人間界で会った人物にすごく良く似ている。

 フードを被っていた時も似ている気がしていたが、顔を見て確信。


 瓜二つとまでは言わないけれど、親戚、いや兄弟と言われても思わず納得してしまう程度には似ていた。


 尤もあの人は女性と会話しただけで顔が真っ赤になってしまうという特性を持っていたけど、この彼はそんな素振りを見せない。


 どちらかというと、異性に対して、会話に慣れている気はする。


 でも、会話には慣れていても、扱いには慣れてないと思う。

 その辺り、まるで誰かさんのようだった。


「この先だ」


 彼に促され、オレンジ色の絨毯が敷かれている廊下を通る。心なしか、先程までと違って、周囲から人がいなくなった。


 ここは前に通った通路とは違う気がする。

 その位置を覚えているわけではなく、単純に雰囲気の問題だ。


 一ヶ月ほど前雄也先輩に案内された時は、廊下で鎧を身にまとった兵士っぽい人たちとよくすれ違った。


 それに比べて今回は城門をくぐり階段へ向かうまでに何人か兵を見かけはしたけど、どことなく避けられていた気がする。


 あまり考えたくはないけど、彼は相当身分が高いのではないだろうか?


 天馬とはいえ馬の世話をしているような人だったから、どちらかと言えばあまり地位は高くないと思い込もうとしているのだけど。


「着いたぞ」


 周りに比べても、一段と豪奢な造りの扉の前で彼は足を止めた。


「ここは?」

「俺の部屋だ」

「え?」

「お前に見せたいものがある」

「え? でも……」


 いやいやいやいや!

 待ってください! と、わたしは制止の声を上げたかったが、ここは我慢する。


 でも、ここは簡単に頷いてはいけない場面だろう。


 いくら何でも、会ったばかりの異性の部屋に何も考えずにほいほいと入れるほど警戒心がないわけではない。


 そんなタイプの少年には見えないが、世の中には色々な趣味を持つ人間がいることも知っている。


「警戒しているのか? 安心しろ。俺は13歳以下の女に手を出すほど不自由はしていない」


 その言葉に少しばかり思うところはあったが、ここで反論したところで、良い方向に転がるとは思えなかった。


 むしろ悪化しそうだ。

 それならば、いろいろと言いたいことを飲み込んで指示に従うほうがマシな気はする。


 ……こう見えても、わたしは15歳なのですけどね。

 この人にはいくつに見えてるの?


 彼は、迷っているわたしの手をとる。

 先ほどの発言からも拒否は許さないということだろう。


「部屋に入る前に……、わたしに見せたい物ってなんですか?」

「絵だ」

「絵?」


 思わず聞き返す。


「いいから入れ」

「うわっ!」


 ドンと押されるように、彼の部屋へと入ってしまった。


 一目見ただけでも、わたしが住んでいる部屋とは違うことがよく分かる。


 広さはもちろん置かれている家具……、調度品の質が違いすぎる。

 それに眩しいくらい磨かれている気がした。


 逆に落ち着かないし、使いにくそうだ。


 部屋も、隣の部屋が利用できるようで、入口とは別の場所に扉が見える。

 確かにこんな部屋を見ていたら、雄也先輩も、城下の家を「手狭」と言いたくなるだろう。


 これが……、城というものなのか……。


「こっちだ」


 そう言われて、部屋の奥へ向かうとまた別の扉があった。


「一体……、あなたの部屋にはいくつ扉があるんですか?」


 思わず口にする。


「扉? 入口、寝る場所等合わせて6……、いや、7か?」

「もうそれは家と変わりませんね……」

「普通はないのか?」

「他の家はわかりませんが……、わたしが日頃、使っている部屋の扉は3つだけですね」


 出入り口、浴室、トイレ……、それでも人間界と比べればかなり多いのだが。


「寝る場所と書物を読む場所も一緒なのか?」

「一緒ですね。入口を開ければすぐ、机とベッドが目に入ります」

「それは落ち着かないな。広さは? ここよりもっと広いのか?」

「一般的な家は、城に勝てるはずがないと思いますよ」


 比べる基準がおかしいとすら思う。


「女中たちの部屋のような感じか? あるいは下級兵たち……」

「そこは見てみないと何とも言えませんが……」


 なるほど。

 全てがこの部屋ほどではないのか。


「なかなか窮屈そうだな」

「それが普通だと思っていますから、あまり窮屈に感じたことはないですね」


 むしろ、今の部屋は広すぎて落ち着かないぐらいだ。


 四畳半の部屋で生活していた人間が、いきなり一部屋10畳位の部屋にバス、トイレ付きになっているとか……、誰かに怒られてしまいそうな気がする。


「そんなものなのか……」


 そう言って、彼は右隣の部屋の扉を開ける。


「うわぁ……」


 思わず声が出てしまった。


 壁一面に、分厚い本が並んだ棚があった。

 人間界の自分の部屋も漫画ばかりとは言え結構な本の量だったが、そんなレベルを超えている。


 地震がきたら一発で圧死出来ると思うが、そもそも、魔界に地震のような自然現象がないのかもしれない。


 だが、そこに絵と思われるものはなかった。

 本棚ばかりで壁すらないのだから絵を飾ることなどできるはずもない。


「ここだ」


 彼は、今、通り抜けた扉に手を翳した。


 すると、その扉一面に、一人の女性の絵が浮かび上がってきたのだ。

 わたしは思わず言葉を飲み込んだ。


 まるで魔法だ……って、魔法なのか。


 その女性は金色の長い髪に、どこか淋しげな紫の瞳をしていた。

 薄いオレンジ色のドレスを身に纏い、どこかで見覚えのある光る花に囲まれている。


 でも、その背景は夜じゃないから似ている別の花かもしれない。


 わたしはなんとなくこの人に懐かしさを覚えた。


 勿論、会ったことなどないはずだ。


 だが、この人の紫水晶(アメジスト)のような瞳は不思議と心が動かされる。

 こんな淋し気な表情でも人を惹きつけるのだ。


 笑っていれば、もっと目を離せなかったかもしれない。


「綺麗な……方ですね」


 わたしはそう口にすることしかできなかった。


「これが誰なのか分かるか?」

「有名な人ですか?」

「この世界で一番名高い、伝説の女とされる人間だ」


 その言葉で、わたしは九十九の言葉をぼんやりと思い出す。


『すっげ~昔、魔界の危機を救った女がいたそうだ』


 その時は、九十九の反応から、ちょっとした伝承として受け止めたが……、もしかして、もの凄く有名な人だったかもしれない。


 わたしは色々と混乱することしかできなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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