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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 音を聞く島編 ~

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薬の反応

「薬は喜び以外の反応もあったんだね」


 書かれていたのは、様々な感想だった。


「そうみたいです。わたしにはよく分かりませんでしたが……」

「歌によって、薬に表れる感情が変わるのか。なかなか興味深いね」


 歌詞に左右されていない点が特に気になるところだ。


 そうなると、歌い手の感情なのかもしれない。


「でも、ある程度歌うと、その感情の音が聞こえなくなるそうです」


 それは、素材から薬に変化したのか。

 それとも、薬が満足したのか。


「因みに、彼女が倒れた時に歌っていた歌はあるかい?」

「えっと、確か……『ゆりかごの』……って、あれ?」


 口にしかけて、その言葉を止めた。


 だが、その5文字だけで思い当る歌は少なくとも俺には一つしかない。


「もしかして、『ゆりかごのうた』?」

「はい……」


 北原白秋作詞の「揺籃のうた」。


 幼かった俺たちも、寝付けない時に千歳様から何度も歌ってもらった覚えがあるほど馴染み深い歌だった。


 だが、その歌は……。


「子守歌だよね?」

「そうですね」


 目を逸らしながら、主人はそう答えた。


 どうやら、俺と同じことに思い至ったらしい。


 子守歌は、別名「揺籃歌(ようらんか)」とも言われている。「揺籃」……、つまりは「ゆりかご」を意味する。


「で、でも! 何回か歌っていますよ?」

「積み重なったかな?」


 一曲では大丈夫でも、積もり積もれば山となる。


 そして、魔法というのは重ね掛けることによって、さらに効果が強くなっていくものだ。


「つ、つまり、下手人はわたしってことですか?」

「そうなるね」


 分かりやすい理由で良かった。


 それが魔法によるものか、彼女の能力なのかは分からないけれど、「歌」が原因なら対処しやすい。


「ふおおおおおおおおおおっ!?」


 だが、本人にしてみれば、相当、ショックだったようで、主人は雄たけびを上げた。


「まあ、彼女も気を張っていたみたいだし、少しだけ休ませてあげようか?」


 慣れない場所、慣れない人間たち相手に気を張り詰めていたことは知っている。

 休めるなら、休むにこしたことはない。


「しかし、随分、いろいろ歌ったみたいだね」


 この瓶の量からも分かるようにかなりの量を歌っているようだ。

 同じ歌を何度も歌っていることも読み取れる。


 先ほどの雄たけびを含めてその声に掠れた感じはないが、彼女の喉は大丈夫だろうか?


「の、ノリと勢いで、つい……」


 ノリと勢いで歌えるなら大丈夫だろう。


 人間界にあったカラオケ施設を利用していた友人たちもそんな感じで、長時間歌っていた気がする。


 尤も、ヤツらは次の日に声が死んでいたが……。


「そして、意外にも邦楽は少ないんだね」


 彼女みたいに若い女性なら、当時、流行っていた歌を歌いたいものではないだろうか?


 だが、少し前の港町でも、彼女は年頃の女性にしては珍しいぐらい童謡を推していた覚えがある。


 版権とかを気にする世界ではないので、邦楽を歌っても何の問題はないのだが、あの時は、決まりは決まりと言い切り、著作権が切れていると思われるものばかり選曲していた。


 だが、今回は大っぴらに歌う場所ではなく、個人の楽しみの域を出ない。

 それを思うと、彼女はもともと流行りの歌よりも童謡の方が好きなのではないだろうか?


「しっかり覚えている歌じゃないと、薬が満足してくれないみたいです。間奏部分でもないところで不自然に途切れたり、詰まったりすると駄目らしくて……」

「薬が満足する……」


 彼女は「精霊族」ではなく、「聖女」の素質を持つ「人間」だ。

 つまり、「綾歌族」の女性が言う「薬の感情」が視えないはずなのである。


 だが、「綾歌族」の女性が言ったことを素直に受け止め、「薬で満足する」ではなく、「薬が満足する」などという不思議な言葉を違和感なく口にしていることに、驚きを隠せない。


「そうなると、人間界にいた頃に覚えていた流行りの歌なんかはちょっと自信がなくて……」


 ちょっと複雑そうな表情だった。


 邦楽が嫌いなわけではないのだろう。

 人間界にいた頃、弟や友人たちとカラオケに行った話も聞いていた。


「結果、短い童謡や、学校で何度も練習した合唱曲ばかりになっちゃうんですよね」


 人間界から離れて優に三年を超えた。

 記憶だけで留めておくことが難しくなりだしたのだろう。


 それでなくても、新たに覚えること多い彼女だ。

 優先順位の低い思い出(きおく)が薄れてしまうのはやむを得ない。


「小学校と中学校の校歌もあるみたいだけど……」

「間違いなくフルで歌える歌なので」

「違いない」


 小学校ならば6年。

 中学校でも3年。


 行事ごとのたびに歌う必要がある歌なのだから、簡単に忘れることはないだろう。


 俺は小学校だけ途中入学だから彼女や弟ほど長い期間歌ってはいないが、それでもまだあの校歌を忘れてはいない。


 さて、まだ気になるところはあるが、そろそろ核心を突こうか。


「だが、中でも一番、気になるのは『聖歌』だね、『聖女の卵』さん」

「あう……」


 俺が何を言いたいか察してくれたようだ。


 大神官より直々に、人前で「聖歌禁止令」なるものが出されている「聖女の卵」。


 そんな彼女が、神官ではないが、「精霊族」である他人の前で「聖歌」を歌ったことは問題である。


 一見そう見えなくても、彼女が本物の「神力」を使える「神子」であることは間違いない。

 何らかの形で誰かに伝わってしまう可能性はある。


 この建物は中身を隠蔽する結界もあるが、それでも、気付く人間がいないとは限らないのだ。


「ふ、フルで歌えるし、いろいろな歌を試したくてつい……」


 自分でもまずいことをやらかした自覚があるようで何よりだ。


 是非、反省をしていただきたい。


「それで、『神扉(しんび)』は開かれた?」

「まさか!」


 食い気味に返された。


 「神扉」が開かれていないのならそこまで問題にはならないだろう。


 だが、気になる点はまだある。


「でも、薬は光り輝いたんだね?」

「……はい」


 彼女から渡された記録によると、聖歌を歌った時に瓶が光り出したとある。


 しかし、歌いきる前にはその光も消えていたらしいから……。


「そして、薬も大満足だったと」


 そういうことだろう。

 何かの薬に変化したことは間違いない。


「はい。ご不満ではなくて良かったです」


 気にする点はそこらしい。


 薬の感情まで気に掛ける人間は、この世界にどれだけいることか。


「でも、スヴィエートさんを怖がらせてしまいました」

「怖がらせて?」

「わたしが歌った『聖歌』は怖い……そうです」


 その表情にあるのは困惑だった。


 彼女は「聖女の卵」として、法力国家ストレリチアにいた頃は、何度か変装して人前で「聖歌」を歌い、「神舞」を舞っている。


 そのたびに受けたのは賞賛だった。

 それ以外の感情を向けられたことはなかったのだ。


「彼女は『綾歌族』であり、『長耳族』でもあるからね。本物の『神力』を間近で見れば、本能的に畏怖や畏敬の念を抱くのは当然かな」

「いふ?」


 上手く伝わらなかったらしい。


 精霊族と神との関係を頭では理解していても、具体的にどんな関係なのかは想像できないのかもしれない。


「精霊族は神の人間と違って、本当の意味で神に逆らうことができない。だから、怖いんだよ。いつだってきまぐれに、自分に対して絶対的な命令を下せる存在だからね」

「絶対的な……(めい)……?」


 言いかけて止まった。

 その言葉の重要性を覚えていたらしい。


「神の言葉は精霊族たちにとって、『命呪』に等しいと言えば、分かる?」

「――――っ!?」


 彼女の目が驚きの余り見開かれた。


 神の言葉に、そこまでの強制力があることに思い至らなかったのだろう。


「精霊族にとって、神の言葉はそれほど強い強制力を持つんだ。だから、本物の『神力』を使う神官や神女は恐ろしい存在となるだろうね」


 生かすも殺すも気分次第。

 そんな傲慢な存在に目を付けられることは恐怖の対象でしかない。


「でも、普通の歌なら大丈夫だったのか。それなら、栞ちゃんの歌は『聖歌』以外、普通の歌だってことなんだね」


 彼女は歌に感情を込めやすいようだが、その点だけでも安心できる。


 そんな感受性の豊かな人間は珍しくないし、詠唱を歌のようにリズムよく淀みなく口にする人間も少なからずいる。


 そして、もともと「聖歌」は人間が「神力」を行使しやすくするための歌だと聞く。


 勿論、それには相応の下地と実力が必要となるが、少しばかり法力に自信のある人間が口遊んだ程度では、「神力」を使うことなどできない。


 現時点では、意識的に「聖歌」での「神力」を行使できるのは、神官最高位の大神官のみだ。


 そして、無意識で行使できるのは目の前の女性のみ。


 法力国家ストレリチアにいるもう一人の「聖女の卵」は、「聖歌」を歌わずに「神力」に似て非なるものを使える大神官に近しい天才ではある。


 だが、それは、彼女がこの世界で生まれ育ったわけではないため、この惑星(ほし)の神の加護が薄いことにも関係しているだろう。


 だから、本当の意味で「神力」を使える人間は、大神官を除けば、目の前にいるこの黒髪の女性しかいないのだ。


 俺は、改めて護るべき存在の大きさに気付くのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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